025話 メイド イン ジャパン
俺は異世界へと戻ってきていた。調べ物はやはり短時間では成果は出ず、想像以上に荒れていた家の掃除をしてから、アスカと入れ替わった。連絡がしばらく取れなかったのは何かショーを披露していたとか。
入れ替わる場所は、なるべく俺の部屋にした。妹には家の中で不審なアスカを見かけても気にするな、と言ってある。
小屋に帰ってくると、俺の顔を見てみんな安心した様子を見せた。
入れ替わる時にアスカが口にした「カムイ、すまない」という言葉が気になっていて、何だろうと思いながらしばらく過ごしていると「アスカちゃんはどこ行ったの?」と聞かれて、飲んでいた水を噴きそうになった。
それから数日が過ぎたある日――。小屋の中でみんなと夕食を済ませた後、売上グラフを見ながらミーティングをしていた。俺も含め、みんなの顔が冴えない。売上が落ちてきていたからだ。
「デモ隊? 私も見たよ。私の歌も聞いてくれないの」
班ごとの情報交換で話題になったのが、俺とユウキも目撃したデモ隊だ。街の至る所で複数のデモ隊が活動しているようで、その影響か、手芸班の作った刺繍、織物、小物などの売上も下がった。街を覆う不穏な影の気配が強くなっているのかもしれない。ついには絶好調だったつむぎの歌すら売上が下落に転じた。
料理班は何とか堅調を維持している。
そこで俺はこの街で近々大きな祭りが開かれる事をみんなに話した。そして、俺がこの祭りの事を知った時に、いいアイデアが浮かんだのにそれを言えないままでいたのを思い出した。そのアイデアとは――。
「祭りで店を出す?」
そう、人が大勢押し寄せる祭りは一気に稼ぐチャンスだ。人がごった返していれば、デモ隊も活動しにくいだろう。ここでガッツリ稼ぐ事ができれば、商売しにくくなっているこの街から移動する事もできる。他の街へ移動する途中で魔獣に遭遇するかもしれないという問題は、警備を依頼する事もできるし、アスカだっている。
「何の店?」
「そうだな……。料理班は売上を維持できてるから、料理の店というか……屋台がいいんじゃないか?」
祭りといえば、屋台が並ぶイメージだ。
「屋台っていうより……オシャレなカフェにしようよ」
女子はやはりオシャレにこだわる。
「どうせなら、日本っぽい感じにしませんか?」
つまり……和風のカフェ? よく分からないが、なんとなく江戸時代の茶屋が頭に浮かんだ。
「いいじゃん、それ! 異世界人に日本の良さを見せようぜ!」
俺はいまいちピンと来なかったが、みんなが乗り気ならそれでいい。
「じゃあ、ジャパニーズスタイルのオシャレなカフェに決定!」
手芸班は班長のもじちゃんを中心に、外装や内装など店のデザインとスタッフの制服などを担当して、料理班はカフェらしいメニューを考える事になった。どちらの班にも属してない者は、両方を臨機応変に手伝う。俺は全体の管理を任された。
みんなが毎日の仕事と並行して祭りの準備を進める忙しい日々を送るようになって、数日の後――。
「あー、米が食いてえな……」
朝の仕事が終わって昼食の時間――。最近、昼食はみんなバラバラにとっていた。なので常に誰かしらが小屋に入ったり出たりしている。異世界にはパンや麺はあるものの、米はなかった。いつもの粒パンに飽きてしまった俺は思わずそう呟いていた。俺は元の世界に戻った時も食事をしなかった。自分だけ元の世界で食べるのも気が引けたからだ。しかし、米は食いたい。
俺の小さな呟きを聞き逃さずに反応してくれたのは、向かいの席で食事していた料理部の部長。
「そうだね、お米ってやっぱりホッとする味だよね。パンや麺の原料である小麦みたいな植物があるなら、稲みたいな植物、つまり米もあるかもしれない」
流通していないだけで、稲に近い植物が存在しているかもしれない、と部長は言った。確かに、と俺も頷く。
「探してみるよ」
人の好さに定評のある料理部の部長はそう約束してくれた。
と、そんな会話をしていると――。
「できました!」
仕切りの幕の向こうから声が聞こえた。それはもじちゃんの声だった。もじちゃんは朝から幕の向こうでずっと作業していたらしく、昼食もとらず没頭していた。その作業が今終わったようだ。
「カフェの制服ができあがりましたよ! じゃーん!」
そう言ってもじちゃんが幕を開けると、そこにはカフェの制服を着たつむぎがいた。もじちゃん主導の下、出来上がったカフェの制服は……つまり今つむぎが着ている服は――。どこからどう見てもメイド服だった。色は地味な黒ではなく淡いピンク。
