第五話 不幸の連鎖、そして顕現
害悪種が現れたのは15年前。
昨日までだって異常だったかもしれない。
今日からだって異常であることに変わりはないのかもしれない。
"その度合い"を除けば。
目の前の景色が異常すぎて飲み込めなかった。害悪種を倒したと思った。その直後だった。
近森って生徒が、殺された。
体育館の天井の半分が黒い蜘蛛"1匹"に、覆われていた。
…凛が、、血まみれで倒れていた?
「凛…凛どうした。おい、返事してくれって、凛…」
反応がない。凛の元まで歩いていく。ゆっくりと。
もう凛以外が視界に入っていなかった。
「どうしたんだよ凛…なあ」「馬鹿野郎!」
横から誰かに突進された功咬は凛とは別方向に吹き飛ばされる。振り向くと、シゲがいた。
「なにすん…」気づいた。気づいてしまった。
蜘蛛が真下に落ちてきた。
もう彼女は見えない。
気持ちを整理する時間が欲しかった。敵はもちろん待ってくれない。
「クァァァッ!」という奇妙な鳴き声と同時に紫の閃光が一直線に俺とシゲの方向へと襲ってくる。功咬は反射的に持っていた魔盾を前に差し出す。
盾の消滅と引き換えに敵の攻撃は防がれる。
そんなことより重要なことに気づく。
「害悪種が魔法使えるなんて聞いたことねえぞ…」
それは確かに魔法だった。ただし人類の習得することはない闇系統魔法と呼ばれるものだった。
「どうする剛よぉ。こいつは明らかにヤバそうだ。俺たちで勝てんのかねえ?」
「…殺す。」
一度防がれたのを警戒したのか俺たちに背を向け蜘蛛は標的を変える。チャンスだ。
「野上は魔盾を使って守れ!お前ら攻撃するぞ!」
「《メル・スピード》!」「魔召機なめんなァァァ!」
狙われた野上が魔盾を構える向こう側で凄まじい爆発が起こった。
流石に効いたのか蜘蛛は野上を通り越して体育館の壁に衝突した。
押しきれるかもしれないと思った。だがそろそろ魔具も尽きてきている。そんな事を考えていた。
不幸は連鎖する。
「助けてくれ!誰か‼︎」入り口から誰かが入ってきた。他の班にいるはずの、クラスのやつだった。
その後ろから3体の猿型害悪種。
「なにしてる竹崎!お前の班はどうした⁈」
「全滅寸前だ!失敗だったんだよこんな作戦は!」
考えが甘かった。気づくのが遅すぎた。
今まで先手を取ることで敵を倒してきた理由は、この状況を作らないためでもあったのに。
前方に強力(と思われる)害悪種1体。
後方に害悪種3体。
どうすりゃいい?足の震えを感じながら必死に考える。
「まず3体の害悪種を倒すぞ! それまで蜘蛛の方を"誰か"抑えろ!」
………誰も動かなかった。動けなかった。
恐怖が一定値を越えたのだ。
"死の実感"に気づいてしまった。
害悪種の反撃が始まる。
その前に、"最後の作戦"を
「逃げろ‼︎」もう限界だった。
なんとか足が動く。「うわァァッッ‼︎」誰かの叫び声が響く。2つあるドアに向かって逃げる。
「シャァァァッッッ‼︎」不気味な声も響く。乱雑に魔召機を放り投げ、足止めに使う。
「剛、俺たちも逃げるぞ!」シゲの声からも恐怖が伝わる。「ああ!」近い方のドアへ全力疾走する。
だが
蜘蛛に背を向けて走り出した次の瞬間、紫の閃光。
風城が魔盾を突き出したものの遅い。俺たち2人を狙った閃光の中心を捉えることは出来ず、余波が功咬の身体を襲う。そのまま壁に弾き飛ぶ。
「剛‼︎」シゲがそばに寄ってきた。何か言っているが意識が朦朧としているせいでよく分からない。でも手は勝手に動いていた。右手で緑色のボールのような物を取り出す。
それは倉庫に1つしかない魔召機だった。
それは《テレポート》という移動魔法だった。
シゲに向かって投げつける。
「お前どうして⁉︎…」続きはもう聞こえない。
「…凛に続いてお前まで…失いたくなかったからだよ。」
それはもう独り言になっていた。
目の前には合計4体の害悪種。もうチェックメイトだと分かっていた。
功咬は凛のことを考えていた。
最後にもう一回声を聞きたかったな…あんな残酷な終わり方ねえよな…俺もああして死ぬのかな…
もう持っている魔具はない。
朦朧とする意識が蜘蛛の顔に浮かび上がる紫の光を捉える。
…そういやまだ武器があったっけ。
《魔法》というものを思い出す。才能のない人間のちっぽけな、全力の詠唱の名前に「リトル」が付いてしまうほどの、武器と呼べるのかも怪しいような武器。
無様に死ぬには丁度いいや。
最後の無力な抵抗のつもりだった。
「《リトル・メル》」
次の瞬間、体育館が"紅蓮の炎で吹き飛んだ"
。何が起きたのか理解はできなかった。
そこで青年の意識は落ちた。
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