真昼の月
真昼に出ている月は、どこか物哀しげで、切なくなる。
白い空の中で、白く輝いて、
儚げで、気付く人も少ないはずなのに、精一杯自分がここにいることを
控えめに主張して。
真 昼 の 月
少女は飛び起きた。
つい、昼寝をしてしまった。死神になってからは、睡眠も食事も一切必要としない。
しかし、これは退屈しのぎの人間ごっこなようなもので。
寝ようと思えば、いつだって眠れる。
食べようと思えば、生きている人間の食事を盗むことだって出来る。
赤い浴衣の上に、青空が広がっていた。
傍らには、黄色い鞠。
愛用の仕事道具。――否、気がついた時にはすでにいつも持ち歩いていたもの。
「……何、だったの?」
夢を見た気がする。
死者に夢を見せる側の死神が、夢を見た。なんて滑稽なんだろう。
そう自嘲しながら、必死に記憶を辿る。
水の中。そう、水の中にいた。
誰かの声が、遠くから聞こえてきた。
ひとりだった。
そこはとても温かくて、懐かしい場所だったような気がする。
自分は動けなくて、でも苦しくはなくて。
たまに聞こえる――あれは、きっと歌。
心地よいメロディ。
呼びかけてくれる声は、遠くてよく聞こえなかったけれど。
言葉の意味すら、理解できなかったけれど。
何度も何度も、同じ言葉を聞いた気がする。
「もしかして――」
これは、キオク。
失くしてしまった、記憶の断片。
思い出せない、昔の話。
記憶のない自分達『死神』にとって、夢を見るということは大きな進歩だ。
少しずつ、少しずつ、生者に近付いていっているということ。
果たして記憶が戻ってしまったら、どうなるのだろう。
それはもう何度も経験してきたこと。
自分が迎えた仲間の死神達は、記憶を思い出し、輪廻へと戻っていった。
そうして何度も見送っては、ひとりになって。
いつからか、人を信じられなくなって。
死神のくせに。
生きている人間みたいに、信じるだとか、寂しいだとか。
「アタシは……――誰?」
名前すら、思い出せない。
でもさっき見た夢は、とても懐かしい。
自分の記憶の断片に違いないのだけれど。
「今は、まだ……。」
せめて、送り出したい人がいる。
もうすぐ、記憶を取り戻せそうな、可愛い後輩がいる。
ひとりになろうとする自分を、慕ってくれる、唯一の存在。
今ここで記憶を取り戻してしまえば、先に全てを思い出してしまえば。
彼女を裏切ってしまうことになるのではないか。
人間に近い彼女は、自分と同じように寂しい思いをするだろう。
そんなこと――
そんなこと?
何故、アタシはそんなことを気にかけているのだろう。
「アタシは死神なのに。早く、生まれ変わらなければいけないのに。」
もっと、ここにいたいと、願ってしまうのは、何故だろう。
見上げると、白い月が木々の間から顔を覗かせていた。
儚げで、今にも消えてしまいそうで。
寂しい、月。