「あのー、もじちゃん?」
この間の話と違うんじゃないか、日本っぽいとかジャパニーズスタイルとかいうから和風だと思っていたのに、メイド服は思いきり洋風だ。しかし、メイド服でカフェといえば――。
「メイド喫茶! これこそ日本のサブカルチャーの象徴! 現代におけるジャパニーズスタイルです!」
ああ、日本っぽいって、そういう……。
「こういうのも作りましたよ」
手に掲げたのはネコ耳だった。もじちゃんはどうやらこういうのが趣味で、人にコスプレさせるのが好きらしい。まあ、もじちゃんが学校で文芸部に所属してる事を考えれば、サブカルチャー好きは納得かもしれない。そして、プロ並みと言われる手芸や裁縫の腕がどうやって磨かれたのかも、この完璧に仕上げられたメイド服を見れば分かった気がした。
「コンセプトは『異世界よ、これが日本だ』です!」
これを日本と言い切ってしまっていいものだろうか。もじちゃんは最初、手芸班に入るのは気が進まない様子だったが、こういう事になると本当に生き生きしている。
「さあ、委員長。これを付けてみてください」
もじちゃんが最初に目を付けたのは委員長。ネコ耳型のカチューシャを委員長に手渡そうとする。見れば、つむぎの後ろで委員長やアマネもメイド服を着ていた。つむぎ達、女子が今メイド服を着ているのは、そのお披露目というだけでなく細部の調整をする為でもあった。
「ぎ、疑問です。な、なんで私が……」
「だって『えれにゃん』ですから」
『委員長』こと『森井えれな』こと『えれにゃん』はその悪意のない笑顔に断りにくそうな様子だ。委員長は躊躇しつつネコ耳を手に取ると、なぜかそこで俺を見た。そして照れながらネコ耳型のカチューシャを付けると――。
…………。
俺と委員長の間に沈黙が流れた。委員長は恥ずかしそうにうつむきながらも俺を見ている。まさか、俺のリアクション待ちか? するとそこに――。
「委員長、何やってんの? ガチでウケる、フッフゥー!」
ユウキが現れ、委員長の頭に付いたネコ耳を一目見るなり腹を抱えて笑い出した。次の瞬間、委員長は床に向かって思いきりネコ耳を投げつけた。
「ああっ! 私のネコ耳が!」
悲しそうな表情で床に転がったネコ耳を追いかけるもじちゃん。
「ところでカムイ君、どうですかー。つむぎちゃんのメイド姿は?」
いつの間にそばにいたのか、豊堂が質問を投げかけてきた。つむぎを見ると、こちらの視線に気づいて小さく手を振ってくる。アイツは頭のリボンがあるからネコ耳はいらないかもな、などと冷静に考えるぐらい、何の感慨も湧かない。なにせ――。
「別に見るのはこれが初めてじゃないしな」
「えぇっ!? まさかプライベートでつむぎちゃんにコスプレさせてるんですか!?」
とんでもない事を口走る豊堂。
「中学の学園祭で見たんだよ!」
中学でも喫茶店みたいな事をやった。その時の衣装がメイド服だったというだけだ。まったく、誤解を招くような事を言うんじゃねーよ……。
そこに、もじちゃんが帰ってきた。床に落ちたネコ耳カチューシャは壊れた様子もなく、もじちゃん自身も気を取り直していた。
「さあ、豊堂さんも、コレ着てください」
そして、豊堂にメイド服を手渡そうとする。
「え?」
「女子はみんな、お給仕ですから」
「わ、私は……カメラマンとして……」
珍しくたじろぎがら、何とか逃れようとする豊堂。だが――。
「さあ、コレとコレ」
さらにネコ耳も手渡そうとする。無敵の笑顔で迫るもじちゃん。
結局、豊堂は断りきれずメイド服とネコ耳を装着した。そこへ新聞部の雷太が小屋に帰ってきて、豊堂を見つけた。顔を真っ赤にしている豊堂に、ニヤリとして近づき、手をマイクに見立てて豊堂の顔の前に突きだした。そして――。
「今のお気持ちはいかがですかー?」
まるでインタビューのように問いかける。それは普段、豊堂がやっている事そのままだった。
「くっ……!」
いつもは必ず反論する豊堂も、この時はただ下唇を噛んだ。
そして、不本意ながらメイド服を着せられるという屈辱を味わっているのは生徒だけではなかった。
「ねえ、カムイ君……私だけ罰ゲーム感がすごくない……?」
幕の陰に隠れるようにして話しかけてくるカナ先生は、メイド服にネコ耳という姿で、どんよりとした空気を放っていた。気弱なカナ先生が、豊堂さえも屈服させるもじちゃんの圧力に抗えるはずもなかった。
「私、二十歳越えてるんだよ……? 先生なんだよ……?」
俺は先生にかける言葉が見つけられなかった。




