2 名付けよう、君の名は
長期休み中ということもあり2話目の投稿です。明日は投稿できるかと思いますがそれ以降は遅めになるかと思います。
(ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!)
心の中で思い切り叫んだ愁理だったが声は出ず、体は動かない。そんな愁理とは対照的に黒い頭はこちらの様子を伺うかのように微動だにしない。愁理はバクバクと脈打つ心臓の音を聞きながら黒い頭を見つめる。内心は目をそらしてしまいたかったがそれをするともっとやばいことになりそうだったので、恐怖を押し殺しながら見続けた。
「……」
「……」
(なんか……動かない)
先ほどとは打って変わって動かない黒い頭。愁理は2回目ということもあって早くも落ち着きを取り戻しつつあった。もともと愁理は熱しやすく冷めやすいタイプなので状況把握は得意な方だった。
とはいっても目だけしか動かせない愁理にできることと言えば見ることだけなわけで、仕様がなく黒い頭を見続けた。
「……」
「……」
「……」
「……(もぞもぞ!)」
「んんぅ(うおおう!?」」
黒い頭は本当に愁理の様子を伺っているようで、少し動こうとしては愁理が驚くとその動きを止めた。愁理が心の中で声を上げると止まる黒い頭を見て「なんなんだこいつ……」と思うようになってきていた。
そんなやり取りを何回か繰り返すうちに愁理もこの状況に慣れてきた。というよりは恐怖よりもこの黒い頭に対する好奇心の方が勝ってしまったのだ。こんど動いたときは驚かないでおこうと覚悟を決めて愁理はその時を待った。
「……」
「……」
「……(もぞ……)」
「……」
覚悟を決めたとはいえ、体が動けない中で得体のしれないものが近づいてくるのにはやはり恐ろしさを感じる。愁理は気合でそれらを押し殺すと少し動き始めた黒い頭を見守った。
もぞ……
「……」
もぞもぞ……
「……」
もぞもぞもぞ!
(なんでそこで急に速くなるんだよ!)
なぜか愁理の反応を楽しむかのような動きをする黒頭に内心でそう突っ込む愁理。黒い頭はもう愁理が驚くことはないと思ったのか顔にせり上がり顔の上と頭を持ってきた。
「……」
「……」
(か、顔に髪が当たって痒い)
黒い頭の思ったより艶やかな黒髪にくすぐられて愁理はそう思う。相当近くで見つめあってるにも関わらず顔は確認できない。
ここまでくると愁理の心にそれほど恐怖は残っていなかった。ただこれからだおうなるんだろうというのが期待半分、不安半分で心を占めていた。
「……」
「……」
「……ぅ」
「……?」
「……ぁぅ……」
「……」
何かを喋りたそうに口を動かす黒頭。愁理は聞き取ろうと耳を傾けるがぼそぼそとした音は聞き取れない。
そこで愁理は自分の口が動かせるようになってることに気付く。叫び声を上げないと分かったから黒頭がそうしたのだろうか。良くは分からなかったが愁理は黒頭に話しかけてみることにした。
「き、聞こえない……んだけど」
どもりながらもはっきりとした口調でそう述べる。幽霊に話しかけるという経験のないことに愁理の心臓は鼓動を速める。
「……」
がしかしそれに対して反応はない。やはりコミュニケーションはとれないのだろうか。愁理がそう思ったその時だった。
「……あ」
「あ?」
おぉ、ついに喋るのか! 愁理は期待に胸を膨らませた。先ほどまで震えるほどビビっていたナニカに今は期待しているというわけがわからない状況なのは愁理もわかっていた。
「あうあうー!」
「……」
「……ぁぅ……」
(……訳分かんねぇ)
愁理は黒頭の発した言葉に二の句を継げないでいた。確かに急に「あうあうー!」と言われても反応に困ってしまうだろう。それに突然の大きな声に愁理が驚いたということもあった。
……もしかして喋れないのだろうか。愁理は黒頭があうあうとしか話してないところからそう考える。愁理のところに2回も現れたということは何か伝えたいことがある……はずだった。そうと考えれば先ほどの様子を伺うようなやり取りも頷ける。愁理は覚悟を決めて幽霊に体を託すことにした。
「……よ、よし」
「……」
