6話 親友
「やっぱりね」
「何がやっぱりなのよー」
「うん?さくらもちってあだ名は何時か誰かが付けると思ってた」
「むー、柚、それ禁句だって言ったじゃない!」
「あんたの名前はインパクト在り過ぎだからさ。その名前を付けた親に文句は言って」
「もう何回も言ってる!」
「それで?」
「さくらって名前を付けるのが夢だったって、お母さんにそう言われたらそれ以上文句なんて言えないよ」
「分かってるじゃない。可愛い名前だよ?さくらちゃん」
「もー 柚の意地悪っ!」
「拗ねない拗ねない。ほら、このポッキーを上げるからさ」
チョコレートパフェに飾られた数本のうちの1本を、私の目の前に差し出して笑っているのは親友である御影柚(みかげゆず)である。
細面の顔に切れ長の目、少し高い鼻梁の下には細くて意思が強そうに結ばれた唇がある。
真っ直ぐで長い黒髪をウエストの辺りで切りそろえ、前髪も眉のラインで切り揃えている純和風の美人さんだ。
そしてお家は神社。彼女も巫女として仕えている。(嵌り過ぎな気がするのよね)
柚とは幼稚舎の頃からの腐れ縁だったけど、彼女はT大付属高へと進学したから、もしかしたら縁が切れるのも時間の問題かもしれないと思ってる。
中学を卒業してからまだ2カ月しか経っていないから、まだこうやって時折連絡を取っては話が出来ているのだろう。
新しい環境に慣れれば、昔の事は意外と速く忘れる物だからね。
私も前世の頃を思い出して見れば、不安だった高校も馴染み始めれば楽しい事も沢山あって、半年も過ぎた頃には中学の友達と会う事は無くなっていたから。
柚とは疎遠になりたくないな、とは思っているけど、こちら側だけの思いではどうする事も出来ないものだしね。
中身が33歳の私と、余りかけ離れていない考えの持ち主。
時々、そんな私よりも大人な発言をする不思議な人。
「さくらの担任、面白そうだね」
「面白くない」
「桜ノ宮、面白そうだけど?」
「・・・見てる分にはね」
そう、あくまでも見てる分には面白い学校だ。
それは私が色々な意味で知っているからだろうけど、その事は誰にも言えない事だし、言っても分からない話だと知っている。
桜ノ宮を卒業する時、ヒロインは誰を選択しているのか興味はある。
でもそれだけの事であって自分がそれに関わるとか関わりたいとかは思っていない。
(超が付くくらい面倒臭いもの!)
このゲームはタイトルの上に堂々と「恋愛シュミレーションゲーム」と冠している。
その意味する所は、ヒロインが恋愛上手になる為のお勉強の場、と言う事ではないだろうか。
下條撫子はお家柄の所為もあって、人との関わりが気薄な感じがする。
彼女の周りにいるのは祖父母と同年代の人が多く、若くても両親と同年代程度。
茶道を基本とした生活だから、世間一般とは少々、嫌、大分かけ離れている。
そんな彼女の為のお勉強の場、それが、桜ノ宮学園という大きな箱なのではないだろうか。
あれだけ煌びやかな男性を揃えて挙げた神様も大したもんだと思うし、その脇を固める人達も並以上に美しい人達ばかりだから私は感謝しているけどね。
私には意中の男性がいるし、その人は「脇役」という有難い立ち位置を拝命しているから、彼に恋する私は悩む必要が無くて嬉しい限りだ。
そう言う自分も名前の無い(ゲーム中)脇役だし、これは案外楽勝で恋人になれるような気がするんだけどな。
兎に角、頑張れ! 私!
私には私の人生があるんだ!
「所で、デートはどうだった?楽しかった?」
「うん!もちろん楽しかったよ~」
「それで?キスはしたの?」
「うぉい!?何でそうなる。まだ話が始まったばかりじゃない」
「だって、デートだろ?恋人同士なら当然だろう」
「えぇっと・・・それは・・・ねぇ?」
「・・・本当にデート?」
「うぅ・・・進学のお祝い・・・ご飯食べて来ただけ・・・ぁぅ」
「やっぱりね。何時の間に進展したのかと不思議だったのよ」
はい。
家庭教師とその生徒と言う図式から抜け出せておりません。
だって!
龍ちゃん帰って来たばっかりだし。
高校1年生はまだまだ行動範囲が狭いのです。
幾ら耳年増(実際本当に年増の33歳だけどさ)だって、16歳の少女が10歳年上の男性を誘うとか無理でしょうが。
行動範囲が限定されている現状では、ちまちまと高感度を上げるしか手立てが無いんです。
カフェで3時のおやつを堪能し、カロリー消費の為に近くの公園を散歩していたら、突然風が吹いて私達の髪を乱して通り過ぎて行く。
「髪、切りたいな」
「駄目っ!絶対駄目だからねっ!」
柚の黒くて艶のある髪は私の憧れだ。
前世ではその黒くて暗い色が嫌で年中明るい色に染めていたのに、だ。
人は無い物ねだりだと良く言われるけど、自分が失ってみて初めて分かる事が沢山ある。
それは、祖母の作ってくれたおはぎの味だったり、塩と砂糖を間違えて作ったチョコレートを差出す妹の笑顔だったり、やっと懐いてくれた近所の猫の手触りだったり・・・
「さくらが切るな切るなって言うから、こんなに長くなったんだけどなあ」
「うー、じゃあ、5センチなら切ってもいいよ」
「・・・大して変わらんな」
「だって、柚の髪は本当に綺麗なんだもの」
彼女の黒い髪の毛を一房、手に取って手触りを思い出す。
すると、彼女も私の茶色の髪の毛を手に取って弄ぶ。
「私は、さくらの髪の方が美しいと思う」
茶色、全般に茶系統の色は名も無い脇役の髪色だ。
主役やそれに連なる人達の色合いはとてもカラフルだから、周りは無難な色の方が納まりが良い。
私はカラフル軍団に入りたいとは思わないけど、柚のような綺麗な黒髪には純然とした憧れを抱いてしまうのは前世の所為。
だからなのか、好意を抱く人は黒髪の人が多い気がする。
「ありがとう。嫌いじゃないけど黒髪に憧れちゃうんだ」
「白茶」
「ん?」
「さくらの髪色は柔らかい白茶色だな、と思う」
「茶色にも色々な色があるもんね」
「ほら、こうすると」と言いながら私の髪の毛を日に翳した。
「さくら色になる」
「うん。色素が極端に薄いからね」
「美しいよ」
「あの、さ、柚」
「何だい」
「私達、百合に見えてない?」
きょとんとする柚には申し訳ないけど、お互いに向き合って髪の毛を弄ぶ姿はそちらの系統に見えている様な気がするんだ。
だって、周りの視線が酷く痛い。
ヒソヒソ話までしているし。
「気にするな」
柚はそう言って私のおでこにキスをした。
「ぎゃあーーー!?」
違うからっ!本当に違うからっ!!!
読んで下さっている皆様へ。
ご感想、評価、お気に入り登録等をして下さりありがとうございます。
この作品を喜んで頂けてるのかなーと思うと、これから先を書くに当たりとても励みになっています。
書き手になって初めてのお気に入り3ケタとか(前作で最高95でした)とても嬉しいです。
これから先も楽しんで貰えると嬉しいなと思っております。
今までの傾向では後書きにいろいろ書いてネタばらしみたいな事をしていたんですけど、今回はみなさんが自分で想像できる部分を残そうと思って、後書きを書かないと決めました。
純粋に楽しんで頂ければ嬉しいです。