楽園へ
私達は死神。
彷徨う魂を運ぶ、黒き影の存在。
天からの使者。
そして今日も、舞い降りる。
楽 園 へ
見つかってしまいました。
よりによって、この人間に。
どこかで見たことのあるような顔が、
どこかで聞いたことのあるような声が、
私の姿を捉えます。
「どろぼーーーーー!!!」
私は焦りました。焦らないわけがありません。
だって、見られたのですから。
といっても、何かやましいことをしていたわけでもありませんが。
泥棒ではなく、仕事をしようと――。
ですから、断じて私は泥棒では……。
「出て行きなさい! 盗んだ物全部置いて! さもないと殴る!!」
聞いていません。
まったく、この人は……
私のことを、憶えてないのでしょうか?
夢先輩から聞いたことです。
小さな先輩は、仕事前に私に囁きました。
『アンタが次にやる仕事先には、アンタの親友がいる』と。
きっと、この人のことですね。
私と同じ長い髪。違うのは、毛先が内はねの、茶色がかった今風の髪色。
そしてハスキイな声。
少し男勝りなこの女性こそが、私の親友。
しかし彼女は憶えていないのか、大切なものを盗られることに動揺しているのか。
彼女と鉢合わせする前に済ませようとしていました。
死に近い人間には、どうやら死神の姿も一緒に見えてしまうようですから。
でも、勝手に家にあがりこんで、すみません……。
「えっと……私、なんですけど……。」
「あ?! ……あ、え。千歳!?」
「どうも……。」
少し冷静になった彼女の誤解をとくことには成功しました。
そして今。
何故かちゃぶ台の前で正座。
目の前には、お茶。
飲めません。飲めないこともないけれど、基本的には喉も渇きませんし。
「びっくりしたんだから! あんたが死んだーって訃報が届いて!」
「すみません……。」
「お葬式に行ったらマジじゃん! 勘弁してよねー!!」
「はい……いや、マジ、なんですけど……。」
とりあえず、一口。
熱めに淹れられたお茶は、ほんのり紅茶の味がしました。
「ところで、あの……。」言い淀んで、「お名前を、教えてほしいのですが。」
「はあ!? 憶えてくれてないの!?」
「死神って、記憶なくしちゃって。だから死神やってるらしくて……。」
苦笑しながら、事の成り行きを説明します。
彼女は納得したのかしていないのか、腕を組んで怪訝な顔をしながら、
それでもようやく、
「佳美ちゃんでっす!」
額に右手を近づけ、ピースを敬礼の形にしながら彼女は言いました。
おまけにちゃぶ台に片足なんて乗っけちゃったりして。
「佳美さん、机に足を置かない。」
「あ、うっす!」
足をおろして緩やかな動作で座布団に座りなおした彼女は、
自分の分のお茶を一口飲んで大げさに熱がりました。
生前も、こうしてお話していたのでしょうか。
「佳美さん、私、連れて逝きます。」
「……確かに、うちのリリィは長生きしたもんね。」
テレビの横に置かれたゲージの中で横たわる白いふわふわ。
それを見つめて、佳美さんは微笑みました。
「きっといいところに連れていってあげてね。」
「はい。きっと。」
「あとさ、」
佳美さんはずんっとちゃぶ台越しに私の顔に、自分の顔を近づけてきました。
「あたしのことは佳美、って呼んでたよ。あんた。」
「よし、み……。」
記憶がないから、初対面のようなものです。
礼儀として愛称をつけたのですが、いまいち違和感を覚えたらしく。
「だからさ、あたしのことは佳美でいいんだよ。むしろそうしてほしいくらい! 今頃佳美さんだなんて、ぞっとする!」
やはり大げさに、自分の体をさすってみせる彼女。
「わか、ったよ。佳美。」
これは敬語も取り払った方がいいかもしれません。
そう判断して、自然になるように改めて挨拶してみると、
彼女は納得したように何度か頷きました。
「それでよーし!」
そろそろ行かなくてはいけません。
「佳美。そろそろ――」
「あ……うん、わかった。最後に、ぎゅってしていい?」
「はい。」
お別れは、辛いですものね。
そういってリリィ、といううさぎと佳美の最期のお別れを見守ろうと
していたのですが。
気がつけば、抱かれていたのは私でした。
「リリィを迎えに来てくれて、ありがとう。」
温かくて、ほんのりと懐かしいシャンプーの香りがしました。