20話 面会謝絶
体と言うモノは不思議なモノで、悪い所が有ると必ず眠くなる。
眠っている間に体の中を補修してくれていると思えば、大変有り難い事だと思う。
だから、出来るだけ眠る様にしようと思うし、実際直ぐに眠れるのもそういう事なんだろう。
夕方近くにパパとママは家に帰る事にしてくれた。
交代で私の側に付いていてくれたらしく、2人とも疲れた顔をしていたから今日はゆっくり休んで欲しいと思う。
誰も居なくなった部屋は、機械の電子音だけが響く静かな部屋となった。
1人部屋の個室には大きな窓がある。
その窓が今は夕焼けで赤茶色に染まっている。
その空を見ていたら、涙が次から次と流れ落ちて来る。
母はどうしているだろう。
妹は元気な子供を産んだだろうか。
父を失くして、更に私も命を落としてしまった世界の事が、今は途方も無く遠いんだと知らされた気がする。
願うしかないのなら、一生願い続けよう。
頬を伝う涙を拭う術も無く、夢の中で会えることを信じて瞼を閉じた。
「・・・ん?」
頬を撫でる人の手がくすぐったくて、意識が浮上する。
「・・・泣いていたのか」
何でだろう。この声を聞くと物凄く安心するのだけど。
目を開けて見れば、見慣れないスーツとやらを着用した龍ちゃんの顔があった。
(カッコエエ~!!)
嫌々そーでなくて!手!手!龍ちゃんの手がやらしーんだってば!?
「ちょ、ちょっと、龍ちゃん・・・」
頬を撫でて、唇をなぞって、顎のラインに手を添えて、顔に張り付いていた髪の毛を払いながらも大量の色気を垂れ流している人が目の前にいる。
片手で首元のネクタイを緩める姿は「ワイルドだぜぇ~」の言葉がぴったりと当てはまる。
(龍ちゃんってこんなに色気あったっけ~?)
「顔が赤くなった」
「ちょ、それは・・・」
「この位が好い」
「あの・・・」(病人に何するんじゃボケー!)
やらしー手は一旦止んだけど、直ぐに私の手を掴まえた。
椅子に腰掛けながら、龍ちゃんは私の顔を黙って見ている。
このまま沈黙が続くのも気づまりで、ああそう言えば言わなきゃいけない事が有ると思い出した。
「ありがとう」
「・・・・・」
返事は戻って来なかったけど、掴まっていた手にキュッと力が加わった。
「凄い音だった」
頭をビール瓶で殴られた時の様な音がしたと龍ちゃんは言うけど、あんた何処でそんな危ない事を経験したんだい?と聞き返すのは、今は止めておこう。
聡|(袴田先生)と一緒に弓道部員の教室を見て回り、喉が渇いた頃に聡のクラスへ行きお茶を飲んだ。てっきりそこで私に会えると思って行ったが休憩中だと言われて、聡が生徒達と写メを撮ったりして遊んでいるのを横目に私が戻るのを待ったと言う。
「え?私?何で?変なの。それよりも、撫子さん、可愛かったでしょ。」
「・・・俺は、和装姿の方が彼女らしいと思うがな」
むーん。そうか。龍ちゃんは大和撫子がタイプだったんだ。
まあ、確かにその方が似合うかもね。
「さくら」
「なーに」
「言っておくが、俺と下條はお前が思っている様な関係性では無い」
「へぇ・・・って、えっ?」
杏璃さん(龍ちゃんの妹)のお茶の先生が撫子さんの母親で、杏璃さんが下條家に通うようになって紹介されたと言う。杏璃さんにしてみれば、妹が出来たようだと言って喜んでいて、お茶を習いに行くと言うより遊びに行っている雰囲気が大きかったようだ。
杏璃さんがお嫁に行ってからは付き合いも無くなっていたが、お産で帰って来た杏璃さんは暇だった事もあり時々遊びに行っていたらしい。それで又縁が出来てしまい、まるきり知らない訳でも無い事から、会えば挨拶程度はする様になったらしい。
「下條が桜ノ宮に来るとは思わなかったし、弓道部の隣が茶道部だったのも知らなかった」
撫子さんも例にもれずエスカレーター式の学校に通っており、そこは「女の花園」と呼ばれる女性だけの学校だった。だから当然高校もそのまま女子高に進むと思っていたが、弓道部の部活に来たら、隣の部に撫子さんがいて驚いたらしい。
「この学校でやって行けるのか、と心配になったのがそもそもの間違いだった」
ここは男女共学だし変わり者が多いから、ちょっとだけ声を掛けたら懐かれてしまったんだそうだ。
まあ確かに、女子ばっかりの学校から男女共学、んでゴレンジャーに構われて、花蓮にいびられて、知らない男子から告白されて・・・確かに大変だーねー。
「何で桜ノ宮に来たんだろう?」
ヒロインに決定してたから?
「憧れたそうだ」
茶の生徒達が話す「高校」という世界に憧れを持ったと彼女は言ったそうだ。
杏璃や薫様の話す高校がとても楽しそうで、そこへ行けば自分も少しは変われるかも知れないと思ったらしい。
「まさかお前に勘違いされてるとは思わなかった」
「え?」
「直球で好きだと言われた時は犯罪者になる所だった」
「は、犯罪って、え?」
「俺の計画は前倒しだな」
「ちょ、ちょっと龍ちゃん、何の話してるのよー!」
掴まえられていた手が離れ、少しほっとしたのも束の間、その手は戸惑う事無く私の口元に寄せられた。
「後悔した」
龍ちゃんの瞳は真っ直ぐに私を見つめ、捉えて離さない。
「息をしていないお前を目の前にして、俺は恐怖に震えたよ」
「龍ちゃ・・・」
「目が覚めたと連絡を受けたのに、暫く動けなかった」
そう言えば、彼の顔は少し細くなったような気がする。初めは病院の照明の所為かとも思ったが、目の下には薄らと隈が浮かんでいるみたいだ。
「早く帰って寝た方が良いよ」
「俺に帰れと?」
「私も目が覚めたし。でもまた寝るし。」
「俺は泣いている女を放置する趣味は無い。ましてや俺の惚れた女だ」
「・・・ほ!? ほぉ!! ほっ、ほっ、ほーーー!?」
//ピーピーピーピーピー//
高らかなアラーム音が鳴り響きバタバタと足音が近づいて来たと思ったら、ガタイの良い看護師が3人駆け込んできて龍ちゃんを即刻排除した。(うん。あれは排除だね)
「これ以上私の患者に無理をさせる輩が来たら、問答無用で面会謝絶だ」
主治医の先生は憤慨した態度で釘を刺して行かれました。
センセー!今すぐ面会謝絶にして下さい!お願いします!
今日はもう誰とも会えません!
鳴り止まないアラーム音に、暫し悩まされた夜でした。




