俺の人類最終日
天気予報は大体当てにならないが、今回は特に外してくれたなと思う。残暑はなくなるどころかむしろ夏に逆戻りする勢いで、昨日までの秋らしさは何処かへ吹っ飛んでったようだ。
こんな日はコンビニが避暑地として大活躍する。だけどコンビニに住んでいるわけではないので、俺は家路のお供にコーンタイプのソフトクリームを買った。食べ歩きという言葉が定着しつつあるし、食べながら歩くことは対して悪いことでもないだろう。しかし食べ歩きとはお祭りとか女子高生軍団とか、そういう場において発揮するものなのかもしれない。
そんなことを考えながらバニラを舐めていた。昼過ぎだが、都会でもないので人にぶつかり落とすなんてこと無いと考えたのだ。まあ、そう振り返っているのだから結果的にぶつかったのだ。正確にはぶつかってきた。
「あ、ごめん」
ぺちゃり、と音をたててソフトクリームは帰らぬ物となった。
店と店の間、その小道を横切るとき右半身に衝撃を受けた。驚いて見やると見知らぬ少年が立っていて、俺を見上げながら軽く言った。
最近の若者は年上に敬意がない、と年寄り地味たことは言わないが、他人にぶつかりながら軽すぎる謝罪だと思った。まだ大学生だが。
軽く頭を下げもう一度少年を見ると、その姿はどこかセレブのように余りにも綺麗だった。ブロンドの癖っ毛、陶器のような白い肌、吸い込まれそうな青色の瞳。そう、例えるならまるで、
「……ああ、君のような平凡な人の方が面白いかな……。あのさ、急で悪いんだけどちょっと話聞いてくれない?」
少年は数回瞬きすると、そう問いかけてきた。まるで知り合いのような口調だが初対面のはずだ。先ほどから言動が少し気になるが、この少年の話になぜだか少し興味があった。幸い今日は大切な予定も無い。
「えーっと、あー、そうだなまずは信用してもらえなきゃな」
ぶつぶつ呟いた後、少年はじっと俺の顔を見始めた。何かついているのだろうか、手を当てて確認する。
「君の顔には何もついてないよ。……じゃあまず自己紹介から。僕は、君達のところでは天使と呼んでいる者だ」
正直何言ってんだコイツ、と思った。顔に手を当てたまま、俺は目を見張った。余りにも真顔でいうので反応に遅れたが、確かにこの少年は自らを天使だと名乗ったのだ。確かに見た目は天使の様だと、今さっき思ったが。
「何言ってんだコイツって思ったでしょ。……驚いた? 人は知能が高いから思考も読みやすいんだ。ふふ、案外面白いね」
俺はますます驚いた。いや、人の思考など読める訳がない。天使だと名乗られたら誰だってそう思うだろう。憶測だ。
「名城安人。……ふむこの名前気に入ってない見たいだね、良い名前だと思うよ。大学生で19になったばかりと。あ、友達と喧嘩した帰りなのかい? ファミレスで喧嘩なんて迷惑だね」
頭が追いつかない。今起こったことが受け入れられないのだ。少年が言ったのは確かに、俺の名前で、俺の年齢で、今日起きたことだった。
「どう? 信じてもらえた?」
少なくとも人間ではなさそうだ。
▽
「明日さ、地球に隕石が落ちるんだ」
突拍子もない告白は、日当たりの悪い小道にて行われた。
「人類だけでなく殆ど生物が死滅する。恐竜が滅んだときと同じように」
理解は出会ったときからとっくに出来なくなっている。死を予告されても、呆然するだけだ。
「まだ観測出来ていないからニュースになっていないけど、この国でいう深夜に初めて分かるんだ。衝突するのが早朝。もの凄い勢いでくるから防ぎようがない。あ、このことは誰にも言っちゃだめだよ。信じてもらえないだろうけど一応ね。記憶消すの面倒だし」
確かに信じてはくれないだろう。俺だってまだ信じていない。
でももし、事実だとしたら、今更どうしようというのだ。
