001話 東京スカイタワー
そんなに「異世界」ってモンに憧れるか?
修学旅行中、飛行機の中でもバスの中でも、文庫を読んでるヤツを見れば、必ずと言っていいほどその本の表紙に「異世界」の文字が踊ってる。
――あなたは異世界に行きますか? 行きませんか――?
もし、そう訊かれたらどうする?
俺は行かねえ。絶対にな。
◇
いつからだろう。
自分はいつも冷静でいなきゃいけない――。そう思いながら過ごすようになったのは。おかげで楽しいはずのイベントも素直に楽しめなくなっちまった。
長い行列待ちの最中「カムイ君」と自分の名前を呼ばれて振り返る。
「そろそろ私達の番だよ、楽しみだね!」
笑顔のクラスメイトに、俺は表情も変えず「全然」と答える。
これだ。こういう返しをするから「冷めてるね」とか「カムイ君て何やってても楽しくなさそう」「いつも眉間にシワ寄ってる」って言われるようになっちまったんだ。
まあ、実際高い所の景色なんて興味はないんだが。修学旅行のグループ行動でもなきゃ、こんな所には来ねえ。
――東京スカイタワー。
全高六三四メートル。言わずと知れた世界一の高さを誇る電波塔だ。
東京の新名所と言われるようになって数年経ったが、今でもその中は観光客や修学旅行生で溢れかえっている。
クラスメイトの言う「楽しみだね」とは勿論、地上四五〇メートルの高さにある展望デッキからの眺望の事だ。その展望デッキへ昇るエレベータに乗る為の長い順番待ちに、俺も興味がないのに加わっている。
一緒に並んだ他のグループの連中も、今か今かとその時を待ちわびている。田舎の高校生にとっては、この東京の景色はテンションが上がるものらしい。そうでないのは俺だけ。
つまらねえ修学旅行もようやく最終日、やたらテンションの高いクラスメイト連中との温度差のあるグループ行動も、ここ東京スカイタワーで終わりだ。
このグループ行動の後はもう帰るだけだ。集合の時間があったり、バスや飛行機を乗り継ぐ長い移動はあるが、明日には家でゆったり過ごす事ができる。
そう安堵していた――。
「あっ、やっと来たよ、私達の番! 楽しみだね!」
「だから、全然」
気付けば俺達の目の前の列が消え、地上と高さ四五〇メートルの展望デッキを結ぶエレベータの重厚な扉が姿を現していた。
「お待たせいたしました。どうぞ」
係員の案内でクラスメイト達と一緒に扉の中へ入る。
ようやくエレベータに乗り込む事ができて「ふうっ」と溜息を吐いた。
その矢先。
エレベータが上昇し、ガラス張りの壁から東京の街並みが見え始め、一緒に乗り合わせた観光客やクラスメイトがその景観に歓声を上げた時だった。
突如、エレベータの中が真っ暗になった。
「えっ、何!?」
「停電?」
皆が一斉に驚きと戸惑いの声を上げる。
不可解だった。
停電じゃない。一部がガラス張りになった天井や壁から、朝の日の光が差し込んでいたのだ。真っ暗になって景色が見えなくなるなど、ありえるはずがない。
それに、ドア上部のエレベータの高度を示すパネルを見れば、その数値は上昇し続けている。エレベータは止まっていない。
そして……。
『あなたは「異世界」に興味がおありですか――?』
突然、囁くような女の声。
その声はまるで頭の中に直接響いたかのようだった。
「え、異世界?」
「今お前何か言った?」
「いや、私じゃないよ」
それは周りのみんなにも聞こえているみたいだった。
「ごきげんよう。日本の高校生の皆さん……いえ『選ばれし者たち』と言った方がいいでしょうか」
一瞬、目の錯覚かと思った。暗いエレベータ内に突然光が差したと思ったら、それが女の姿に変わった。壁に投影された平面の映像ではなく、光の粒子が密集し顔や体を形作り、空中にその姿をとどめて浮いている。まるで人の姿をしたオーロラのようだ。ぼんやりと浮かぶ顔は、わずかに笑みを湛えているように見える。
「私は今、あなた達の世界とは異なる世界――つまり、異世界からあなた達に話しかけています。私は異世界【トリルグランワール】の女神、マギルゥ」
「えええっ!?」
実在の電波塔の名前は使えなかったので架空のタワーになりました。