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3 悪霊に取りつかれた男

 ジリリリリリリリリ!!



「……んあ」




 けたたましく鳴る目覚ましに愁理は眠りから目を覚ます。寝ぼけ眼で目覚ましの位置を確認し、手を目覚ましに叩き付ける。



 ジリリリ――



 目覚ましを止めると愁理は気だるげに体を起こし一つ伸びをする。時計を見れば7時00分。朝食を食べるなら起きなければ学校に間に合わない時間帯だ。愁理は「よし」と気合を入れてベッドを飛び出し、温かなベッドに未練を感じつつも部屋を後にした。



「おはよー愁理ー」



 愁理が部屋をでた瞬間、明子が愁理にふわっと近づき挨拶をする。しかしそれを愁理は無視して階段を降り始めた。明子はむっとしつつも愁理の後を追う。



(しかし今日の夢はすごかったな。鮮明に記憶が残ってるし、リアリティが半端なかった)



「おーい」



(紗奈が出てくるところもリアルだった。夢ってのは後から考えると矛盾してるとこが結構ある門だけど今回のはあんまないな)



「まだ寝てんのかー?」



(強いて言えば生霊とか名乗る変な女が出てきた点だな。まぁ」これのせいで悪夢となったが内容としては面白かった。現実ではお目にかかりたくないけどな。はは)



「おぉぉぉい!!」

「うるせぇぇぇぇえ!」



 耳元でいきなり大声を出されたことで反射的に愁理も大声を出してしまう。頭の中では変な夢だったということにしてしまいたかった愁理だが、現実ではしっかり明子の姿を確認しており、夢で片付けるには無理があった。まぁ愁理もそれを分かってはいたものの最後の抵抗というものであろう。

 明子は愁理に大声を出されたことに「うるさいなー」と耳を塞ぎながらふわふわと浮いている。愁理はその姿にため息をつく。昨日からため息が絶えない気がしていた。



「朝から疲れさせんなよ」

「無視するからでしょー」



 明子の言うことはもっともなのだが愁理の夢にしてしまいたいという思いも分からないでもなかった。愁理は明子の方から再び正面へと向き直って階段を下りる。



「いいか、2人きり以外の時は話しかけんなよ。話しかけても無視するからな」

「へいへい」



 明子のあまり分かってなさそうな返事を後ろに聞きつつ愁理は居間に向かった。扉を開けるとそこには既に制服に着替えた紗奈の姿が見える。紗奈は愁理に気が付くと手を振り振りと振る。



「お兄ちゃんおはよ。朝練だから私もう行くね」

「おーう。頑張れよー」



 紗奈は最後に親指を立てて姿を消す。愁理は欠伸をしながら朝食が乗っているテーブルに腰かけた。




















「それじゃ、行ってきます」

「行ってきまーす」



 朝食を食べ終え、身支度を整えた愁理は家を後にした。その後ろには当然のように明子がついてきていた。

 愁理は家を出る前についてくるなと説得しようしたのだが、「憑いてるのでついてきまーす」などという明子に根負けし、結局ついてくることを許可してしまった。

 明子の話によれば憑いてる人間とはあまり距離を開けられないらしい。愁理はそうだろうなと思いながらも明子が学校で何かやらかすことを心配し、学校生活が不安になっていた。



「だーいじょうぶよ。私生きている人間とかにあんまし干渉できないから」

「……じゃあなんで俺には干渉してくんだよ」

「愁理は特別なのー」



 駅へと向かう途中でそんな話をする2人、いや1人と1体。愁理の足取りはいつになく重く、気が向かない様子であった。

 駅に着くや否や愁理は明子をギンと睨み、話しかけるなと訴え抱えた。明子はそれにウィンクで返すと駅の周りをふよふよと彷徨いに行った。

 それを目で確認した愁理は制服のポケットから音楽プレイヤーとイヤホンを取り出す。これで電車に乗っているときに明子が何か話しかけてきても大丈夫だという魂胆だった。生霊相手に効果があるかはわからなかったが。



「……間もなく電車が参ります。白線の内側までお下がりください」



 特徴的な声のアナウンスの声をわずかに聞き取った愁理はもうすぐ電車が来るのだろうと乗り込む準備をした。あまり都会ではないこの辺りでは朝の通勤時間でも電車は混んでおらず、駅のホームにもまばらに人がいるだけだった。



「あーもうすぐ来るなら呼んでよー」

「……」



 明子もアナウンスを聞き取って愁理の元へと戻る。しかしその訴えは愁理の耳には届いておらず愁理の作戦は成功していた。そんな愁理に明子はムッとしながらも何もすることはなく黙って後ろについていることにした。

 間もなくして電車がホームに現れる。プシューという音ともに扉が開き、愁理は電車に乗り込む。電車内の座席はすべて埋まっており、しょうがなく愁理は吊革につかまった。



(……ん? あれは……)



 すると少し離れた座席でこちらを伺う視線に気が付く。愁理と同じように制服に身を包み、こちらをチラチラと見る茶髪の女性。



(同じクラスの……水元真季(みなもとまき)か?)



