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悲しまない死

  爆音、弾ける玉、不愉快な不協和音。

  ……パチンコは母の趣味。




  鼻につく、目も眩む匂い。大人の嗜み、はきかけられる吐瀉物。

  ……酒に溺れた父のいやらしい目つき。




  いやだ。おいていかないで。

  お母さん、いかないで。

  わたし、わたし、お父さんと一緒にいたくないの。




  いやだ、やめて、触らないで。





  お願い――……。




  悲 し ま な い 死





「だったらどうして今までそんなことしてきたのよ。

 どうせその涙も偽物なんでしょう? 私のことを愛してなかったように、

 その涙だって見せかけのものなんでしょう?

 おばさん達に……皆に慰めてほしいだけでしょう!?」


 どう言葉をかけていいのかわかりませんでした。

 なにせ、私が「生前」どのような家庭に育ち――私が死んだとき、赤い浴衣の古風な死神ちゃんから頂いた資料にはすべてが書かれていたので一通り目は通しましたが――、どのように愛にあふれた家庭で育ったのかまったくもって覚えていませんでしたから。

 もしも私が、今もって目の前でわれを忘れて激怒している彼女と同じ目に遭っていたのならば……。

 おそらく、同じことを此処で――彼女の遺体の前で――吐き散らしていたことでしょう。



 激昂中の彼女は、自殺しました。

 母親の育児放棄――ネグレクト――と、父親の酒癖の悪さから行われていた家庭内暴力と、彼女への悲惨な性的虐待が原因です。

 更には毎日通っていた進学高校でも、イジメの対象として悪い意味でちやほやされていたとのこと。


 彼女が自ら死を選ぶのも、無理はないでしょう……。


 見た目はやはり、高校生というには少し幼すぎるようです。

 体もやせ細っていて、顔には生気がありません。

――まあ、もう死んでしまっている人間なので、生気がなくて当たり前、とも言えるのですが……。




 葬式がそろそろ終わりかける頃、彼女は相も変わらず親戚達に向かって生前の苦しみを吐露しておりました。

 それは見ている分にも不愉快なほどの……怒りは伝染してゆくものです。

 死者への過剰な同情は禁じられています。それが、私達「死神」の掟だと、赤い浴衣の古風な死神ちゃんは言っておりました。


  しかしながら……此処まで酷い我の忘れよう。初めての経験です。


 何と声をかけていいのかわかりませんでした。



「桜さん、そろそろ、逝きましょう。」

「なによ! 貴女も私をバカにするつもり!?」


  それは些か八つ当たりのような気がします……。もう、手に負えません。


「いいえ。ここにいれば、貴女の心が壊れてしまいます。そんな気がします。」


 慎重に、言葉を選びながら彼女を説得にかかります。

 私は口下手なので……毎回、死者を迎えに行くのには一苦労しています。


「私はね、許せないの。私を置いて毎日、毎日、夜遅くまでパチンコに言ってる母親……。

 私の体をまさぐって自分の快楽にだけ浸っていた父親を……。呪ってやるのよ。」


 それは、


「とても悲しいです。」




 気がついていたら、私の方が涙を流していました。


「……あんた、何泣いてるのよ?」

「それは、とても悲しいです。だって、本当はお二人共愛し合って貴女を産んだはずなのに……。

 確かに、幸せな時間もあったはずなのに……。もっと桜さんが生きやすい道があったはずなのに……。

 どうしてこんなことになったのか……。お願いします。今度生まれたときは、自分から、死ぬだなんてこと。 」

「な、なんで泣くのよ。関係ないでしょ……!?」

「あります! だって私は貴女の担当なんですもの! 貴女の想いが、全部流れこんでくるんです……。」


 体中を、ある想いが駆け抜けていました。

 彼女に同情することで、同調してしまっていたらしいのです。



  愛してほしかった。

  小さい頃のように、抱きしめてほしかった。

  3人で並んでテレビを見て、笑っていたかった。


  眠れない夜は皆で温かいココアを飲みながら、

  ほんのり暗くて、でも柔らかいオレンジ色の豆電球の下で

  こそこそ会話を楽しみたかった。




  いつから、こんなことになってしまったの?


  どうして、こんなことになってしまったの?


  本当に、その涙は「本物」なの?





  ねえ、誰か教えてよ。







「お二人は……ご両親は、本当に貴女の死を悲しんでおられると思います。」

「どうしてそんなこと、言えるのよ……。」

「じゃなきゃ、涙なんて、出ません、から。」



 こんなに可愛くて、暖かくて、優しい心の持ち主なんだから。

 きっと家族にも愛されていたはずです。

 ほんの少しだけ歯車の調子が悪かっただけで、狂っちゃっただけで、




「誰だって、自分のスキな人が死んじゃったら悲しんです。

 だから、貴女も皆に愛されていたんですよ……。」




「……。」









  頭の中に流れ込んでくるノイズ。




  小さく震える肩は小柄で、肩にかかったゆるいパーマの栗色の髪の毛。



   ……チトセ、チトセ、おねがい、帰ってきて――……



  私の意識は、そこで途切れました。


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