おまけ。16歳の誕生日
明日、やっと16歳の誕生日を迎える。
今までも16歳だと言い続けてはいたが、本当の所はまだ15歳だ。
明日の12月26日で正真正銘の16歳である。
あくまでも私個人の意見だが、15歳と言う年齢は、保護者を必要とする幼い子供だと感じてしまう。
16歳が保護者を必要としないのかと言われればそれは「否」ではあるが、15歳と比べれば格段に自由度は増すし心の成長は計り知れない。
それに、結婚も出来ると言う年齢は、それだけでも格段に大人度がステップアップする。
しかし、それでも18歳未満は未成年である事に変わりは無い。
「と言う訳で、お触り禁止ねー」
隣でハンドルを握る龍ちゃんに、笑顔でマックフライポテトを1本差し出せば、手首を掴まれポテトを摘まんでいる指ごと食われる事になった。
「うおっ!?ちょ、ちょっと、龍ちゃーん!」
龍ちゃんの舌で指に付いた塩を丹念に舐め上げられる行為は、それは何故か途轍もなく心臓に負担が掛かり、どっくんどっくんと跳ね上がるのである。
「俺は大人だからな」
意味不明な言葉を寄越して、信号が青色になると同時に車がまた動き出した。
何でこんな会話をしているのかと言うと、色気を垂れ流している彼の所為である。
今日は日曜日で、龍ちゃんとデートである。
16歳の誕生日のお祝いをしてくれると言って、家まで車で迎えに来てくれたのだ。
少し郊外のレストランまでドライブして食事を楽しみ、レストラン周辺の公園や美術館を散歩し、帰る途中にある某ホテルのラウンジで休憩がてらのお茶をして帰ろうと立ち上がった時、クラリ、と眩暈に襲われた。
あの事故以来、度々眩暈を感じる事は増えていたが、今回は立って居る事が出来ない程気分が悪い。
立ち上がる時テーブルに押し付けた片腕が、ぷるぷると震えてグラスに残った水に波紋を作っている。
ぎゅっ、と目を瞑って落ち着こうと思ったが、目を瞑った事でかえって眩暈を増長してしまい背中に嫌な汗が拭き出した感じがした。
(げぇーーー 地球がまわるぅーーー)
このまま腰を下ろせば椅子が存在する筈だと思い出し、ゆっくりと膝を折って腰を落とそうと思った時「大丈夫か」と言う声と共に抱き上げられて、これで倒れる心配は無くなったと安堵した。
がしかし、抱き上げられたままの移動とは思いの外揺れるもので・・・
(・・・うぷっ・・・ぷぷっ・・・うぅっーーー!!!? )
・・・何とか公衆の面前で醜態を晒す事は回避出来たが、ホテルの方で用意してくれた部屋に入った途端にリバースしてしまいました。
龍ちゃん共々ダブルアウト。
ほんっと、ごめんなさい。
今日はデートと言う事で、サーモンピンクのプリーツスカートにベージュのブラウス、その上に花柄のニットカーデを合わせて、とびきり可愛くお洒落をして来たというのに。
只今、ホテル内のセレクトショップから持ち込まれたクリーム色のハイネックセーターと紺色のスキニーパンツに着替えてベッドで不貞腐れております。
龍ちゃんは、私の世話をしてから(シャワールームに入っている間に着替えとか色々用意してくれてた)汚れた服を持ってバスルームへ消えて行きました。
あーーーっ、もう、女としてどうなのよ!?
