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010話 王都への道で

「黙祷しよう」

 誰かがそう言って、みんなそれに従う。

 みんなの亡骸はもうなかった。女神が俺の胸に開いた穴を治した時、地面の血だまりまで跡形もなく消えていた。それと同時にみんなの亡骸も霧散するようにかき消えたらしい。

 だが墓はつくらなければ。今はできないが、またここに戻ってくる。

 俺達は惨劇の起きたその場所を後にした。



 (しん)王都(おうと)セントレシアへ向かう道の途中――生い茂る草の海が途切れると、俺達の目の前には小さな谷が現れていた。深さは三、四メートルほどだろうか。その中には水量のやや乏しい川が流れている。

 それにしても……思った以上の大所帯になっちまったな――。そんな事を考えながら、先頭をユウキに任せ、俺は一番後ろからこの列を見ながら歩く。

 つむぎ、マコト、ユウキの他にも知った顔がチラホラある。


 川に架けられた石橋を渡る時、足元で何かが跳ねるような水音がした。

「魚だ!」

 一人の生徒がその魚影の後を追うように川沿いの道へ逸れていく。

「おい、釣り名人。釣りは後にしろよ」

 釣り名人と呼ばれたそいつの手には棒のような物が握られていた。あれは折りたたみ式の釣り竿か……? 修学旅行中に釣り竿を持ち歩いていて、そのまま異世界にまで……。

「この世界にも魚っているんだ」

 一瞬しか見えなかったが、それは俺達の世界の魚とよく似ていた。

「魚が獲れたら僕が調理するよ」

 料理部の部長の姿もある。釣り名人と料理部の部長の二人がいるのは助かる。食べるのには困らないかも。

「鳥も飛んでる」

 見上げれば空には鳥。これも日頃よく目にしていた鳥にそっくりだ。


「ねえ……。そんな事より、走った方がいいんじゃない? また魔獣が出てくるんじゃ……?」

 野外は危険。早く街に入った方がいい。それは勿論そうだが。

「いや、この人数でバタバタと走っていたら地面を伝わる振動を獣は察知すると思う」

 だからこうやって静かに歩く方が見つかりにくいはずだ。

 俺達は今や一クラス分ほどの人数だ。のどかな景色の中を列をなして歩く様子はまるで遠足のように見える。だが、ここは魔獣が徘徊する危険な世界である事を忘れちゃいけない。

「それに、いざ魔獣が出てきたら走って逃げれるよう体力を残しておかねーと」


 そんな話をしていると――。

「もうこの辺りには魔獣は出ませーん」

 スマホの電源を切って沈黙していた女神が、いつの間にかその話を聞いていた。

「なぜだ?」


「魔獣は自分の縄張りを守る意識が異常に強く、一つのエリアに一頭だけしかいませーん。魔獣はそうやって互いに大きく距離を取って行動していまーす」

 魔獣は自分のエリアを広く取って、そこから出ようとはしない。そしてこのエリアにいた魔獣は俺が倒した。だから、この辺りにはもう魔獣はいない、という事らしい。しかし、この言葉を信じて気を抜くのは危険だ。注意を払っておくに越した事はない。



 徐々に王都が近づくにつれ、その規模が実感を伴って理解できるようになってきた。

 この世界の中心という王都は、俺の想像を遥かに超える大都市だった。奥側に壮麗な王城がそびえ、その周りの中心街と思しき区域にはまるで地面を穿つような巨大な柱が十二本、屹立していた。王城を含む中央市街はその極大の柱に囲まれ、王都で最も多くの面積を占める市街地は、巨大柱の外側にびっしりとおびただしいほどに(やしき)を抱えていた。さらにその外側には王都全体を囲うように城壁が張り巡らされている。


「それにしてもでかい柱だな」

 街の中央に存在する十二本の柱が、周りの建物と比較してとても大きい事に気づいた。まるで都市を貫いているかのようなそのサイズと比べると、普通の家屋がミニチュアのようにさえ見える。


