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013話 疑問と氷解

「しかし、そっちも大変だったみたいだな」

 修学旅行生が数十人も行方不明になり、その現場となったスカイタワーは警察やマスコミが詰めかけ騒然となった。教師は対応に追われ、残った生徒は全員が警察から事情を訊かれ、帰りの飛行機に乗る時間を大幅にオーバー。午後三時頃には地元に帰る予定が、八時を回ってようやく家に着いたらしい。


「話は戻るが……僕達の世界とその異世界――三争世界(トリルグランワール)だっけ? はどうしてこんなに似ているんだろう」

 人間は俺達と見分けがつかないほどで、動物も犬、猫、魚、鳥までよく似ている。


「ひょっとしたら、一日の長さも同じかも」

 その言葉に俺も頷く。しかも、こちらが朝なら向こうも朝、こちらが夜なら向こうも夜――と、そこまで同じかもしれない。


「おい、女神」

 こういう事は女神に訊いてみるしかない。すると……。

「すかー」

 スマホの中からすこやかな寝息が聞こえた。アスカを映している画面をスワイプすると、大の字になって大口を開けて寝ている女神の姿が。眠っている時でもその顔には笑みが浮かんでいる。


「街に入ってすぐ、女神の翻訳アプリってヤツをもらったんだが、その後からずっとこうなんだ」

「疲れてるのか?」

「コイツの使う魔煌神術(アルス・マグナ)は大きな力だと言っていた。体力とか精神力とか、そういったものを消耗するのかもな」


 と、そんな話をしていると。

「女神はそんな事で疲れたりなんてしませーん」

 あ、起きた。


「むしろ消耗するのは世界の方でーす」

 世界の方が消耗するとは、どういう事だ?


「女神の使う魔煌神術は、あまりの力の大きさゆえにその場の魔煌(マギオン)の分布に多大な影響を与えてしまいまーす。それどころか、私の本来の姿で動き回る事すら魔煌の流れに乱れを生じさせてしまいまーす」


「もっと分かりやすく頼む」

 アスカが補足の説明を求めた。女神は寝起きにも拘らず舌がよく回る。


「魔煌神術は魔煌を自在に操る力。その力の大きさ故に大気中の魔煌を大量に消費してしまうのです。使う力が大きければ大きいほど、大気中の魔煌は消失してしまいます。そして、魔煌はこの世界のあらゆるものを構成しています。魔煌が消えてしまうと――その部分は朽ちて崩壊してしまうのです。さらには果実の腐った部分が周りまでも蝕むように、そこから崩壊が広がっていく事もあります。あ、説明が長かったので頑張って「でーす」とか語尾を伸ばさないようにしましたよ」


 頑張らないとできないのか? それは。


「つまり今の話は、魔煌神術は魔煌を大量消費する。で、魔煌が消えた部分は崩壊する、という事だな」

 その通りでーす、と女神が頷く。

「だから女神は省エネで力を使う必要がありまーす。携帯などを媒介すれば省エネになりまーす」


 そうか。俺達を異世界に連れていく時、何でスマホが必要なのかと思ったが、それは魔煌の消費を抑える為だったのか。


「翻訳アプリもそういう事か」

「そうでーす。まあ、あれはそんなに魔煌を消費するものでもないですが。ずっと昔に作った翻訳アプリの基礎のようなものもあったので」


「本来の姿で動き回るのも問題が?」

女神(わたし)という存在は、いわば大きな魔煌の塊でーす。大きな魔煌が魔煌の流れの中を通過すると、その流れを乱す事になりまーす。流れが乱れると、場合によってはその部分から魔煌が消え、崩壊に繋がる事もありまーす」


 女神の力と存在の大きさは、魔煌を消失させるリスクがある。崩壊がどの程度の規模なのかは分からないが、女神はそれを避ける必要がある、という事か。


「だから、その姿でスマホに入っている?」

「当たりでーす。スマホに入って私の体をピッタリ覆う殻のような魔煌をまとえば、外の魔煌の流れに与える影響を限りなくゼロにできまーす」

 身体を覆う殻、か。光のような姿からハッキリと姿が見えるようになったのはつまり……。


「裸の透明人間に全身タイツを着せたら身体の形が浮かび上がる……みたいな事か」

 アスカが変な例えを出して納得している。しかし言い得て妙だな。


「俺達の前で本来の姿のまま動いてたのは大丈夫なのか?」

 エレベータの中で見たのは分身のようなものだったかもしれないが、俺達がこの世界に来ても女神はしばらくは光の集合体のような姿だった。

「あれぐらいは問題ないでーす。あの姿じゃないと女神だという説得力に欠けまーす。三つの世界のうち、この魔奏世界(マギナソルラント)は魔煌の量が一番多いので多少は融通が利きまーす」


