LEVEL1
某オンラインゲーム、その中には他のMMORPG同様ギルドというシステムがある。基本的には親しいフレンド達がより一層絆を深める戦いに臨むための団体のようなものである。
ギルドに入れば例え弱いプレイヤーでも他の人に装備を恵んでもらい、攻略を捗らせる事が可能となる。簡潔に言えばすこぶる良いシステムである。
だがそれはゲームを始めたばかりの初心者に限る。全てが逆の場合はどうだろうか。弱いプレイヤー達のギルドの中に、廃人並のステータスを誇る最強の冒険者が入ったならば……。
中世の雰囲気、隙間無く建てられている建造物。その前で簡易的な屋根を付けて平然と野菜や肉、魚を売っている商人達。身体の一部が何かしらの動物になってもそれに違和感を覚えず、子供と共にその品を見て回っている親子。空では飛行機感覚のように小型のドラゴンに似た生き物が可愛らしい鳴き声を発している。
そしてそれを見て呆然としているのは俺。名前は新原貫、歳は15で絶賛高校生のネットゲーマーだ。普段ならログインするや否、速攻で日間のクエストを消化した後、完了してない他のクエストに挑戦している最中なのだが何か違和感がある。
今朝メールで送られた追加ファイルをインストールしてログインした後からおかしい。運営からアップデートの知らせも無いのにゲームが180度以上変わってしまった気がしてならない。
売られているリンゴの甘酸っぱい匂いや、すれ違うケモ耳と尻尾の生えた誰得な熟年夫婦の獣臭さも感じる事が出来る。
それだけではない、肌寒い温度に身体が反応している。そして何より装備が全く違っていた。この姿は俺の私服だった。
「おやまぁ……そんな薄着じゃ風邪を引きますよ……気を付けなされ」
「あ、はい……」
腰の曲がった老婆に身体の心配をされた。ただの老婆なら俺も目を泳がせながら返事をしたりはしない。顔はしっかりとお婆ちゃんなのに何故、おっぱいは現役のグラビアアイドル並に張っているのか。長年二次元と三次元を両立してきた俺にとって偽乳では無い事は明確だった。
腰を曲げたまま張った乳を揺らして立ち去っていく光景に他の人達は目を釘付けにしたりはしてなかった。かくいう俺もしてない。背中に見えていた悪魔の羽のような装飾物は見てみぬふりをした。
脳のテラバイト並の容量を一気にオーバーさせかねないこの世界を見ていて俺はゲームなのか疑問に思えてきた。
慣れた手付きで空中を指先で少し押す感じでメニューを開こうとしたが全く反応はしない。それと同時にいつも左上に見えていたHPとMPのゲージも見えない事に気付いた。
ゲームの不具合かと信じて何度も空中を押すという行為を続けていた俺を不思議そうな目で見てくる男の子がいた。この子も勿の論頭の上から一角生えている。
一瞬異世界人に見つめられた事に動じた俺だがここで逆転の発想に辿り着いた。この目の前に居る男の子も先程出会った巨乳老婆ももしかしたらプレイヤーなのかもしれない。今回の追加ファイルでキャラメイキングの幅が広がったと考えた俺はこの行動に疑問を感じている初心者に対してベテランの口調で口を開いた。
「何してるのぉ?」
「え、メニュー開いてるんだよ。もしかして初心者? 開き方教えようか? あんまりプレイヤーに知られてない高速メニュー表示も教えるけど……」
男の子の何の関心も持たない無表情から俺は何となく察した。
「……ねぇ、お母さん! この人変な事言ってるよ!」
「あっ……! ご、ごめんなさい! 息子が失礼な事を言って……駄目じゃないの、冒険者の邪魔をしたら!」
一度首を垂れて帰った母親は子供に何かを言い聞かせていた。多分俺が何かしらの魔法の練習をこんな真昼間の街中で行っているとか言ってるのかもしれない。選択肢をミスしてしまった俺は肩を落としながら建物の壁に背中を預けて座ると記憶を遡る事にした。
まず、起床。学校が休みだから朝食を済ませた後にパソコンを開いた。それでいつものようにこのGwO、ギルドワールドオンラインを開こうとしたら詐欺メールの来ないアドレスからの通知が来て差出人不明のメールが届いていた。
「確かタイトルが『GwOの追加ファイルについて』とか書かれてたから開いたんだっけ……」
内容に文章は無く、二つの解凍ファイルが貼り付けられていただけだった。一つはアルファベット二文字でB、Z。もう一つのファイル名がG、S。どちらも意味不明なファイルだったが、俺は隠語だと予想して最初のファイルを美少女、絶世。二つ目をガチムチ、少年と読み解いた。
あくまで予想なので正解かどうかは分からなかったが一部の男性達の趣味を持ってない俺は消去法でB、Zのファイルだけをこのゲームの中に取り入れた。
そしてゲームを開いてVR装置でこの世界に飛んできたと思ったらこの現状である。
「どうしてこうなった……ん? でもさっきのあの母親が冒険者とか言ってたな……」