「俺の体に乗り移って良いから、それで伝えたいことを――」
「あ、喋れるからそういうのいいです」
「喋れるのかよぉぉぉぉぉぉぉお!!」
先ほどのとは違った悲鳴が愁理の部屋に響いた。
「落ち着きましたか?」
「いや、落ち着きましたか? じゃねーんだよ。ってかお前の存在が落ち着かないわ」
黒頭の思いのほか凛とした声に感心する一方であっけらかんと幽霊のタブーともいえる“会話”をしだしたことに呆れる愁理。言葉が通じると分かった時点で金縛りは解いてもらい、現在はベッドに腰かけている。
目の前には髪の長い女と思しき幽霊。定番の白装束を着てはいるが三角巾はつけていない。その白装束というのも愁理が思っていたのとは違い、ミニスカートのように短かった。そのせいで病的ともいえるほど白い生足が愁理の目の前で浮いている。
「……どこ見てるんですか変態」
「変態って……」
先ほどまでの雰囲気はどこにいったのだろうか。愁理はささっと足を隠す黒頭を見てそう思う。さっきまでは色々と怖がってはいたが……なんかもう台無しだった。
愁理はため息をつきつつもこの状況を整理すべく黒頭に何者かを尋ねることにした。最も幽霊以外には見えないのだが。
「……で、お前はなんなんだよ」
愁理の質問に、じと目を止めて顎に手を当てる黒頭。小首をかしげてうーんと言っている姿が先ほどまでの恐怖の対象だとは……。愁理は苦笑してしまう。
「見てわかりませんか?」
そういうと黒頭は愁理の前でクルリと体を1回転させる。髪が宙に舞って白装束が広がる。
「……幽霊だろ」
「はいぶっぶー。外れでぇーす」
愁理は思わずぶん殴ろうとする右腕を左手を抑える。黒頭はそんな愁理の様子にくすくすと笑うと後ろで手を組んで顔を愁理に近づける。
「正解は“生霊”です」
「……生霊?」
生霊。それは死霊、つまり死んだ者の霊と違い、生きている者が意識的、または無意識的に想像しているエネルギー体のこと。恨みや妬み、はたまた好意や強い尊敬の念から生み出されるそれらは下手の低級霊より厄介。
愁理が今日読んだ本にちょうど生霊のことが乗っていた。愁理はその本のことを思い出す。
(……要するに生きてる人の思念なんかがエネルギーになったっていうあれか?)
「その認識であってますよー。とはいっても私も生霊について詳しいわけじゃないですけど」
「おい」
「生霊なのに!? って突っ込みは受け付けませんよー。ってなんですか?」
「人の心を読むな」
「ちぇ、けっちぃーなー」
空中で座ったような体勢で足をぶらぶらとさせ口をとがらせている自称生霊。愁理はその能天気なすがたにまたもやイラッとしたがいちいちムカついていては話が進まないので鉄の意志でそれを抑え込む。
そして愁理にとって1番大切な質問を目の前の黒頭にしてみることにした。
「……で、その生霊が何の用だよ」
この答え如何によっては愁理は今すぐに逃げなけらばならない。「それがですねー呪い殺しに来ました☆」なんて言われたらお終いだ。
(……その時には紗奈を呼ぼう。うん、それがいい)
紗奈の元気の良さだったら生霊も吹き飛ばすはずだ。そうに違いない。愁理はそう決めつけて心の安定を図る。大事なところは妹を頼るという絵にかいたようなダメ兄ぶりだったが本人はそれに気づいてない。
「そうね……」
「……」
ゴクリ
愁理がつばを飲み込む音が部屋に響く。黒頭の表情は依然として髪の毛にか売れて見えないが雰囲気が変わった気がしていた。幾分か部屋の温度も下がったように愁理は感じる。
「それがね……」
「……」
「忘れたった!」
「……はぁ?」
てへぺろと言ってごまかし始める黒頭。愁理は安堵というよりも呆れる感情の方が大きかった。ほんとに台無しである。
「んーなんだっけなぁ」
「……まぁ俺としては思い出さなくてもいいんだけど」
「え、あ、まじ? ならいいや」
「いやお前もうちょっと……何でもない」
もうちょっと考えろよ。黒頭の切り替えの良さに思わずそう突っ込もうとした愁理だったが少し考えて踏みとどまる。確かによく考えて「あ! 呪い殺しに来たんだった!」では洒落にならない。いやシャレにはなりそうだが心臓には悪かった。気にならないと言ったらウソになるが。