「セントレシアの城を囲む十二本の巨大柱。あれは古代の遺物でーす」

 少し前にも古代という言葉を聞いたな。あれは高台の塔の中だったか。

「さっきの塔も古代とか言ってたな。塔の下部分もあの柱も、その割に綺麗だよな」

 巨大柱もこの遠くから見た印象ではあるが、古代というほどの古さや傷みは感じない。

魔煌(マギオン)の性質ですねー。魔煌は物質の状態を長く安定させまーす。逆に、魔煌が失われると極端に脆くなりまーす」


 そんな会話の流れから、みんなの女神への質問タイムが始まった。しかし女神が答えるのは核心に触れないような質問だけだ。


「この世界にも人間っているの?」

 みんなは、ラノベの異世界に出てくる人間は色んなタイプがあるとか、そういう話でにわかに盛り上がり始めた。

 確かに、この世界の人間を俺達はまだ見ていない。あの規模の都市を見ると人間の存在を想起させられるが……俺達の世界の魚や鳥によく似た生物がいるように「人間」もいるのか?


「普通にいまーす」

 ならば気になる事がある。

「この世界の人間はみんな、お前みたいに魔法を使えるのか?」

「魔法って何ですかー?」

 また、はぐらかす気か? と思ったがそうではなかった。


「お前が使ってた力の事だよ、自分でも魔法って言ってたろ」

「ああ。あなた達には分かりやすく魔法と言っていましたね。ですが、この世界の『魔法』はあなた達の世界の『魔法』と同じでーす」

 どういう事だ?

「つまり、この世界にも『魔法』なんてものはない、という事でーす」


 俺達は「まるで魔法みたいだ」と言う事はあっても、実際に魔法を見た事がある訳ではない。この世界にも『魔法』という言葉はあっても、実在はしない、という事か。では、女神の使っていた力は――?


「私が使っていたのは魔煌神術(アルス・マグナ)という力でーす。魔煌を自在に操りこの世界の根源にさえ干渉する力で、それは女神(エル・マギオン)たる私にしか使えませーん」

「エル・マギオン?」


「魔煌の神、という意味でーす。魔煌の化身、魔煌そのものが意思を持ったもの、といった感じですかねー」

 女神の身体を形作っていた光の粒子のようなものは魔煌だったのか。そして、女神のみが使える力が魔煌神術。なら、規模は女神のそれに及ばなくても、魔煌を操る、というのは他の人間にもできるのだろうか。

「じゃあ、魔煌を操って手から火を出すとか、氷を出すとか、そんな事ができる人間はいるのか?」


「古代にはいましたけどねー。まあそれも魔法使いとか、そんな言い方ではなかったですが。現代(いま)では、人間は別の方法で魔煌を制御、活用していまーす」


 つまり、この世界でも魔法というものは存在していない。あるのは魔煌を操る術――それも女神の魔煌神術だけだ。この世界の人間は別の形で魔煌を利用している、とそういう事らしい。


 その時、王都から少し離れた場所――森の中で日の光が何かに当たって反射し、俺の目に飛び込んできた。

「あれは何だ?」

 それは黒い建造物。天井部分がドーム状になっているようだ。かなり大きな建物のようだが深い森の木々に隠れるようにひっそりと佇み、その全体像はよく分からない。


「あれは……十二柱と違って新しいものみたいですねー。よく分かりませーん」

 確かに、見た目にも新しい建物のように思える。まるで身を潜めているような佇まいのせいか、俺にはその存在がとても謎めいたものに見えた。


「それで、この世界の人間て、見た目はどんな感じ?」 

 みんなはこの世界の人間の話をまだ続けていた。


「トカゲ人間とか?」

 確かに異世界モノでよく見るな。しかし、顔がトカゲの人間がいたとして、普通に仲良くできるだろうか。爬虫類が苦手なヤツは絶対無理だろう。


「ライオンの顔した人間とか?」

 トカゲよりはまだ仲良くできそうだ。だが、そいつが腹減ってる時には近寄りたくないな。


「この世界の人間がどんな感じか、それは街に着いてのお楽しみでーす」


 あまり楽しみにはできねーな……。しばらく歩くと、街はもう目の前だった。



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