 ここまでいくつか疑問に思っていた事の答えを知れて良かったが、そもそも俺達が訊きたかったのはそれらとは別の事だった。


「で、俺達が話してたのは、この世界と俺達の世界が似てるっていう事なんだが……」

「そんなに似てますかー? あなた達の世界に魔煌はないでしょう?」

「そりゃそうだが……人間や動物の姿があまりに似てるだろ?」

「たまたまじゃないですかー?」

 まあ、偶然似た、というのもありえない事ではないが。では……。


「時間はどうだ? 時間が同期しているようにも思えるが」

「それも多分たまたまでーす」

 生物の姿が似ているのも偶然、時間の同期も偶然。それを信用しろというのか? こちらは今一つ、納得できる答えを返してはくれなかった。


 まあいい。次が最後の質問だ。魔煌神術を使っても女神は疲れたりしない、と言っていた。じゃあ、寝てたのは何でだ? それを訊いてみると……。

「ただ寝たいから寝てただけでーす。ちなみに私は一日の大半は寝てまーす」

 これもまた、気の抜ける答えが返ってきた。



 さて、気になっていた事を色々訊いたが、極端な話――それは俺達にどうしても必要な情報、という訳ではない。最も知りたいのは元の世界へ帰る方法で、それを実行する事が最も優先される事だ。


「ところで女神。お前、俺達に何かさせようとしてるよな」

 俺は女神にカマをかけるように切り出した。


 女神は俺のスマホの中に入って行動を共にし、街では言葉が通じず困っているところを翻訳アプリで手助けまでした。これは多分、女神が何か目的に沿って行動しているからだ。

 

 スマホの画面を見てみると、女神は目を逸らして口笛を吹こうとしている。だが音は鳴らない。


 まず、女神が俺達を異世界へ誘った理由を考えてみる。最初は危機に陥っている世界を救ってほしいと言った。後にそれを「ウソでーす。ホントは楽しいからやってるだけでーす」と否定した。だが、死んだ俺を生き返らせた事はその言葉と矛盾する。


 この事から、女神には言葉に出していない真の目的があるように思える。そしておそらく、俺を生き返らせた事はその目的に関係している。


「何をさせたいか言ってみろよ。内容次第では協力できるかもしれないぜ。その代わり、お前も俺達が元の世界に帰れるように協力しろ」


 次に、俺達が最速で元の世界に帰る方法を考えてみる。


 一、女神の目的に協力する。

 二、女神が俺達に指示を出す。

 三、目的を達成できたならその見返りとして元の世界に帰してもらう。

 極めてシンプルな話だ。勿論、実際はそう上手く事は運ばないだろう。


 そもそもこれは、女神が俺達を元の世界に帰す事ができるなら、という前提での話だ。以前、アスカが「カムイ達を帰す事は可能なのか?」と訊いた時、女神は「不可能でーす」と答えている。それが真実なら、もうこの話は成り立たない。


 だが、その女神の言葉は怪しいものだ。この世界で漠然と生活しながら元の世界に帰る方法を探すより、女神の指示で動く方が――その指示の内容にもよるが――楽かもしれない。ただしそれも、この女神次第だ。女神が俺達に指示を出す気がないならどうしようもない。


 なおも息を吹き続ける女神。

「もしもし」俺は画面をペチペチと叩く。画面から手をどけると、女神は珍しく神妙な表情をしていた。


「私は運命を信じる事にしました。私が何かしなくても――あなた達はいずれ、あの男に出会うはずでーす」

 運命……? あの男……? と、そこで――。


「カムイちゃーん! 会議始めよー!」

 つむぎが小屋の出入り口から俺を呼んだ。予定の時間になったようだ。


「会議?」

「ああ、これからどうするか、方針をみんなと話し合って決めるんだ」


 女神に今の話をもっと訊きたいが、コイツ、肝心なところは言わないしな……。

 これから作戦会議するにあたって、今訊きたい事は一つ。


「おい、本当に俺達に指示や指針を出さなくていいんだな?」しかし。

「すかー」


 女神はもう寝ていた。



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