大きなベッドの上でゴロゴロと転がりながら反省してたら、龍ちゃんが半裸という非常に目の保養になる姿で現れた。
「うほぅ! 凄く綺麗な体!」
今まで(33年+16年=54年!・・・地味に考えたく無い年数よね・・・orz)の経験の中では一番美しい体だと思う。
ほんのりとピンク色に蒸気した肌には無駄な脂肪がまるで無く、ややフラットな肌には薄っすらと6つに分かれたラインが見える。
肩から二の腕にかけては若干盛り上がった筋肉が見えるが、筋コブが見えるほど猛々しくは無くて、その体のラインは驚くほど美しい。
龍ちゃんは背も大きくて肩幅も広いから、勝手に、もっと筋肉質でムキムキマッチョだと思っていたのだ。
「そうか? もう少し増やしたいんだが」
そう言って腹筋の辺りを撫でるもんだから、考え無しの余計な一言を発してしまった。
「うえっ?マジで?中年太りになるじゃん!」
嫌々、お腹ぽっこりの龍ちゃんはあり得ないでしょうが。
もう20代も後半なんだし、よく考えないと筋肉じゃなく別の肉になっちゃうわよ。
前世でも居たのよねー。
高校のクラスメイトで、野球部のエースで頭も良くて顔もスタイルも良い男子がさ、卒業後10年目の同窓会で会ったらワイシャツのお腹付近のボタンがはち切れそうになってて、何度も引き上げるズボンが虚しく腹の下に落ちていく哀れな姿に、クラスメイトの女子一同が涙を流した事は忘れられないわ。
「・・・中年?」
「うん。気を付けないとね」
//ピロリン// //ピロリン//
ベッドサイドのチェストに置いた携帯が、メールが届いたと知らせてくれる。
誰からかな~ と思いながら手を伸ばせば、携帯を掴む前に大きな手に握り締められた。
「へっ?」
そのままコロリと転がされたと思ったら、目の前には半裸のままの龍ちゃんが覆い被さっておりまして、まだ乾ききっていない髪の毛が張り付いた顔は妙に艶めかしいのであります。
「中年? どの口が発した?」
うげっ、もしかしなくても地雷踏みましたか?
「そーーーゆーーー意味じゃ無くてーーー、ね?」
冗談よ、冗談っ!
「試してみるか?」
にやり、と意味深に笑う龍ちゃんが色っぽい!(て、ちがっ!)
「試すって・・・むぐぅ・・・んっぁ・・・」
あの日以来のキスであります。
きちんと歯を磨いておいて良かったです!(それもちがうって!)
龍ちゃんのキスは、少し強引で、ちょっぴり遠慮がちで、でも逃げ道を塞ぐ様に追い込んできます。
こ、今度ばかりは、な、何とか正気を保っておかないと、いろいろまずいと思います。
前回(本編最終話参照)思わぬ奇襲に自分を見失ってしまいました。
物凄く気持ちの良い龍ちゃんのキスにどっぷりと浸ってしまい、龍ちゃんからは要らぬ疑いを掛けられて執拗に攻撃をされてしまいました。
『ファーストキスは誰とした』だの『今まで付き合ったヤツの名前を言え』だの、とんだ濡れ衣で御座います。
こっちに生まれ変わってからは正真正銘、あの時がファーストキスであり、お付き合いしたのは龍ちゃんだけです!
(人工呼吸はカウントしません!)
あの時はタイミング良く龍ちゃんの携帯が鳴り響いたお陰で事なきを得ましたが、あれ以来、龍ちゃんと会う度に緊張する自分が哀れでなりません。
前世の記憶が、こんな事で邪魔をするなんて夢にも思いませんでした。
自分は淡白だと、そっちの方面の欲求は殆ど無かったと記憶しておりますが、経験だけはそれなりに有りましたから、それなりの反応の仕方も心得ておる訳で、淡白だと言っても気持ちの良い事は嫌いではありませんし、その、何だ、どうせなら自分も気持ちよくなりたいと思ってしまう性質なので、過剰反応する向きがあるんです。
「さくら・・・」
のぉーーー!耳元で囁かないで下さいませーーー!艶かし過ぎますーーー!
「はぅ・・・やぁ・・・」
「・・・嫌?」
はいっ!
嫌です!
これ以上されると自分の意識を保っていられなくなりそうなんです!
こっちだって必死なんですよ!
体と心のギャップが大き過ぎて・・・間違いを起こしそう・・・ぎゃーーーーー!
少し離れた唇から漏らされた言葉に、必死に哀願の眼差しを向けますが、何故か彼の口元は嬉しそうで瞳が輝いたように感じられました。
「ひゃっ!?」
セーターの中に滑り込んだ大きな手が、私の胸を包み込んでおります!
この若い体は物凄く過敏でありますので、これ以上は本当にやめてくれーと言いたいのですが、先ほど以上に深―い深―いキスが今まで何とか持ち堪えていた精神を崩壊させそうです。
「さくら」
耳の後ろに口付けながら囁く声が、超―――色っぽい!
