2話 転生
「さくら、進学おめでとう」
「ありがとう!龍ちゃん」
今日は待ちに待ったデートの日だ。
龍ちゃんは自分の車で私の家まで迎えに来てくれた。
きちんと両親にも挨拶しての、親公認のデートなのだ。
「杏璃も一緒に行くって言い出した時はどうしようかと思った」
「杏璃お姉ちゃん、帰って来てたんですよね」
「ああ、もう少しで出産だからな」
杏璃とは龍ちゃんの妹さん。お母様のご実家の系列会社の株主の跡取りさんと昨年結婚したばかりだけど、出産の為にご実家に帰って来ているそうだ。
「杏璃お姉ちゃんの子供なら、可愛いだろうなぁ・・・」
「主治医から聞いたそうなんだが、男の子なのか女の子なのか教えてくれない」
「楽しみがあって良いじゃないですか」
「分かってれば用意できる物もあるだろうに」
「そう、だね・・・」
どっちだったんだろう。
時々何かの拍子に ふっ と思い出すのは、私の妹の子供が男の子だったのか女の子だったのか。
妹が出産する前に事故を起こしてしまったから、どっちが生まれたのかは知らなくて当然な事。
そう言えば、あの子も病院の先生から性別を聞いていたのに教えてくれなかったっけ。
妹は出産の二か月前に実家に帰って来て、母とその準備をしては楽しそうだった。
「お姉ちゃんも早く結婚しなよ」
そんな事を言う憎らしい妹だったけど、誰からも好かれる明るい性格の妹は大好きだった。
「お姉ちゃん、ゲームってした事ある?」
妹が持って来たのは「乙女ゲーム」と言う物で、数人いる男性の中から一人を選択し、会話やイベント等のいろいろな話を進めて行くというゲームだった。
選択した会話や物によって、最後のエンディングが変わるらしく、ハッピーエンドを迎える為にさまざまな努力が必要らしい。
らしいと言うのは、私が気乗りしない内容の物だったので余り進行せず、終いには転生と言うモノをしてしまった為である。
今思えばもっと、もっと真剣にやっていればよかったな。である。
だって、今生きてる世界が、あの世界みたいだから。
『あなたを好きになって好いですか? 私の初恋日記 』
タイトルからしてやる気が失せたんだよねー。
わが妹にこんな趣味があったなんて知らなかったよ。マジで。
そもそも乙ゲーの世界だと確信したのはつい最近の事で、高校の入学式で壇上に並んだ生徒会メンバーの名前を聞いた時と、同じクラスになったヒロインの女の子とライバルになる女の子の名前を聞いた時だった。
それより前からも不思議な事とか疑問な事とかあったけど、あまり深く考えなかった自分も悪いんだよね。
日本の筈なのに、髪の毛の色も瞳の色もバラエティーに富んでいた。自分の両親もそうだったけど、自分の地毛が茶色だったからそれほど深く悩まなかったのよね。それに、周りがそんなんばっかりだから、慣れるのも早かった気がするし。
あと、何処に行っても何処を歩いても無駄に美人とか美男子とかが多いのよ。
自分的に私は美人な方だと思っていたけど、この世界では普通のレベルだったんだよね。
チヤホヤされたり芸能プロダクションから声が掛かるとか無いし、当然男の子にモテた記憶も無いしさ。
それと何故だか周りは金持ちばっかりで、自分の家も当然金持ちってのも不思議だよね。
「何だかアニメの世界に紛れた気分~」
等と思っていた自分に突っ込みを入れたいよ。
8歳の時にお爺ちゃんの会社・道明寺商事(今はパパが社長)の創立記念パーティーに出席して、その時にお爺ちゃんの友達の会社の社長〈木之本製薬株式会社〉の息子を紹介された時も「あれ?」とは思ったんだよ。
「木之本龍太郎」
どっかで聞いた事のある名前だなーって、暫く考えちゃったよ。
思い出したのは2・3日経ってから。
妹から勧められたあの乙ゲーで、私が唯一気に入った男の子の名前と一緒だったのだ。
180センチの身長にがっしりとした体格。弓道をしているから肩幅は広く手も大きい。
前髪が長めの短髪で唯一の黒髪だ。眉も太く凛々しく、切れ長の目はともすれば怖いと感じるほど力強い。
「お姉ちゃん、その人は脇役だよー 弓道部の臨時コーチ」
彼を選択出来ないと分かったその時点で、私のゲームへ対する姿勢は皆無となったのは言うまでもない。
ゲームに登場する人物は全員が二次元の主だ。
営業職をしていた私は人の名前と顔を覚えるのが得意だったけど、流石に平面上の似たり寄ったりの顔と名前を一致させるのは苦手で、彼等の一種独特な髪色で名前を覚えた記憶が残っている。
でもね、カラフルな髪色に親しみなれた私には、あの二次元の人物と目の前の人物が同じだなんて思えなかったのよ。
ましてや前の世界で生きていた頃からは何年も経っているし、興味の無かった乙ゲーの記憶は曖昧過ぎた。
33歳の目で見る2次元26歳の龍ちゃんと、8歳の目で見る生身の18歳の龍ちゃんは、どうやっても重ならない別の人に思えたのだった。
基本、あの乙ゲーは高校の入学式から始まる物語だ。
直接私に関わる事は無いから結構楽観視しているし、他人事だと思っている。
「・・・、さくら!?」
膝に乗っていた手を大きな手が握り締めている。
「あ、あ、ごめん」
どうやらパーキングエリアに入ったらしい。
「どうした?具合でも悪いのか」
左側から伸ばされた大きな手が、私の膝の上から離れ耳の後ろに移動した。
「あ、えっ、違うよ!・・・昨夜、あんまり眠れなかったから・・・」
現実逃避の真実を隠して、半分嘘で半分本当の言い訳をした。
「顔が赤いぞ?」
それはっ! あんたの手が耳の後ろから頬を撫で始めたからだってばっ!
「お前は、昔から妙に大人に見える事がある」
真剣な眼差しを向けられると、心の中まで見透かされた気がしてドキドキしてしまう。
「もう大人だもんっ!」
少しは16歳らしくしないとマズそうだ。
「・・・ふっ、そうだな。じゃあ、ソフトクリームでも食うか?」
「食べるぅー!」
無邪気なフリも楽じゃない。
何故だかこの人の前だと素に戻る確率が結構高い気がする。
気を付けないと。