「それを考えるのが君自身だよ。つまり、残りの時間で悔いなく人生を終える準備をするんだ」
悔いなく人生を終える準備、そんなことを急に言われたところで出来るはずがない。
「予告されただけでもいいじゃないか。他の人は知らないんだよ」
なら、どうして俺に教えたんだ。
「なんとなく。選別してたら偶然ぶつかったからだよ。意味なんてないさ。じゃあ伝えたからね、いい一日を」
自分勝手だ。天使なら、きっと隕石で滅ばないんだろう。一方的に絶望を残して去るのか。
「僕たちは見守るだけだよ。滅ぶ運命なら、干渉してはいけない。ただ、こうやって伝えたのは……単なる遊びさ」
少年は消えた。跡形もなく目の前で消えた。
▽
スマホのロック画面には12:23と書かれていた。今日が終わるまで半日だ。
あの少年の話は信じるべきだろうか。ツイッターを見てもネットニュースサイトを見ても隕石のいの字もない。全てがいつも通りだ。この世界が明日早朝には壊れるというのか。
だが事実として、少年は俺の思考を読み、明かしていない名前を知り、目の前で消えたのだ。天使だと言っていたが、言動は悪魔のようだ。
俺はスマホの電話アイコンをタップし、数回操作あと耳に当てる。
「…………なに」
数回のコール後、応答する声が聞こえた。電話の相手は、先程少年が見事言い当てた、ファミレスで喧嘩した友達だ。予想通り不機嫌な声だが、出てくれてよかった。
俺はすかさず謝罪した。今思い返せば、俺もあいつも冷静ではなかった。
「…………お前、なんかあった?」
返答は受諾でも拒絶なく、心配だった。予想外のことに驚いた声をだす。
「いや、お前自分からは謝らないタイプじゃん。でもあの時は俺の悪かったよ、ごめんな」
そんな風に思われていたとは心外だ。だが確かに自分から謝った記憶があまりないかも知れない。
「しかもわざわざ電話よこすなんて珍しいな……まあいいや。今度家に遊びに来いよ。例のゲームが届いてたんだ」
一言二言会話し、通話を切る。ホーム画面に戻ったところで、今度はもう訪れないかもしれない、と気づいた。
俺は所謂ゲームオタクというやつで、明るいタイプではない。大学では危うく"ぼっち"になりそうだが、運良く同じ趣味を持っていたのがあいつだった。お互い一人暮らしで、偶に集まっては趣味を語り合う、そんな仲だ。
大学生活はとても充実しているとは言い難いが、あいつと友達になれたのは良かったことだと思う。感謝しているのだ。その言葉を伝えたら、病院を勧められそうだ。
▽
借りているマンションは綺麗なところとは言えない。だか駅に近いので便利ではある。
自室に戻り、レジ袋の中身を出した。行きつけのゲーム屋で買ってきたゲームソフトだ。このソフトは前から気にはなっていたものの、中々に値段が張るので手を出せていなかったのだ。
ディスクを出し投入口に差し込む。近頃はダウンロード版というのも多くなっているが、やはりいままでプレイしたゲームのパッケージが並ぶ光景は良いものだと思う。何より付属の説明書が好きなのだが、薄くなっている傾向にあり、正直寂しい。
目新しいスタート画面と読み込み画面、そして始まるオープニングムービー。この瞬間は何度体験しても、気持ちが高まって仕方ない。恐らくこのときが、一番幸せだ。
期待していた以上の出来で俺は時間を忘れて夢中になった。気づけば時計は六時半を過ぎていて、腹も減った。ストーリーはまだ3章を終えたところだ。セーブし電源を落とすと、俺は徐に外食する支度をした。
▽
帰ってきて再びゲームを起動する。そろそろ疲れてきたので止めにし、風呂に入る。髪を乾かし、歯を磨く。目覚ましを確認し、掛け布団に手をかけたときだった。
「ねえちょっと」
振り向くと、あの少年が立っていた。どうしてここに、なんて疑問は愚問だろう。
