プロローグ〜世界の理〜
『この世の奇跡は誰かの犠牲の上になりたっている。
ならば誰かを犠牲にすれば奇跡が起きるだろう。』
これは俺が始めて知ったこの世の原理。
変わることのない、そして変えてはいけない原理。
そして俺の一族のみが体現出来る原理。
まずは『奇跡』について説明しよう。
簡単にいえば魔力でも人力でもどうしようもないことだ。
空気も酸素も何もない空間に何の道具も使わず炎を顕現することは魔力ではあるがそれを維持させることは簡単な『奇跡』だ。
しかし、空気があり酸素もある場所で何も使わずに炎を顕現維持させることは魔法。
人の細胞を活性化させ生きている人間の傷を治療するのは魔法。
だが、致命傷をおった生きている人間を元の健康な状態に戻すのは『奇跡』。
あくまで「治療不可能な生きている人間」を回復させることまでを奇跡と呼び、死んだ人間を生き返すなどといった禁忌を犯したものは呪いの類でしかない。
しかも呪いで生き返った人間は、アンデットと呼ばれ思考もない動く死体にすぎない。
すべての事象の上をいくものが『奇跡』と呼ばれるものだ。
このことを知っているのは俺の一族とわずかな王族だけ。
俺のじい様はこの世の戦争をなくすために僕の親父が産まれてすぐに亡くなったという。
親父は王に利用され再び戦争を起こし死んだ。
奇跡によって起きた事象は奇跡よってのみ打ち消すことができる。
王は領土を広げるために戦争を引き起こしたがっていた。
しかし、じい様の奇跡によって戦争は起きない世界になっている。
ならば再び戦争を起こせるように親父を利用したという訳だ。
王は俺の親父を戦争を引き起こした張本人だとし僕の一族を根絶やしにしようとした。
一族は俺のみ残し皆死んだ。
俺が生き残れたのも影武者の子供のおかげだ。
必死に走って逃げた。
走って走って息ができなくて心臓が壊れそうになりながら逃げた。
そしてとうとう倒れたことでようやく体は動くのをやめた。
俺は倒れながら泣いていた。
たくさんの人の死をみたんだから。
恐怖もあった。
怒りもあった。
でも一番大きかったのは後悔だ。
『こんな一族に生まれなかったら、母さんも父さんも死なずに済んだのに』
いつまで泣いていたのかはわからない。
あたりが紅く染まり始めていた。
泣き止んでから妙な気持ちになった。
虚無感というんだろうか。
もうどうでもよくなった。
そのとき不意に草を踏みつける音が聞こえた。
『ああ。追ってがきたのか。』
俺はそう思った。
草を踏みつける音が大きくなり自分に近づいてるのがわかる。
『殺されるんならそれでもいいか。』
俺は目を瞑る。
そして足音は俺の頭の上で止まった。
仰向けに寝ている俺をのぞき見ているようだ。
「大丈夫か?」
俺を見ていた人間は俺が予想していなかった言葉をかけてきた。
俺はゆっくりとまぶたを開く。
夕日を背に木のかごを背負った一人の大男がしゃがんでいた。
「そんなかっこうして何があった?」
そう言われて自分の姿を見てみるととことん泥で汚れていたし転んだとこは擦りむいて血がでていた。
目も散々泣いたから腫れていたんだろう。
「とりあえず家に来い。手当てしてやるから。」
素直に俺は従った。
もちろん警戒はしていたが殺されるならそれでも良いと思っていたから。
大男の家は森のさらに奥の方にあった。
実際には俺が倒れこんだ場所より少し離れたとこにあっただけなのだが、疲労が祟って倒れてしまった。
大男は俺のとこに戻ってくると俺を抱きかかえてまた歩きだした。
俺は大男の腕の中で気を失った。
目が覚めるとベットの中にいた。
第一印象は臭かった。
だが心地は悪くなかった。
「起きたか小僧。何か喰うか?」
大男が窓際で椅子に腰掛けて何か飲んでいた。
外はもう真っ暗になっていた。
暖炉の焚き火がパチパチっと音を立てている。
俺は大男の問いに無言で頷いた。
「そうか。ほら野菜スープとパンだ。ベットが汚れるといけねえからこっちきて喰え。」