 それは愁理と同じ高校、同じクラスの女学生だった。愁理はこちらを伺う真季を疑問に思いながらもどんな生徒かを思い出す。

 水元真季。茶髪にピアスと派手な見た目をしている割に真面目で、問題なども起こさない。しかしその見た目に周りは気後れしているのか親しい友人は見られない。そのせいか、男子からの人気は高いが話しかけるものは見たことがない。愁理ももちろん話しかけたことはない。それどころか話したこともなかった。



(その水元がこちらを見ている……なんなんだ?)



 これまで、というか昨日まで水元にそんな様子は見られなかった。今日になって突然? 顔に変なものでもついているのか? 愁理はそう考える。

 平凡至上主義の愁理は事を起こさないようにするために殊更人の視線や噂、情報などには敏感だった。その愁理が昨日までなかった視線を感じている。スマホで顔を確認するが変なものもついてなければ髪型もいつも通りだ。



(……まさかこいつが見えてるってこともないだろうし)



 愁理はちらっと自分の背後に浮いている明子は見る。明子は電車の外の景色に夢中でこちらの様子には気づいていない。

 明子が見えているという可能性もなくはなかったが、真季は明子を見ているというよりは愁理のところを見ていた。そう考えるとやはり問題は愁理にあると考えてよい。



(……俺のことが気になってる? いやまさか今日突然ってことはないだろ)



 こういっては何だが愁理の顔立ちは整っていた。そのおかげで高校入学後も何人かに告白をされた愁理だったが、すべて波立たないように断っていた。そのせいか学校の女子の愁理に対する評価は高かったが、愁理はそんなことも知らずにそれはないと結論付ける。

 結局結論は出ないまま電車は愁理が降りる駅へと着く。愁理が降りるということは当然真季も降りてくる。愁理は後ろに真季と明子という2つの不安要素を抱えながら学校へと向かった。






















「……何なんだホント」



 学校についても真季の視線を弱まることはなかった。席に着いてからもチラチラとこちらを伺う視線に何人かの生徒は気づき、愁理に何かあったのかと尋ねてくるが愁理は分からないと返すだけだ。少し怖がられている真季のところへは誰もいかず、顔を机に伏せたふりをしてはチラチラと流離の方を見ていた。



『ねーねー何時から授業?』



(……こいつは)



 そして愁理のもう1つの悩みの種、明子は学校で話しかけるなと言ったにも関わらず愁理に話しかけまくっていた。愁理はそれに対して黙殺するか睨むかのどちらかで対応し、そんな愁理の異変に周りの生徒は戸惑っていた。愁理と真季というある意味では目立つ2人の異変に教室は浮足立っていた。




 ガラガラガラ



「おーしお前ら授業はじめっぞー」



 教師が現れたことで少し和らぐ教室の雰囲気。教師はそんな生徒たちに疑問の表情を浮かべなあら授業を始めた。












 キーンコーンカーンコーン



「よーし昼だ!」

「どこで食べる?」



 4時間の授業が終わり昼休憩となる。生徒たちは途端に騒ぎ出し、教室は賑やかになる。



「……全然集中できねぇ」



 一方の愁理は周りと違ってむしろ元気がなくなっていた。その原因は明子と真季にあることは言うまでもない。

 後ろで騒ぎ立てる明子と愁理を見続ける真季。1人と1体の活躍により愁理のメンタルはだいぶ削られていた。



 ガタッ ツカツカツカ



 愁理が机に顔を伏せていると急に教室が静かになった。愁理は何事かと顔を上げる。



「……」

「……」

『え? え? どういう状況?』



 目の前には昼まで愁理を見続けていた人物、水元真季が腕を組んで立っていた。周りの生徒たちは何事かと2人の様子を見守っている。

 愁理はついに来たかと心で身構える。不良と噂されている水元のことだ。俺が気に入らないことをしたからガンつけていたのかもしれない。愁理はそう思って真季を見つめる。そして真季の口がゆっくりと開いた。