「そうだね。じゃなくて、もう寝るの? 日を跨いでいないのに」
俺はいつもこの時間に寝ている。確かに同年代より早いかもしれない。
「違う、違うよ。今日はいつもの日じゃない。人類最後の日なんだ。次起きたときには、もう隕石はすぐそこだよ」
そうだろう。早朝というのだから、もしかしたら目覚めないのかもしれない。
「あの時からずっと君を見ていたよ。『上』からだから気づいていないだろうけど。楽しみに見ていたのに今日の行動は何? 友達と仲直りして、欲しかったゲームを買って、プレイして、就寝? 唯一夕食はちょっと高級っぽいとこだったけど……正直予想外だ」
ご期待に沿えなくて悪いな。勝手に期待されても困るが。
「これで君の悔いは無いの? このまま死んで本当にいいの? 余りにも、普通過ぎる」
大体、おかしいと思うんだ。
「何が」
俺だって考えて考えた。残りの時間何すべきか、やり残したことは何か、叶えたいことは何か。考えて、考えた結果、決められなかったんだ。余りにも多すぎてどうしようもないんだ。
本当は外国に旅行したい。片思いしてる女子と付き合いたい。友達と遊びたい。帰省して、親に美味いものを食わせたい。ゲーム会社に就職したい。聖地へ行きたい。映画を見たい。考えれば考えれるほど、出てくるんだ。
それに、今更どうしようもない悔いもあるんだ。もう少し勉強して、上の大学に行けば良かった。あのとき我儘を言って、親に迷惑をかけた。昔管理を怠って、ペットを逃してしまった。沢山ある。悔いなんて、無くせない。
だから俺はいつも通り過ごした。もし仮に、最終日一週間前に予告されたとしても、俺は同じことをしただろう。何時、死を予告されたとしても、受け入れることなんて無理だ。
このまま死んでもいいか? そんなの嫌に決まっている。何時だって死にたくない。今の現状に100%満足なんかしていない。未来にやりたいことを残している。過去に後悔を残している。
予めしていたから、笑顔で死を受け入れることなんて、何時だってできない。天使だかなんだかしらないが、ふざけるな。
「……そうか、君はまだ若いし、平凡過ぎたんだな。一つに絞れず、考えることを放棄した訳だ」
それが俺の答えだ。何か一つに打ち込み、人生を充実させられてたら良かったんだろうな。
ただ、最後に一つ、やりたいことができたよ。
「え?
…………はぁ? まったく、最後まで予想外過ぎるよ。まあでも、それはそれで面白かったかな。面倒くさいけどいいよ、僕が一方的に巻き込んだ訳だし、協力ぐらいしないとね。じゃあ横になって、目を閉じて。起きたときには辻褄はあってる筈さ。うん、じゃあ、おやすみ」
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外が異様に騒がしく、目覚ましが鳴る前に目覚めてしまった。スマホを点けると、緊急時速報が目に飛び込んできた。
『巨大隕石が地球に向かって接近中。予想落下地点は東京』
俺は目を見張った。なんと住んでいるこの土地に、隕石が落ちるらしい。ニュースを慌てて調べると、運が悪ければ地球上の殆どの生命体が死滅するそうだ。
そして、予想落下時刻は、もうすぐ。
窓を開けると、まさに地獄絵図が広がっていた。たくさんの人が騒ぎながらもみくちゃになっている。皆、隕石が落ちることに混乱しているのだ。
俺も信じられていない。突然隕石落ちて人類が滅ぶと言われても、冗談としか思えない。
もっと早く分からなかったのだろうか。前もって死ぬと知らされていれば、最後に違う過ごし方が出来たはずなのに。
外に出て、空を見上げた。世界の技術は進んでいた。予想通り、空には巨大な塊がこちらに近づいていた。とても速いスピードで、七色の光を纏いながら。
その様はまるで、ゲームにでてくる魔法の様だと思った。