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昼の惨劇


 暑さも和らぎ始めた、夏の終わり。

 私は、目の前の光景にカゲロウを見ていました。

 いいえそれは厳密に言えば、カゲロウではないのかもしれません。

 もくもくと立ち込める黒煙と。

 ぼうぼうと燃え上がる炎と。

 焦げたバイクと、人らしき物体と。

 おそらくそれは、めまい、だったのでしょう。

 非現実が、非日常が、目の前に惨劇として広がっていたのですから。


 痛みはありませんでした。

 黒煙の真っ只中にいるというのに、鼻にも目にも何の刺激はありません。

 それは、とても不思議な感覚でした。


「調子はどう?」






 繰り返す、あの日の惨劇。あの日の出逢い。


 少女は願っていた。

 再び、自分の様な死神が生まれないことを――


 運命は残酷にも。




  昼 の 惨 劇




 もう二度と、見たくないと思っていた光景でした。

 転がった無数の自動車。

 渋滞の中での、玉突き事故だったようです。

 あの日と同じ場所、同じ時間。

 時が戻ってしまったのかと、錯覚すらしました。でも、あの日と違うのは、

 『 私が死神であること 』

 

 しかしながら私は、不安を掻き消せないでいました。

 私と同じ様な子が、また生まれてしまうのではないか、と。


「だ、れ……?」


 車の破片に押しつぶされて、倒れこんでいる女性を見つけました。

 どうやら、私の姿が見えているようです。

 至るところから血を流し、地面に倒れて、その体の上には自動車が覆いかぶさっています。もう、助からないということは、一目瞭然でした。


「死神です。貴女を迎えに来ました。」

「どう、して……?」


 掠れた声で、女性は私に問いかけます。

 予想外の質問でした。『どうして?』などと。


「どうして……なんでしょう。いえ、きっと貴女が、もうすぐ――」


 死んでしまうから。

 そんなこと、そんな非情なこと――


「ああ……私、死ぬの、ね。」


 言い淀んでいると、彼女の方から私が紡げなかった先の言葉を返してきました。

 私は、申し訳ない気持ちと共に、首を縦に静かに動かします。

 彼女は目を瞑り、微かに微笑みました。


「そっか……そう、だよね……。苦しい、の。早く、楽に、なりたいな……。」

「今、楽にしてあげます。」


 ささやかな魔法。

 彼女は霊体となって、私の前に立ち上がりました。


「痛くない……。」


 自分の手のひら、腕、足を確認し、血がついていないことにも痛みを全く感じないことにも驚いたかのように、彼女は目を丸くしています。

 そうしてじっくり時間をかけた後、私とまっすぐ向きなおりました。


「ありがとう、死神さん。」

「いいえ、どういたしまして。すごく、痛かったですよね。」

「とても……ああ……学校、行くところだったんです。」


 私と、同じでした。


「でも、もう私――」


 彼女は振り返って、自分の遺体を眺めます。

 もう、『彼女』は私を見ておらず、目には光がありませんでした。

 魂が抜けた体は、ただの器です。……と、小さな先輩が口癖のように言っていたのを思い出しました。


「死神さん。お名前を、教えていただけますか?」

「私の、ですか?」

「ええ、だって、命の恩人だから。」


 どうせもうすぐ、何もかも忘れてしまうのに。

 私がうっかりそうつぶやくと、彼女は苦笑いを浮かべました。


「天国へ行っても、きっと忘れませんから。」

「……長谷川、千歳といいます。」

「千歳さん……いい名前。ありがとう、千歳さん。」


 ひとつ、確認しておかねばなりません。

 万が一。万が一、彼女に記憶がなければ、その時は――。


「今度は貴女の番です。お名前を教えてください。」

「私……私の名前は……。」


 彼女は口をつぐみました。

 私は、体中を冷や汗が伝うのを感じました。

 思い出して。お願い。

 貴女の、『記憶』を――。


「私は、そう。私は、私の名前は、神埼千尋です。」

「そう、千尋さん。よかった。」

「よかった?」


 死後、記憶を失った者は、失った記憶を取り戻すために死神になり、こうして死者を弔わなければいけないこと。

 自分も、千尋さんと同じように事故に遭い、記憶を失ってしまったこと。

 兄と再会したが、一向に記憶が戻らないことを全て話しました。


「そう、なんですか……死神って、皆そうなんですか?」

「はい、そう、らしいです。えへへ、新人なんでよくわかってないんですけど……。」

「死神って、悪いイメージしかありませんでした……悲しい、んですね。」


 悲しい。

 死神は、悲しい人達。

 果たしてそうなんでしょうか。

 私にはわかりません。何も。

 記憶がないことは、ある意味では幸せなことかもしれません。

 

 今までに出逢った魂のように、ひょっとすれば苛められていたかもしれない。

 虐待をうけていたかもしれない。

 生きることに悩んでいたのかもしれない。

 それを思い出すことが、今ではとてつもなく――怖い。


「千歳さんは、死神には見えません。」

「え?」


 突拍子もない言葉に、私は戸惑いました。


「確かに、黒い服、黒い髪の毛、黒い目……黒ばっかりで、いかにも死神って感じがするけれど。なんだか、天使様みたい。」


 彼女、千尋さんは微笑んで私をまぶしそうに見つめてくれました。


「痛みを取ってくれた綺麗な天使様。お願い、私を、連れていってください。」


 私は唇をかんで。


「それでは、逝きましょう。」









「馬鹿みたいな話だね。アタシ達は死者にとってどう見えるかが問題じゃない。本質的に、根本的に、概念的にアタシ達はもう死神なんだよ。」

「そう、ですが……千尋さんは、笑ってくれたんです。幸せそうに。私、嬉しかったです。」


 小さな先輩は鼻で笑って、そっぽを向きました。

 私にも、夢先輩のことは死神に見えません。

 だって、赤い浴衣の死神だなんて、イメージじゃないのですから。


「夢先輩も、天使みたいですよ?」


 ついつい、意地悪を言ってしまいました。

 小さな先輩は照れ臭そうについには背中を向けてしまいました。


「ばっかみたい。」


 私達はまた次の哀しい魂を迎えに行かなくてはいけません。

 それが、『死神』の仕事ですから。

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