016話 その夜
穏やかな気持ちで眠れるかと思ったその時、誰かの一言でとある問題が持ち上がった。
「ねえ、男子と女子が同じ部屋で寝るの?」
和やかなムードだった部屋に戦慄が走った。
小屋はロフト付きの平屋。ロフトは物置のような場所で、物が溢れ寝るスペースとしては使えない。農業用の倉庫として利用されていた建物なので、間取りなどはない。だだっ広い一つの部屋なのだ。
「男子は外で寝なさいよ」
アマネのヤツ、無茶言うな。つむぎの歌でみんなの心が一つになったと思ったのは気のせいだったようだ。テントや寝袋があればいいが、そんな物はない。寝具といえばこの世界で買った薄い布だけだ。
アマネの発言に怒った男子が強い口調で抗議すると「これだから男子は野蛮で嫌」などと、男子と女子の間で小競り合いが起きつつも――。
協議の結果、部屋の中央に幕を張って仕切りを作る事になった。男子はいかなる時も女子の許可なく、その幕を開く事はできない。勿論、立ち入る事も。もしその決まりを破れば恐ろしい罰があるという。
幕はこの街で買った布を繋ぎ合わせて作る。安い布は色々利用できるので大量に買ってきている。
「それだけじゃ不安かも」
さらに女子からそんな声が上がった。
「じゃあ、男子が寝る場所も女子が指定しろよ。それならいいだろ」
信用できるヤツを近くに置いて、そうでないヤツは遠い端に配置する。
細長い構造の部屋に無駄なくみんなが寝るには、横一列に並んで寝て、そこに頭を向かい合わせてもう一列、つまり横一列の二段がベストだ。そうなると女子の境に来る男子は二人という事になる。これは女子の側も同様だ。
結果、俺とマコトが女子との境。ユウキは女子から最も離れた隅の位置になった。これで女子が納得するなら何も言わないが、ユウキは何か誤解を受けてるようだな。
ユウキとは十年ぐらいの付き合いになるが、女子にとっては安全な存在と言っていい。「あの娘、ガチで可愛くねー? フッフゥー!」などと言う事はあるが、それは普段の軽口を連発する調子の良さから来ているだけで、それ以上の意味はない。
女子が中庭でやってるバレーに「俺も混ぜてくれよ!」と普通に入っていくから、そういった事が異性に興味あると誤解されているのかもしれない。純粋にバレーがやりたいだけなのは見ていれば分かる。男子はあまりバレーやらないしな。
一方、マコトは思春期男子そのものだ。昔は当然そんな事なかったが、ある時、急にギターを始めた。その理由を尋ねてみると――「僕達もホラ……そういう年になってきたし……僕も男だし、カッコイイって思われたいじゃないか」と照れながら答えた。
基本的に真面目でおとなしく、女子からは普通にイケメン判定されているようで、実際告白される事も多い。しかし、ギターを始めた動機がアレな割に、どういう訳か告白を断り続けている。
そして、俺とマコトに対して、女子側の境はつむぎと委員長に決まった。つむぎは俺と幼馴染みだから、そばで寝るのに抵抗ないだろうという事で俺の隣に。委員長は損な役回りを引き受ける事が多いが、今回もそうやって選出されたようだ。つむぎの頭の上、俺から見て斜めの位置で寝る事が決まった。それを受けて――。
「カ、カムイ君の近く!?」
委員長が慌てふためくように言う。
「カムイちゃんは無害だから大丈夫だよ?」フォローのつもりなのか、つむぎは委員長にそんな言葉をかけた。
無害って……。他に言い方ないのか?