あーーーもーーーマジで錯乱する5秒前って感じですかね・・・ハハハハハ
もう、抵抗するのは限界だー。
と思った時、「ごめん。調子に乗り過ぎた」と龍ちゃんに抱き締められました。
はあ~ 危機一髪だった~ とほっとしたら体から力が抜けていきました。
「顔、真っ赤」
「むぅ・・・」
「これ以上は18歳になってからだな」
「えっ?」
「それまでは、俺も中年太りにならない様に鍛えるか」
「龍ちゃんはならないよ」
「分からんぞ」
互いに笑い合って、ベッドの上でじゃれあって、私のお腹が「グウ」と鳴ってまた笑い合った。
ホテルの部屋を出て龍ちゃんの車に乗り込み、最初に目指すはマックのドライブスルーだ。
あんな事の後にはもっと消化の良い物を、と言われそうだけど(実際龍ちゃんに言われたけど)16歳の体は塩分と炭酸を渇望している訳で、なんとか頼んで了承を得たのだ。
龍ちゃんはホットコーヒー、私はコーラとフライドポテトのLサイズを注文してご機嫌となった。
ポテトもコーラも残り少なくなってきた頃、緑色の景色が減り、大小のビルや沢山の看板が増えてきた。
「後、2年か」
龍ちゃんが何気なく呟いた言葉の意味を、私は分からない訳じゃない。
私が18歳にならなければ何も始まらない、始められないから焦るのかもしれない。
「私は龍ちゃん一筋だよ」
ちょっとだけ苦い顔をしていた彼の顔が、私の言葉でふわりと笑顔になる時が一番の至福の時かもしれない。と、最近思う。
兎に角、後2年の間に心と体のバランスを保てるようにしなきゃいけないと、本日、切実に思った訳で冒頭に戻るのである。
「と言う訳で、(それまでは)お触り禁止ねー」
羞恥に耐えながら掴まれた腕には、ピンクゴールドの華奢な時計が揺れている。
それは彼から貰った初めてのプレゼントで、身に着けているだけで何だかドキドキしてしまう。
照れ臭いやら何やらで、車の中では通常以上にはしゃいだ自分に喝を入れたい。
だって・・・
その後2年間、その禁止行為は殆ど守られる事は無かったのだから。
翌日の12月26日。
この日は家族だけでお祝いをする特別な日である。
道明寺家は由緒正しきセレブであり、その為12月は企業や団体からパーティーの招待で予定はぎっしりなのだ。
しかし、この日に生まれた娘の為に(それを口実に)この日だけはどんな誘いも断って、家族だけでのんびりと過ごす日なのである。
数年前までは兄も一緒だったが、今は海外でのんびりと暮しているからその必要は無いようだ。
「今年は8個ね」
テーブルの上に置かれた美しいケーキ(ホール!)が8個。
これは家族ぐるみで仲良くしている知り合いからの誕生日ケーキの贈り物である。
その中から1個だけを選んで食べ、残りは会社の社員食堂で提供(当然無料です)されるのが恒例となっている。
// ピンポーン //
こんな時間に(20時ちょっと前)誰かと思ったら、いとこで同級生の花蓮と、同じく同級生の帆夏、何故か薫先輩も一緒に来訪してきて「さくらのお誕生会」をすると言い出したのである。
両親は大喜びで家に迎え入れ、皆で一緒にケーキを食べる事になったんだけど・・・
// ピンポーン //
再度の呼び鈴に嫌な予感しかしなかった。
現れたのはゴレンジャー(ピンクは既に来訪)と担任の袴田先生。
「さくらもちの誕生日だから、さくらもちでお祝いしよー」
と言った袴田先生の手には、道明寺のさくらもちが3段重ねで盛られており、その周りを赤いリボンで飾られている。そしてご丁寧にロウソク(数字の16ってヤツ)まで乗っかってて、これは新手の嫌がらせだろーかと真剣に考えてしまったのはしょうがない。
( だいたい、何処で売ってるのさ!? 今、12月だしっ! )
頭を抱えたくなった私とは裏腹に、両親は非常に喜んでいる。
友人達も皆、笑顔だ。
( あ、れ ? )
この光景には見覚えがある。
( デジャブ? )
あ、ゲームだ。
乙女ゲームのエンディングで逆ハールートになると現れる現象。
妹が苦労して入り込んだルートを画像保存したと言って見せてくれたアノ状況に似ている。
( うげっ!? )
ごめんなさい!
私は主人公にはなれません!
ってか、主人公には絶対になりません!
「龍ちゃーん!!!」
携帯電話を手に愛する人の名前を叫んだ16歳の誕生日でした。
End




