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012話 異世界の街にて

 そこからは時間との勝負だった。

 日が暮れる前に生活の基盤を整える必要があったからだ。

 必要なのは金、食事、住処だ。


 まずはお金を得るところから。日本円を持っていても両替できる訳はないから、今自分達が持っている物を売ってこの世界の貨幣に換えるしかない。

 翻訳アプリを使い、様々な店を訪れみんなで持ち物を売った。

 

 キーホルダー、マスコットの付いた携帯ストラップ、アクセサリー、東京で買って持っていた土産物など、見回してみると売れる物は意外に多かった。この世界では役に立たないと思われた日本の硬貨も骨董屋で売る事ができた。紙幣は紙クズだったが。


 売れる物なら制服のボタンさえ売った。価値などないと思っていたが、訪れた服飾店でオーナーが珍しそうに見ていたので交渉すると、意外にも値がついた。この世界でもボタンは広く使われているものの、この世界にはない材質とデザインだったらしい。


 男子生徒はそこで学ランの全てのボタンを売り、女子は女子で鏡、くし、ポーチなど様々な小物を売っていた。

 そうして、売れる物は全て売る、というぐらいの気合で三〇人ほどが持ち物を売った結果、思った以上の金が手に入った。


 幸運だったのは、街外れにある使われていない小屋を破格で購入できた事だ。かつては農業用の倉庫に使われていたというその建物は、三〇人が入るとさすがに狭いものの、確かに寝泊まりができる自分達の『家』として、これ以上は望むべくもなかった。


 その小屋をみんなで片づけて、日が沈みかけたところでようやく一段落できた。そこから夕食をとってしばらく時間が過ぎ、辺りはもう薄暗くなっている。

 今はみんな、小屋の中で休んでいるところだ。




 俺はみんなのところから抜け出して、アスカと話をした。小屋の目の前だが、少し離れているので会話の内容を誰かに聞かれる心配はないだろう。


「で、どうだった? 異世界の街並みは」

 セントレシアの建物は俺達の世界でいうと地中海沿岸の風情ある街並みに近く、家々が密集している点はボリビアの都市、ラパスを彷彿とさせた。だがアスカが訊きたいのはそういう事じゃなく、俺から見た異世界の街の感想だろう。だから感じたままを伝える。


「ああ、人間は俺達と見分けがつかないし、犬や猫に似た動物もいるし、市場に行けば、魚や鳥肉や野菜や果物があって……なんつーか、思った以上に異世界の感じはないな」

「ふーん。そんなものなのか」


「ただ、トイレは凄かったな。あれはまさに異世界だった」

「トイレが異世界? どういう事だ、どう凄かったんだ?」

「すげー綺麗だった」

「何だ……」


「というのも『出したもの』がすぐに消えていくんだ」

 基本的には俺達の世界のトイレの個室そのままだが、便器がボウルのように底が浅く、下水へ流す穴も開いていなかった。どうしたものかと思って街の人に訊いてみると――。

「特殊な魔煌(マギオン)が便器の中に満たされているんだと。それで出した先から消えていくんだ」

「へぇ~っ」

 大して深くもない底に落ちる前に、全てが消え去ってしまったのには驚いた。

「トイレ全体にも汚れを除去する魔煌が薄く広がっているらしい」

 だから人の手が加わらずとも、一切が綺麗に清潔に保たれている。まさに、魔煌という物質が存在する異世界ならではの技術だ。


「そういえば、風呂はどうしたんだ?」

「公共のシャワーがあるんだ。タダで利用できるやつ。その水にもまた違った魔煌が含まれていて、体がキレイになるのは勿論、浴びるだけで髪はツヤツヤ、肌はスベスベになる。女子はすげー喜んでた」


「魔煌をうまく利用してるんだな」

「ああ、魔煌の特性をその場に合うように変えてる。そういう水を使えば歯磨きもうがい一回で済む」

 女神の言っていた、現代における魔煌の活用――その一端を身をもって知る事ができた。



「そういえば、お前、もう飯食った?」 

 話題はさっき食べた夕食の話に移った。

「ああ、定番の焼き魚と味噌汁だったよ」

「和食か。いいな……。俺達は芋とカボチャに似た食材があったからそれを買って、芋は潰してポテトサラダのように、カボチャはスープにしたんだが――」

「いいじゃないか」


「まさか……料理部の部長が俺より料理できないとはな……」

「簡単な料理だし、僕に任せてくれよ」と、料理部の部長が率先してやると言ってくれたので、お任せする事にした。しかし、部長のおぼつかない手つきを見ている内に「手伝わせてくれ」と言わずにはいられなくなり――気づけば俺が作業の全てを担当していた。それまで遅々として進まなかった調理が俺が入って進みだし――料理が完成した時、なぜか分からないが、俺に対してみんなから拍手が巻き起こった。


「彼は人柄の良さを買われて部長になったらしいよ」

 ああ、そのパターンあるよな。

「というか、カムイは主婦歴長いから」

「主婦って言うな」


 それから主食の話もしなくてはいけない。サラダとスープに合わせる為にパンを主食として用意したは良かったが――。

「あと……主食はパンにしたんだが、これがまた問題があって」

 和食が羨ましく思えたのはこれが原因だ。

「パン? 異世界にもパンがあるのか。どんなのだった?」

「それが――」

 俺はそのパンを口にした時の舌の記憶を辿るように伝える。


「イクラに似た粒がパンの上に乗ってて、それが口の中で弾けると中から甘い果汁がじゅわっと溢れ出してくるんだ。その粒はパンの中にも入ってて、いっぱい頬張ると甘い汁で溺れそうになるほどでさ。果汁が沁みてないところの表面はカリッ、サクッ。中はフワッ、モチッとしてて、果汁が沁みたところはジューシーで……その二つの食感が口の中で極上のハーモニーを奏でて……そして噛んでいる内に果汁が沁みてなかったところもやがて粒が弾けてじゅわぁぁっと……」


 涎が出たのか、口を拭う仕草をするアスカ。

「俺達の世界のパンは飲み物がないと喉が渇くが、この世界のパンは飲み物がいらないどころか、むしろ甘いジュースをグイグイ飲んだみたいだった」


「う、うまそうじゃないか……! 何の問題があったと?」

「それが晩飯だったからな。お前は晩飯に菓子パンを食べたいと思うか?」

「……なるほど」



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