「ももも、問題です! カ、カムイ君は……!」
何だ? 俺も何か誤解されてんのか? しかし委員長は顔を赤くしてそこから口をつぐんでしまった。
そして仕切りの幕を作っている途中――。
「よーし、枕投げやろうぜ! フゥー!」という声が上がった。
そう言い出したのは勿論ユウキ。修学旅行中、毎晩やってたが異世界に来てもやるのか……。しかし枕投げといっても、今はちゃんとした枕はない。着ていた学ランを脱いで、畳んでから丸めたものを枕にする。それを広がらないように紐で巻いて縛ってある。
「笑止です、男子。高校生にもなって枕投げなんて」
修学旅行の時と違うのは隣に女子がいる事。代表して委員長が抗議に来た。寝る場所が俺の近くになってしまった事は何とか呑み込んでくれたようだ。いつものように眼鏡の淵に手をかけて毅然として言う。
しかしその時すでに、ユウキが雨水めがけて枕を思い切り投げた後だった。そのあまりの勢いに驚いた雨水が反射的に避けると――その後ろにいた委員長の顔面に直撃した。
プルプルと震える委員長。今、怒りが沸き上がっているというのが傍目に分かった。
「雨水が避けるから!」
「ぼ、僕のせい……?」
そこで委員長の怒りが爆発した。
「遊馬ユウキ……あなたという人はー!」
ユウキめがけて枕を投げ返し、他のヤツの枕も奪って投げつける。結果、委員長は誰よりも熱く枕投げに闘志を燃やした。
こんな世界に来ても、高校生は案外たくましい――なんて思ったが、単にガキっぽいだけなのかも……。
枕に怒りを込める委員長に対して、男子は楽しそうだ。
「もりんちょがキレたー!」
「も……もりんちょって言うなー!!」
それはキレた委員長に言ってはならない一言だ。火に油を注ぐように、委員長の憤怒は激しさを増す。
「何だっけ『もりんちょ』って」
アマネが素直な疑問を口にする。アマネはつむぎの隣、俺の隣の隣にいるからその声が聞こえてきた。つむぎはそれが委員長のあだ名である事は理解しているが「そういえば由来って何だっけ」という顔をしているので、俺がその問いに答える。
「委員長の苗字が『森井』だから、森井委員長を縮めて『もりんちょ』」
最初はみんな普通に森井委員長と呼んでいたが、言いにくかったのか、誰かが一度もりんちょと言ったらそれがあだ名になってしまった。
「あの娘、もう一つあだ名なかった? 下の名前で」
そう、委員長には二つのあだ名がある。もう一つは――。
「ああ『えれにゃん』な」
「えれにゃん……!」
そう呟いたのはアマネではなく委員長自身だった。俺の言葉が聞こえていたみたいで、顔を真っ赤にする委員長。どうやら、もりんちょは屈辱で、えれにゃんは恥ずかしいらしい。委員長こと森井えれなは、二つあるあだ名のどちらも気に入らないようだ。
「えれにゃんもやめてください!」
怒りと恥ずかしさで混乱しているのか、別にからかうような意味で言った訳でもないのに俺の方へ枕が飛んできた。しかし投げるモーションが見え見えだったので余裕を持って避けられた。ついでに、つむぎの首根っこも掴んで避けさせてやる。すると、枕はつむぎの隣――つまり、アマネの顔面に直撃した。
「避けるな!」
「すまん、つい……」
アマネが投げた枕は狙いを外れてあらぬ方向へ。他の男子にぶつかった。その男子が投げた枕を文芸部員もじちゃんがキャッチ。
「枕投げ……楽しそうです。小説の参考になるかも」
枕投げがどう小説の参考になるか分からないが、とりあえずプロローグを脱出しようぜ。
人を巻き込みながらヒートアップする枕投げ。枕という弾丸が飛び交う中で写真部は一人、まるで戦場カメラマンのように――しかし楽しそうに、その様子を撮り続けていた。
こうして――突如勃発した男女混合の枕投げはしばらく続き、夜は更けていった。
天井付近の窓から柔らかい光が差し込んでいた。窓からは、月のような天体が顔をのぞかせていた。その天体から届く光だ。
枕投げは終結し、今はみんな体を横たえている。
「月が綺麗だね」
幕も無事に張り終わり、布越しにつむぎが呟く。
「月」ねえ……。俺は、つむぎがごく自然に月と言った事が気になってしまった。ここで「月というのは地球の衛星の名前で、他の惑星の衛星はまた別の名前だろ」と思う人もいるかもしれない。火星ならフォボスとダイモス、木星ならイオやエウロパ、土星ならエンケラドスなど……。それはある意味正しい。
衛星それぞれに名前があるのは確かだ。だが、他の惑星の衛星に対して「その惑星の月」という言い方もある。例えば「火星には二つの月がある」などと言ったりする。もし、火星からフォボスを見上げて「月が綺麗だね」と言ってもそれは間違いではなく、正しい言い方だ。だから、つむぎの言う「月が綺麗だね」も正しいのだが、それを分かった上で言ってるのか? と気になってしまったのだ。まあ、それを説明するのも面倒だから「そうだな」とだけ返した。
「ねぇ、カムイちゃん。大丈夫だよね? 私達、元の世界に帰れるよね?」
聞こえてくるつむぎの声が少し近くなった。幕の向こうでこちらを向いたのか。その声はとても不安そうに、か細かった。
みんなはもう眠ってしまったのか、とても静かだ。
俺は差し込む光の方を見たまま答える。
「さあな。これからどうなるかなんて分からねーよ」
俺がそう答えると――。
『ハァー……』
男子の方からも女子の方からも、呆れたような溜息が聞こえてきた。
なんだ、みんな聞いてたのか。つむぎの言葉に俺が何と答えるか耳をそばだてていたらしい。
「もっと気の利いた事言いなさいよ」
そして俺の言葉は女子のお気に召さなかったようだ。無責任な事は言わず正直に答えるのが良いと思ったんだが……。
「『安心しろ、俺が守ってやる』とか、ないんですか!?」もじちゃんまで怒っている。
悪いが、その手のセリフは死んでも言いたくねー。
「もう寝ろよ。明日早ぇぞ」
こんな事で責められたくはない。俺はもう耳を塞ぐ事にした。




