002話 異世界への誘い
クラスメイト達が驚愕の声を上げる。
そして、そこで気が付いた。この一連の不可解な現象に対してリアクションしているのは俺達、高校生だけ。一緒に乗り合わせた他の観光客達は、まるで石にでもなったかのように動かない。止まった時間の中を俺達だけが動いているような、不思議な感覚だった。
「私がこうして皆さんの前に姿を現したのは他でもありません。私の世界が直面している危機を、あなた方に救っていただきたいからです。私はあなた方を異世界へとお連れする事ができます」
「何それどういう事?」
「異世界だって。マジであんの?」
「ある訳ないじゃん。でもあったら行きたいかも」
他の連中はこの女神とやらの話に耳を傾け始めた。
おい、お前らマジかよ。修学旅行のテンションで浮かれてるのか? ここはコイツを怪しむのが普通のはずだ。
これまでの不可解な現象も、トリックに決まってる、何か仕掛けがあるに違いないと俺は考えを巡らせていた。
だが『不可解』は次々生まれていく。
「コホン……」
そこで女神は一つ咳払いをして言った。
「これが異世界の景色でーす」
その声と共に、暗いエレベータ内に自然の光が差し込み、再び明るくなった。
景色が戻ったのだと思ったら、そこに見えたのは東京の街並みではなかった。大都会の只中にあるはずのタワー。その中に自分達はいるはずだ。
しかしエレベータの外側に広がっていたのは、岩山がそびえ、遠くに森を望む平原のような場所だった。
一体、どうなってる――!? これがトリックなら、仕掛けがあるとするなら、どうすればこんな事ができる――?
さらに、その森の遥か先――。三つの大陸の中心に、驚くべきものが存在していた。
三つの大陸の切っ先のような鋭い淵が向かい合わせになっている場所――。
まるで世界の中心のようなその場所の上空に、巨大な黒い球体が浮かんでいた。雷のような不気味な光を放ちながら宙に浮く真っ黒な球体――その正体が何なのか分からないが、それはまさに異世界の景観――東京どころか地球上のどこにもない景観だと思わせるに十分だった。
「ここが私の世界――【トリルグランワール】でーす」
ところで、一度は気のせいかと思って聞き流したが、やはり女神の口調が「でーす」と軽くなっている。これが素の喋り方なのか? 咳払いをしたのはこれから素で喋りますよ、という事なのだろうか。これも不可解だ。
いや、そんな事はどうでもいい。
「さあ、この異世界にどうぞおいでくださーい」
「何か怖くなーい?」
「何かのアトラクションかな?」
「やべー、楽しそう!」
「これスカイタワーのイベント?」
そう口々に言うヤツらの顔には笑みが浮かんでいる。修学旅行でテンション上がってるヤツらには楽しいお誘いに思えるみたいだ。
女神のバスガイドみたいな口調もあって、場の空気が、そしてみんなの警戒心がどんどん緩んでいく。
俺も一度深呼吸をする。
それにしても「異世界」だと?
ここは「現実」だぞ。んなモンある訳ねー。異世界なんて空想の中だけで十分なんだよ。
「まるでラノベみたいだな……」
誰かの呟きが聞こえた。
そう、異世界といえばラノベだ。
しかし、最近の異世界モノを謳うラノベの多さには正直ウンザリしている。
本屋には目立つ場所に異世界モノのラノベが平積みで並んでいて嫌でも目に入るし、クラスメイト達が日頃読んでる本も「オススメは?」と訊いたら返ってくる答えも、全部異世界モノ。
小説投稿サイトでも異世界、異世界、異世界――。
もう異世界は見飽きてんだよ!
それに、もし異世界があったとして、行くかどうかと訊かれたら……行く訳ねー。
本で読んだ異世界は、現代の生活に慣れた日本人には不便極まりない場所だ。近くにコンビニあった方がいいし、ネットもないなんて考えられん。そんな所より、つまらない修学旅行の続きの方がまだマシだ。
「異世界に行きたい方は、まずスマートフォンを取り出してくださーい」
なぜスマホを? 女神の口からスマートフォンという言葉が出るのも違和感があるが、他のヤツらは言われるままスマホをポケットから出す。この女神の言う事に興味津々といった感じだ。
「私のスマホの画面にも、この異世界の景色が出てるよ!?」
「俺のもだ! すげー、どうなってんの!?」
クラスメイトがそう言っているのを聞いて、まさかと思いながら俺もスマホを見てみる。すると俺のスマホにも、今エレベータの外に広がってる景色がそのまま映し出されていた。
「そのスマートフォンが、この世界と異世界とを繋ぐ『窓』のような役割をしまーす。私が魔法をかければ、そのスマートフォンを介してあなた達を異世界にお連れする事ができまーす」
「女神さん、俺ガラケーなんだけど、ガラケーでも行ける?」
ガラケーは相変わらずノリが軽いな……。コイツが喋る度、本名なんだっけ、と考えるがどうしても思い出せない。みんながコイツの事をガラケーと呼ぶのでその名で定着してしまっている。
「その機種に対応してるかどうかわかりませーん」
投げやりに聞こえる女神の返事。それを聞いてもガラケーは行く気満々だ。ガラケーを握りしめて女神の次の言葉を待っている。
軽快なノリに加えて、ポジティブで人もいい。なのに女子に人気がないのは、肥満体型とメガネのせいだろう。残念なヤツだ。
「では、スマートフォンの画面を自分に向けて、頭の上にかざすようにしてくださーい。自撮りの要領でーす」
この女神、自撮りとかも知ってんのか。
自撮りの要領と言われてピースサインや決め顔するヤツもいる。ガラケーもとりあえずやってみるみたいだ。俺は勿論やらない。
「それでは、これからあなた方を異世界にお連れしまーす。私が今から問いかけをしますので、その問いに『心の中で』答えてくださーい。ではいきますよ?」
『あなたは異世界に行きますか? 行きませんか――?』
また、頭の中に直接響くような声。
そして次の瞬間、クラスメイトのかざしたスマホから光が溢れ出す。光はスポットライトのようにスマホを持った者を包み込み、その足元までを完全に覆った。
光に包まれると、まるで光と一体化したかのように人の輪郭が消え、スマホの中へとその光が吸い込まれていく。
そして最後は、スマホ自体も光に呑まれ消えた。
息苦しいぐらいに人が溢れていたエレベータ内。そこから一瞬にして何人もの生徒が消えてしまった。俺を含めた一部の人間を残して。
みんなは……どこへ行った――!?