「……ねぇ」

「……なんだよ」

「ちょっと顔貸しなさい」

『呼び出しぃー!?』



 愁理と周りの生徒はやはりかと唾を飲み込む。授業は真面目に出ている水元だったがやはり不良だったのかと。

 愁理はどう答えるべきか迷った。正直喧嘩には自信がなかったし、女子には手をあげたくなかった。それに平凡を至上としている愁理が問題を起こすのはもってのほかだった。ついでに言うと後ろのやつもうるさい。



「……わかった」

『わかった……だって! ぷぷーっ』



 愁理が出した結論は大人しく従うというものだった。まだ暴力を振るわれると決まったわけではない。教室で駄々をこねるよりはついていった方がいいという考えだった。そして後ろのやつは後で殴ると心で決まる。



「こっちよ」



 真季はそう言って歩き始める。愁理はため息をつきつつも席を立って真季の後ろについていった。










『うわー屋上ってまたベタな……』



 真季が連れてきた場所は学校の屋上だった。本来なら鍵がかかっていて入れない屋上だが、そこはやはり不良というべきか真季が鍵を持っていたので難なく入れた。

 屋上に入った真季は腕を組んで足を肩幅に開いてこちらに体を向けていた。茶髪が風になびいて雰囲気を演出する。

 そして愁理もまたいつでも動ける状況に身構えていた。殴ってきたら逃げる。そう決めて愁理は入り口側に陣取っている。一方明子はこの状況を楽しんでるようで2人の中間に浮いてハラハラドキドキと口で言っていた。



「……単刀直入に言うわ」



 そう言って真季はびしっと指を愁理に指す。愁理はごくりとつばを飲み込み、明子は「おぉー!」と歓声を上げる。



「変な奴と思うかもしれないけど……あんたには悪霊が憑いてるわ」

「……は?」

『え?』



 真季の口から出たのは愁理と明子にとって予想外の言葉だった。可能性として明子が見えている説を挙げていたが……まさか本当だったとは。

 真季は愁理の間の抜けた表情を見ると覚悟を決めた橋上で続けた。



「それも……とんでもないやつが憑いてる。私の忠告を素直に聞いてお祓いに行った方がいいわよ」

「……お、おう」



 しかし真季が見てるのは相変わらず愁理であり、明子ではなかった。愁理はふざけて言ってるのか? と思う反面でふざけてるならわざわざこんな面倒なことはしないだろうとも思っていた。



「話はそれだけ。別に私のことは変な奴と思ってくれて構わないから」

「え、あ、おう」

「それじゃ」



 そう言って真季はスッと愁理の横を通り過ぎて屋上から出て行った。愁理はしばらく呆然とした後明子を呼び出す。



「明子」

『んー?』

「お前の姿って他の人に見えんの?」



 愁理はそれが聞きたかった。見えてるとしたら真季のさっきの目線はおかしいし、見えてないのだとしたら発言がおかしい。そこがはっきりすればこれからの真季への接し方の答えも出ると考えた。



『見えない! ってのが普通なんだけどねー』

「……どういうことだ?」

『私たち生霊って人間の強い思いからできてるのは知ってるよね。幽霊の場合も同じなんだけど、幽霊は死ぬ前の思い……なのかな? それに対して生霊は個人への思いってわけ』



 愁理は明子が何が言いたいのか分からず首をかしげる。明子は愁理に近づくとびしっと指をさして続けた。



『つまり生霊が個人への思いにたいして幽霊はこの世への恨みなわけ。だから幽霊は大勢の人に見えるけど生霊は思われてる個人にしか見えない……ってのが普通なんだけど』

「だけど?」



 つまり生霊の姿はその1人、明子の場合だったら愁理にしか見えないということだ。明子は愁理に先を促されて続ける。



『たまーに霊感がものすごーく強い人だと見えちゃうみたいね。て言ってもはっきりとは見えなくて黒い靄なんかが見えるだけらしいけど』

「なるほど、な」



 つまり真季は愁理の周りに漂う黒い靄を見てそう判断したということだ。最も真季が霊感が強い前提が必要になるが、その点は間違いないな。



(……よし、こっそり水元にコンタクトを取ってお祓いを紹介してもらおう)



 愁理は心の中でそう決める。今日の授業を通して分かった。こいつ(明子)は生活の障害にしかならないと。



『ん? なに?』

「いや、何でもない」



 愁理の変な様子に明子が気づくが、愁理はそれに笑顔で返す。明子はその笑顔の裏にある思いを知ってか知らずか愁理の初めて見せる笑顔を思わず見入った。

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