あの母親の言う事が正しいならこの世界にも冒険者の概念は存在しているという事になる。それなら俺以外にもプレイヤーが居るかもしれない。他に何も思い付かない俺は冒険者になれる場所を探すため、偶然前を通り過ぎた全身をフードで身に纏った背丈の低い女の子を肩を持って話しかけた。
「ちょっといいかな? 聞きたい事があるんだけど……って、え?」
「……うぅ」
顔を見て話し掛けただけですでに泣きべそを垂れている。力の加減を間違えてしまったのか、俺の顔が魔王のように恐ろしかったのか分からなかったが慌てて謝ろうと試みたが時すでに遅し。手を離して土下座の態勢に入り、謝罪の言葉に入ろうとした瞬間に街中でも容赦なく号泣した。
「うえええええええええぇぇぇぇぇぇ……」
「ごめんなさ……土下座なんてゲーム内で嫌というほどしてきたのに……遅れをとるなんて……」
当然の如く街中を歩く人達の目線は号泣している少女と傍から見たらフードの下からパンツでも覗き込みそうな態勢をしている俺に向けられた。
電撃的な小説の展開に似ていると察した俺は急ぎ足で誤解を解こうと顔を上げて正座で弁解に挑んだ。
「こ、これは違うんだ! ただ冒険者になれる場所を教えてもらおうと―――――」
「っるせぇ! この少女性愛者!」
「真昼間からパンツを覗き込もうとするなんて……気持ち悪い……」
「い、いや、俺はこの子にそんな気なんて……!」
正座の状態で少女の泣き顔に目線を移すと被っていたフードが取れて軽くパーマをかけられたショートカットの金髪に小さな鼻。メイクで弄られてない綺麗な目、将来性を期待できる顔立ち。パッと見て本能のままに口から零れた。
「可愛いな……」
「衛兵さん! 可憐な子供の貞操が奪われてしまいます! 早く!」
「そこまでするか!」
「え、じゃあ貞操以下なら何でも……!? 不潔!」
全く泣き止まない少女と話を肥大させていく野次馬からの罵声に万事休すな俺がする事は一つしか無かった。衛兵と呼ばれる奴等は多分警察みたいな存在で間違いない。
捕まる前に少しでも可能性のある事を実行するまでだ。
俺は正座をしたまま少女の方を向き、両手を地に付け、額を地面に叩き付けながら連呼した。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「うぅ……?」
思った以上に地面に頭を自ら叩き付けるという行為は痛みが激しかった。何度も続けていくと皮膚が切れて流血していくが、現状を逃れるにはやはり"誠意"というものを少女を含む全員に伝える必要があった。
だが俺は根本的な事に気付いてなかった。
ひたすら土下座をしている俺に野次馬の一人が隣の人と何か喋りはじめた。
「なぁ、あいつ……地面に頭叩き付けて何謝ってんだ? 普通謝る時って正座になって祈るよな?」
「あ、あぁ……多分頭がおかしいんだろ……」
その言葉を聞いて俺は頭を地面に小さく作られた血の池に付けたまま静止した。
現実の世界ならこの行為は最高クラスの謝罪行為だ。でもここは日本では無い、確信が持てたかもしれない。ここは異世界だ、紛れも無い異世界だ。ログアウト出来ないのも頷ける、そして土下座が知られていない事も。
周りから見たら俺はただ地面に頭をぶつけて謝っている少女性愛者にしか見られてない。大いなる醜態を晒した所でタイムリミットがやってきた。ゴツゴツとした手が俺の両腕を掴んでくる。何も抵抗せず脱力したままピクリともしなかった。
ゲームで言えば牢屋エンドという奴だ。それもロリコン扱いされての。
足首を縄で縛られてそのまま引っ張られながら連れていかれる。少し目線を上げて少女に目を向けるとどうやら泣き止んでいた。あの子に誤解を解ける内容を述べる力なんて無い事は分かっていた。あの子は俺になんて気にせず自分の目的を果たせばいい。
頭がクラクラする中引きずられている俺に再び野次が飛んできた。
「犯罪者、豚箱の中のご飯は不味いわよ~」
「あ、アリスちゃん! ご、ごめんなさい……」
「ロリコン……死ね」
声音の違う三人に目を向けると、そこにはリアル世界では会えないような美少女が三人いた。最初に犯罪者呼ばわりした子は多分銀色のロングヘアーを靡かせている黄色い眼をした女の子。謝ってきた気弱な女の子は真面目なタイプに有りがちな黒髪で後ろの髪を胸元まで綺麗に三つ編みにしている子、最後に言ってきたのは多分あの暗殺者のような目付きをしているが意外と似合っているポニーテールが恐怖感を和らいでいる。容姿はあの金髪幼女ほど幼い、恐らく小学生だろう。
この街で有名な人達なんだろうか。いや、あの三人には確信が持てる。恐らく有名だ、そうじゃなきゃ街にいる男共全員を眼科に連れていってやる。まぁ牢屋に入れられる俺がそんな事出来る訳無いけどな。
美少女を見て陽気になったもののすぐに両腕を掴まれている感覚から現実に引き戻されてしまった俺はあの三人の言葉を単なる野次だと割り切って何も反論しなかった。
ゲームをやってたらゲーム関連のストーリーはスラスラ書けてしまう不思議(面白いとは言ってない)