帰りたいと思える場所
望まない死を迎えた人は、沢山いる。
そんな人には、必ず大切な何かがある。
それは家族であったり、愛する人であったり、親友であったり。
帰りたいと思える場所が、きっとある。
帰 り た い と 思 え る 場 所
「浅川さん、一緒にお弁当、食べよう?」
「あ、いいの……? ありがとう……。」
彼女の記憶。一番、大切だった過去。
「浅川さん、あんまりクラスに馴染めてないよね……どうしたの?」
「え、いや……何でもないよ。本がね、好きなの。」
「そっか。いつも本、読んでるもんね。」
委員長だけが、笑顔を見せてくれた。
優しい人。
独りでいると、必ず声をかけてくれた。
それは小さなお節介なのかもしれないけれど。
「帰りたい?」
死神と名乗る少女は言った。
真っ赤な浴衣に、黄色の毬を大切そうに両手で抱えて。
黒い瞳は大きくて、心の中を見透かされそうに澄んでいた。
「帰りたい、な……でも、無理なんだね。」
「もう、こうなってしまった以上は。」
桐野沙里。クラスの委員長で、たった一人の、大親友。
最初は沙里のお節介かと思っていたけれど。
気がつけばいつも一緒にいて、本屋に行ったりして。
いつものように本屋に行った帰り道。
大きな音と共に、私の体は弾け飛んだ。
そう、空を飛んだ。
それからは、気がつくと目の前に『赤』が立っていた。
何が何だかわからなくて、ぼんやりしていると、
「夢を見せてあげる。」
少女がそう言って、毬をひとつき、地面についた。
脳裏を走ったのは、沙里との思い出。
「御愁傷様。生まれ変わったら、また会えるよ。アンタはこうして、大切なモノを思い出せたのだから。」
「……ありがとう、死神さん。」
「ついておいで。いいものを見せてあげよう。」
少女はそう言うとふわりと浮かび、そして私の体もそれに引っ張られるように宙へ浮かんだ。
暗闇。
沢山の、星。
眼下には、青い地球――。
「綺麗だろう?」
「……はい。」
「この中で、あの子と出逢えた奇跡。それって、すごいことだと思う。」
そっと、唇をかんだ。
「こんなに広いんじゃ、また出逢えるかどうか……。」
「きっと大丈夫。」
少女は毬を袂に入れ、私の頬を小さな手で包んでくれました。
「絆が、あるから。」
「先輩、先輩の名前って、何なんですか?」
「千歳。アンタは次の仕事があるだろう。」
「今日は暇なんです。いいことですよねえ、これって。……ねえ先輩ったら。」
新米死神の千歳は、小さな先輩死神に必死にすがりつく。
まるで妹を抱き締めるかのように。
「先輩……あの、もしかして、先輩には名前がないんですか?」
「……勘だけは鋭いね。」
「えへへ……。って、え! 褒めてくれるのは勘だけですか!?」
名前など、唯の記号だ、と。
小さな死神は、毬をひとつき。
「ユメ、でいい。」
「じゃあ夢先輩で! これからもよろしくお願いしますね、ユメ先輩!」
三月の夜空は、まだ少し寒かった。