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21話 密談



さくらが意識を取り戻してから1週間が経った日の昼下がり。

病院の広い広いお庭の木の下のベンチに並んで座る男女が居る。



「センセー!バイバーイ!」


男の方は時折聞こえる可愛い生徒達の声に手を振っている。


「さくらもちは人気者だねー」


本人はそう思っていないみたいだけど。



「やっぱり外傷性鼓膜穿孔だった」

「右だけか?」

「そう。右だけ」



さくらは軽トラックに跳ねられた時に右側面を殴打している。

その所為で右側の打撲が酷く、体を動かす事もままならなかった。

始めの頃は全体に赤く腫上ったが、腫れが引く頃には紫色に変色し、今では青と黒のコントラストが絶妙な加減になっている。



「キモイー」



とさくらは言いながら自分の右腕をタオルで包んでいた。


「クラスメイトが来た時に見られたくないもん」


特に酷いのは右腕で、病院の寝巻では隠せない。




「良く気が付いたよね」

「んー、始めは僕の事を無視しているのかと思ったけどね」

「私なら本当に無視するよ」

「柚ちゃん、それ酷く無い~?」

「先生こそ、病人に向かってエロい事言わないで下さいよね」

「あははは、龍太郎から追い出されたよ」

「でも、先生が気が付いてくれたから早く処置が出来たのは事実だし」



さくらの右耳は外傷性鼓膜穿孔、俗にいう鼓膜が破れた状態になっていた。

軽度であれば自然治癒で治るが、さくらの場合は手術を要するらしい。

まだ確定では無いらしいけど、これから暫くは定期的に通院する事になると言っていた。



「丁度ね、僕と龍太郎の目の前でうさぎが跳ねたんだ」

「先生、その表現は良くないです」

「分かってる。でもね、僕には、昼間なのにうさぎが月に帰ろうとしている様に見えたよ」

「・・・意外とロマンチストですね」

「ふふふ、そうだよ。 でも、龍太郎が阻止したから、うさぎは帰れなかったみたいだけどね」

「・・・彼は、病院でもいろいろと阻止してますね」

「ううん?ああ、生徒会役員ね」

「はい。初めて会った時はジャニーズかと思いました」

「見た目は良いでしょ?」

「・・・趣味では無いですけど」

「中身が少々ね~、僕はお薦めしないよ?」



さくらと彼のピンク色の雰囲気に中てられたのか、ここ数日は来なくなって安心な日が訪れている。それまでは毎日来ていたらしく、困ったと言うさくらの一言で、彼が権勢を掛けて落ち着いたらしい。


(どんな権勢を掛けたのか気になるな)



「さくらもちって普通の女子高生となんら変わらないんだけど、何かが違う気がするねえ~」

「それは、先生がさくらに興味があるって事ですか?」

「うん。興味はあるよ。でも龍太郎がいるからこれ以上は近寄れないんだよねー」

「それは良かったかな」

「あれ、良かったの?僕のターゲットが柚ちゃんに変わったって事でもあるんだけど」

「・・・お断りします」

「なんでー? 僕、優良物件だよ?」

「・・・先生の周辺には女性の影が沢山憑・・・いて見えますので」



柚が視線を向けた先には、病院の窓からこちらの様子を窺っている看護婦さんが数名。

病院に併設されているカフェからの視線も若干名存在する。



その視線の端に淡い水色の髪の毛が入り込む。

その人物に焦点を合わせて見たら、さくらと同じ制服に身を包み、花の束を手にしている事からクラスメイトだろうと判断出来た。









// コン コン //




「・・・どーぞー」



少しの間を置いて本人の声が小さく聞こえる。



ドアをスライドさせて足を踏み込めば、病院とは思えない調度品が置かれた個室に少々驚く。(私の部屋より豪華かも)



「撫子さん!来てくれたの!?ごめんねー、何か話がおっきくなっちゃてー」


「こんにちは。お元気そうで安心しました」



ベッドの上で本を読んでいた彼女は、下ろし髪をシュシュで片側に纏めていた。

その姿が何だか大人っぽくて、三つ編みにした自分の髪色が幼く見える気がする。



持って来た花を(ピンクのガーベラと白のバラのフラワーアレンジメント)手渡したけど、其処彼処に色取り取りな花が活けられているのを見て、花じゃ無くケーキとかの方が良かったかなと思ってしまう。



「こんな可愛いお花、ありがとう!」



彼女はとても喜んでくれたけど「さっきね」、と急に口を尖らせて話す表情は可愛らしい。



「委員長ったら、菊の花持って来たんだよー!信じられないと思わない!?」



まあ、男の子にはありがちな失敗だと思うけど、彼女は容赦なく断罪して持ち帰らせたと言うから凄い話だ。



私なら・・・黙ってるだろうな。黙って受け取って処分する。


(そこが性格の違いなのかな)





「私ね、転校する事になったの」

「はえっ?」

「図案家って知ってる?」

「ずあんか?」

「うん。和装商品の図案、デザイナーみたいな感じの職業」

「図案家」



私は小さい頃から和装に親しんで来た。洋服よりも和装、和服が好きだ。

でも自分の好きな柄や色に出会う事はとても少ない。

もともとが年配の方向け傾向が強いから、私の年齢で好みの物を探すのはほぼ無理だと思う。その所為か若い女性の和装も殆ど見る事が無い。



「私ね、薄い若草色の無地の着物にお絵かきをした事があるの」

「着物にお絵かき?」

「うん。母に凄く叱られた」

「だよねー」

「でも、父が褒めてくれた」



直接着物に絵を描く事はしなくなったが、スケッチブックに自分の思い描く図案を描く事はとても楽しくて、もう何十冊も書き留めている。

偶々呉服店の主人が仕入先の織物屋と一緒に来た時に、父が面白半分に話題にした図案を見せる事になり、それを気に入った織物屋が図案家と呼ばれる方に話をしてしまったのがこの転校の切っ掛けとなった。



「図案家の方が、こちらで勉強してみませんか、って言って下さったの」

「凄い!撫子さん、それって凄いよ!」

「ありがとう。父もね、家にばかり篭もっている私を心配してくれていたみたい」

「寂しくなるけど、応援するよ!絶対応援する!」

「・・・本当はね、もう少しここに居たかったの」

「・・・龍、ちゃん?」

「龍ちゃんって呼んでるんだね。私は龍太郎さんってしか呼べないな」



それだって最近の事だ。

苗字で呼ぶと杏璃さんも返事をする事からそうなっただけだった。




杏璃さんはとっても上手に撫でてくれるのに。


彼の大きな手で撫でて欲しかったけど、それが叶う事は一度も無かった。



「苦手なの。騒がしいのって」

「えっ、あ、、、そう?」

「出来れば縁側でまるまりたい」

「なんか、猫みたい」

「・・・そうだね」



彼女になら何を話しても聞いてくれそうな気がして私は口を開きかけた。


でも、


「さくらもちぃー!柚ちゃんったらヒドイのよっ!」

「私は何もしていないよ」


乱入者によってそれは叶わなかった。






病室を出て出口に向かう時、「彼」と偶然に会う事になった。


「いろいろ、ありがとうございました」

「決めたのか」

「はい。」

「そうか」



彼の大きな手が、私の頭をポンポンと優しく撫でて通り過ぎて行った。



望んだ彼の手は、自分が甘えるには大き過ぎて、余り気持ちの良い手では無かった。



「・・・うっ、ひっく、うぅ・・・」




私、何処で選択肢を間違えたんだろう。



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