「じゃ、思い出すまでよろしこ」
「……なんだって?」
黒頭の言ったセリフが信じられずに聞き返す愁理。いや、いやな予感はしていたがそれが現実となることは避けたかった。
「だから、思い出すまで夜露死苦!」
「……はぁ!?」
しかし無情にも黒頭のセリフは嫌な予感が現実になったことを思い知らせる。これがリアルの女の子なら嬉しいところだが相手は自称生霊である。生霊がよろしくと言ったらやることは限られる。呪うかあるいは……。
「うん、生霊としてあなたに憑かせてね」
……人に憑くか。半ば予想はしていたものの愁理は落胆の色を隠せなかった。それと同時に思い至る。昼頃から体が重かったのもこいつのせいか、と。
「となると風呂場の影も……」
「うん、私」
「はぁ……」
愁理はあきれ半分、安心半分でため息をつく。影の正体がわかった一方でこいつで良かったと思うべきなのか、なんでこいつなのかと思うべきなのか迷っていた。
愁理はちらっと黒頭の方に顔を向ける。すると今までと違ってすっと黒頭が顔をそらす。
「……なんだよ」
「いや、その、なかなか立派な息子をお持ちだったなと」
「もう帰れお前」
(もうやだこいつ……)
確かに本に乗っていた通り部屋の下級霊よりもある意味厄介だった。そんな愁理の様子を見て取ったのか黒頭は慌てたようにフォローに回る。
「ま、まぁ自慢できる息子だと思うわよ? そんなに落ち込まないで」
「そこじゃねぇよ!」
愁理は深くため息を吐く。どうせ俺が言ったところで言うことは聞かないだろう。それに無理やり追い出すのも後を考えると怖い。そう思って愁理は仕方なく結論を出す。
「……わかった。ただし俺の言うことは絶対だぞ」
「……え?」
「だから憑いてもいいって」
「ほんとに!? いよっし!」
「はいはい、じゃあ俺寝るから」
空中でガッツポーズをとっている黒頭を放って愁理は布団へと潜る。しかしそこで先ほどの恐怖を思い出す。憑いてもいいといった愁理だったがさすがにまた金縛りにあうのは御免だった。部屋からは出てもらうことにする。
「おい! えーと……」
そこで黒頭の名前が分からないことに気が付く。黒頭と言ってもわからないだろうし……。
そんな愁理の様子に気が付いたようで生霊は愁理の方へと顔を向ける。
「ん? なに?」
「いや……お前の名前は?」
愁理がそう質問すると気のせいか再び愁理を悪寒が襲った……気がした。黒頭の方をじっと見るが特別何かした様子はなく、うーんと唸っているだけだった。
「名前……ね」
「なんだ、忘れたのか?」
それとも生霊には名前がないのか。まぁ生霊に名前をつける高尚な趣味をもつやつもいないだろうからないってのが実のとことか。愁理はそう思い至って少し考える。
「そうだな……じゃあ“黒子”なお前の名前は」
「えー却下」
「なんでだよ」
「私ミスディレクションとか使えないし、ほくろっぽいし黒っぽいキャラじゃないし」
「……」
まぁ愁理自身もないなと思った名前だったがそこまで否定されるとムカつくものがある。愁理はそのほかにもいろいろとアイデアを出していくが黒頭が気に入ったものはないようで、すべて却下される。
「あーもうじゃあ“明子”だ! お前明るいしそれでいいだろ」
「……明子、ね」
愁理はあまり考えずに適当な名前を言う。それは本当に適当なとっさに出だ名前だったが黒頭は気に入ったのか悩む素振りを見せる。
そして得心が言ったのかうんと頷くと、すーっと愁理に近づく。愁理としては早く寝たかったのでもうベッドに横になっていた。
「ま、良しとしてあげましょう」
「何様だよ……」
「ふふん。で、あなたの名前は?」
「俺の名前……」
そこで愁理はそういえば自分の名前を伝えてなかったことに気が付く。愁理は自己紹介などいつぶりだろうと考えつつもはっきりと自分の名前を口にする。
「……恩藤愁理だ」
「愁理、ね。まぁこれからよろしく」
「……あぁ」
明子が愁理を上から見下ろしにっこりと笑う。愁理はそれを見届けるとまるで夢みたいだな、と思いつつ眠り落ちた。気が付けば愁理の体に重さはなく、愁理の寝顔は穏やかだった。