015話 歌声
雨水の言葉でみんなは静まり返り、重苦しい空気が小屋の中に停滞していた。さて、どうするか。雨水の不安も尤もだが、ネガティブすぎるのもどうだ。
「そうだ、歌ってよ! つむぎ」
沈黙を破ったのは一人の明るい声だった。いや、明るさを求める声だったかもしれない。
「え?」急に名を呼ばれたつむぎは驚いて目を瞬かせる。
他のみんなからも、それはいい考え、というように「歌って」と声が上がる。こうなると、つむぎは断れない。
歌はつむぎの唯一の特技と言っていい。つむぎがみんなの前で歌ったのは半年以上前の事だが、みんなの心には今も鮮明に残っているようだ。
つむぎは照れながらおずおずと前に出た。
そして息を吸い、歌いだす瞬間――。つむぎの雰囲気が変わった。
まず紡ぎ出された最初の一音。その一音だけで、その場に鮮烈に風が吹き抜けた気がした。
続く歌声。どこまでも透き通り、爽やかに清らかに、聴く者の胸を貫き伸びていく。普段は人に流されやすく、どこかおどおどしているつむぎだが、歌っている時はまるで別人のように堂々として凛々しく見える。
それはまるで、普段の小さな自分の心を解き放っているかのようだ。
思い出されるのは、去年の学園祭――。
俺達、生徒会は劇をやる事になった。趣向を凝らし、劇にしては珍しく屋外である中庭に舞台が置かれ上演された。その劇のエンディングで歌を披露したのがつむぎだ。劇自体も成功と言っていい出来だったが、つむぎの歌は観客に大きな衝撃と感動を与えた。
最初は確かに劇のエンディングであり、その観客に向けた歌だった。だが、一曲だけの予定が、流されやすいつむぎはアンコールに応えて何曲も歌い――人は歌うほどに増え、やがて中庭に収まりきれないほどの観客が押し寄せた。
正面と左右を『コ』の字の形に校舎に囲まれた中庭。その四階建ての校舎の窓という窓にも観覧客が溢れ、そこはまるでアリーナのような大舞台となった。そのギャラリーはざっと三〇〇人以上。
学校は全体が熱気と興奮に満ちたライブ会場となり、皆が歌に魅了され熱狂し――そして、歌い終えたつむぎは大喝采を浴びた。
その時、卯花つむぎという名は全校生徒に知れ渡った。
これが世にいう『卯花つむぎメジャーデビュー事件』だ。勿論、CDを出してプロになった、という事ではない。あくまで学園の中で有名=メジャーになった、という意味で誰かがそう言いだした。
しかし歌っていない時のつむぎは全くオーラがなく、学園祭から半年以上経った今では、再び地味な一般生徒の位置にほぼ戻っている。ただ、本人はチヤホヤされるのは照れるらしく、普通の一生徒である今の状態が落ち着くようだ。
歌も佳境。つむぎが今日この時歌ったのは、生き別れた者に捧げる鎮魂歌のようでもあり――そして今、命ある者に明日を生きる力を与えてくれる鼓舞のようでもあった。それは今の俺達の胸に熱く響いた。
「ありがとうごじゃまちた」
つむぎが頭のリボンを揺らしてお辞儀をした。そこで歌が終わったのだと気づいた。みんなもその歌声に心を奪われていたようで、ハッと我に返ったように目を瞬かせている。
締めの挨拶は噛んだが、みんながつむぎに大きな拍手を送る。あれだけ重苦しい空気だったのが嘘のように、今みんなの顔には笑顔が浮かんでいた。
「なんか、会議って空気じゃなくなっちまったな。明日にするか」
みんなが明るさを取り戻したのは良かったが、興奮冷めやらぬ、といった感じでどこかハイになっている。
「みんな、ごめん……。暗い事言っちゃって」
雨水が謝る。
「いいって、みんなで頑張ろう!」
「うん!」
つむぎの歌はみんなの心までも一つにまとめてしまった。
その夜、クラスメイト達と笑い交じりに喋りながら――ふと、修学旅行みたいだな、と思った。
人が簡単に死ぬような、危険で殺伐とした世界。
今、こうして笑っていられる自分やみんなの事が、とても不思議で。
こんな世界に来ても、高校生は案外たくましい。




