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024話 妹へ

 俺はまどろみの中にいた。暗く沈んだ意識から目覚める途中、脳裏に浮かんできたのはアスカと入れ替わった時の事だった。


『アスカ……今どこだ? 何……してる?』

『僕の部屋だよ。部屋のベッドでゴロゴロしながら苦しそうなキミを見てる』

 ――イラッ……! 俺が出るのはアスカの部屋か。まあ、問題ないだろう。


 そう、アスカの部屋なら問題ないと思った。だが。

 問題は――あった。


 アスカの部屋、そのベッドの上で一晩眠っていた俺を、息子の部屋に入ってきたアスカのおばさんが発見したのだ。その驚きの声で目が覚めた。


「カムイちゃん!? な、何でウチの子のベッドで寝てるの……!? ウチの子は、アスカはどこ行ったの……?」


 子供の頃、ここにはよく遊びに来ていたから俺の事はおばさんもよく知っている。ここまでは良い。だが、部屋の主であるアスカがいないのに、俺がベッドで寝ているこの状況はどう考えてもおかしい。一体、どういう状況だと思われてんだ、コレ……?


「カ、カムイちゃん……? いつからウチに……?」

 ひどく動揺しているおばさん。ちょっと待ってくれ。一旦、落ち着いてほしい。俺はおばさんを落ち着けようと口を開いた。


「ち、違うんです、こ、これは……あの、その……」

 だが、おばさん以上に落ち着かないといけないのは俺の方だった。


「お邪魔しましたー!!」

 俺はアスカの家を飛び出した。


 入れ替わった後、魔煌反動(リバウンド)によって一晩ほど眠ってしまう。どうやら、入れ替わる場所はよく考える必要があるようだ……。



「アスカ? おい、アスカ?」

 俺は小走りに駆けながらスマホの通話ボタンを押して、今俺の代わりに異世界にいる親友に呼びかける。


 しかし、応答がない。入れ替わってから一晩が経つが――アスカは無事にユウキを見つける事はできたんだろうか。まさか、魔獣に遭遇したりしてないだろうな……。


 いや、アスカの事だ。ユウキを見つけられただろうし、魔獣に遭遇しても倒すはずだ。きっと全部うまくやっている。今はそれよりも――。


 そうこうしながら、俺の足は半ば自然に自分の家へと向かっていた。もう魔煌反動による影響はない。俺ははやる気持ちに突き動かされるように走る足を速めた。だが、なぜこんなにも気が急いているのか、何がそうさせているのかは分からなかった。


 修学旅行から数えれば一週間以上、地元(ここ)を離れていた。それが長いのか短いのか分からないが、この道も周りに立ち並ぶ家々も、目に映る景色が全部懐かしく尊いものに思えた。だが今は郷愁に浸るような気持ちにはなれない。

 

 通いなれた道を通り抜け、ようやく遠目に我が家が見えた。

 そしてついに、自分の家に辿りついた。


「お兄ちゃん!」

 玄関を開けると、妹のカノンがそこにはいた。家に帰れば家族がいる。今まで当たり前だった事が、まるで奇跡に思えた。


 妹のキョトンと俺を見つめる顔を見て力が抜けた。そこで俺の気持ちをはやらせていたものが何だったのか分かった。妹の元気な姿をこの目で確かめたかったのだ。


「もう、帰ってくるの遅いよー! 今まで何してたのー? ていうか、お土産は?」

 どんな反応をするかと思ったら、意外にあっさりだな。というか、もう土産の催促かよ……。俺が今まで何をしていたかという事より、土産があるのかないのか、そこに興味が行っている。


 俺はアスカと話をする時も、カノンはどうしてる? などとは尋ねなかった。だが、アスカは気を利かせて「カノンちゃんは普通に元気だよ」と様子を伝えてくれていた。それにしても本当に普通な反応だな。家族が連絡もなしに帰って来なくなったら心配しないか?


「なあ、お前も知ってるだろ? 俺達の学校の修学旅行生が何人も行方不明になった事」

 アスカの話だと騒ぎになっているとか。カノンは「うん」と頷いた。


「なんつーか……俺もそれに巻き込まれて行方不明になったとか、そんな風に思わなかったか?」

 そう尋ねると、カノンは平然と言った。

 

「全然思わないよ? お兄ちゃんはそんなのに巻き込まれないし、巻き込まれても絶対帰ってくるもん」


「……そうか」

 心配したような様子がなかったのは、俺の事を信頼していたからか。俺はカノンの頭にポンと手を乗せた。


「お兄ちゃん、まだ私に大事な事……言ってないよ?」

 大事な事? 何だ? 考える俺の顔を見てカノンは悪戯っぽい顔をして――。

「家に帰ってきたら?」問いかけるように言った。


「……ただいま」

「でしょ?」


 カノンは無邪気に笑った。その笑顔を見ると、家に帰ってきたんだという実感が湧いてきて、俺は自分の心が暖かい気持ちで満たされるのを感じた。


「いやー、お兄ちゃんが帰ってきてくれてよかったー。リビングとかキッチンとか、かなり散らかっちゃって……もう足の踏み場もないから早く片付けてね」

 その言葉を聞いて、暖かい気持ちは一瞬で冷めた。


 俺は家の掃除をする為に異世界から帰ってきたんじゃねーぞ……。というか、修学旅行に行く前に散らかすなって言ったろ……。


 まあ、それはともかく。俺は家に帰ってくる事ができたが、勿論ハッピーエンドなんかではない。アスカを代わりに行かせているし、これは一時的なものだ。みんなで帰ってこないと意味がない。


 その為には元の世界へ帰る方法をなんとしても突き止めなければならない。アスカに調べを進めてもらってるが、自分でも調べてみる。

 

「ねえ、片付けてよー」

 カノンの言葉はとりあえず無視する。スマホは全機能を失っていてネットできないから、PCのある自分の部屋に向かう。アスカと連絡がついたら、また入れ替わって異世界に戻るが、それまで少しでも調べを進めておこう。


 そう思って廊下に佇む妹の脇を通り抜け、背を向けようとした時――。カノンが寂しそうな表情をしているのが目に映った。


「そうだ」俺は思い出した。


「ほら」

 俺はある物をポケットから取り出すと、カノンにポンと投げた。それは異世界の街で買った、木を彫ってつくってある動物のマスコット。犬に似た動物で、街でこれを見た時に犬好きであるカノンの事を思い出し、東京で買えなかった土産の代わりとして買っていた。


 カノンは土産をとても楽しみにしていた。そのマスコットを見てパッと嬉しそうな顔をしたが、すぐに不思議そうな目でそれを見つめた。


「これ、東京のお土産じゃないよね?」

 カノンはそれが東京の物でない事をすぐに見抜いた。

「どこの?」


 俺は自分の部屋のドアを開けながら言う。

「セントレシアってとこ」


 一瞬の間の後、閉めたドア越しにカノンの驚いた声が聞こえた。

「え? 海外行ってたの!?」




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