俺は部屋の真ん中にある椅子に腰掛け運ばれてきた食べ物を口に運んだ。
すごくおいしかった。
生まれて初めてこんなにおいしいものを食べた。
俺はすぐに食べ終わりスープの入っていた器を大男に向けておかわりを要求する。
二杯目が運ばれてきてスープを口にしていると不意にしょっぱいものが口にはいってきた。
涙だった。
緊張の糸が切れたのか自分でも気づかないうちに泣いていた。
泣きながらもスープを口に運んでいたがしだいにしゃくりも大ききくなって食べることもできなくなってきた。
ボロボロ落ちてくる涙を俺は必死に止めようとした。
「男が泣くのは悲しいときでもうれしいときでもあってはいけねえ。男が泣くときは悔しいときのみだ。悔しいときのみその涙は次への飛翔に変わる。今のお前の涙は止める気も否定する気もねえがこれだけは覚えとけ小僧。」
俺は黙って頷いた。
しばらくして俺が泣き止むと大男が名を名乗ってきた。
「わしはベアード・ラッズっつうもんだ。まあ部屋見て解ると思うがきこりだ。」
「ベアードさん助けていただいてありがとうございました。」
俺は深く頭を下げお礼を言った。
しかし、その下げた頭に拳骨が入ってきた。
「バカヤロー!!こっちが名乗ってんだ小僧も名乗りやがれ!!礼なんてのはその後でも良いんだよ!!」
「は、はい!僕の名前はフリッズです。フリッズ・リーカンと申します。」
「そうかフリッズか・・・。お前に何があったかは聞かねえが、飯食ったらさっさっと家に帰れよ。」
だが今の俺には帰る場所なんてものはない。
俺がなんて言って良いか困ってるのが解ったらしい。
「家に帰りたくないならここにしばらく居てもいいぞ。」
今の俺にはこれ以上ない申しでだった。
しかし俺が居るとベアードにも迷惑が掛かってしまうかもしれない。
簡単には甘えられなかった。
「わしのことなら気にするな。こう見えても腕っ節には自信がある。山賊からぐらいならお前を守ってやれるぞ。」
違う。
違うんだ。
俺を追ってくるとすれば王宮の兵士だ。
そんな相手にこの人が勝てる訳がない。
俺が返事を言いよどんでいると『とりあえず今日は寝ろ』とベアードに言われた。
ベアードに言われたとおりにその日は寝ることにした。
よほど疲れていたのだろう、起きたころには昼過ぎになっていた。
起きてベアードを探したがどこにも見当たらなかった。
俺が起きてから3時間ぐらいしてからベアードが家に帰ってきたのだが、その顔はとても困惑したものだった。
「今日王都に行ってきた。王都では今リーカンの血を持つものを探している。そのものを差し出せば金貨を大量にもらえるそうだ。」
それを聞いて俺は顔から血が引いていくのがわかった。
「お前が王の探している『リーカン』なのか?」
『俺じゃない』と嘘をつきたかったがこの人にはどうやらつけないらしい。
俺の心が嘘をつくことを拒否している。
「そうです。俺がそのリーカンです・・・。」
「・・・そうか。」
ベアードはしばらく黙り込んで考えていた。
「王はお前を連れて行ったらどうすると思う?」
「殺します。確実に・・・。」
それを聞いた途端ベアードは割り切ったように『お前は今日からジェイ・ラッズだ』と言い出した。
ベアードはどうやら本気らしく鼻息を荒げ
「良い名だろ!」
なんて言っている。
当の俺は状況把握するのにまだ時間が掛かっていた。
「ベアードさん!良いんですか?俺と居たら殺されるかもしれませんよ!!」
「良いんだよ!!今の王はなにかおかしい事ぐらい俺には解る。たぶんお前は被害者なんだろう?」
「でも・・・。」
「良いんだ。これからはジェイ・ラッズとして生きろよ。」
そして七年の歳月が流れた。
王は俺の一族を呪われた一族として「リーカン」の名を国民に知らせた。
国民はリーカンを呪い憎んだ。
俺はこの一族の血を誰よりも憎み悔いてる。
だが今の俺はジェイ・ラッズだ。
今日もベアードとともに自給自足の生活をいる。
そんな今の状況を壊しに一人の少女が現れた。