ぴんちゃん(ワンコ)のおもらし
僕、いつもむずむずしちゃうんだ。
夕方の陽が沈み、辺りが暗くなって街頭に明かりが灯る頃。
なんだかそわそわするんだ。
まだ誰も帰ってこないかな。
お外ではみんなが活動を始めているのにな。
そういう時に限って、あの怖い音が鳴るの。
”ピンポーン”って鳴くの。
お父ちゃんは「あれは誰かが訪ねてきた合図なんだよ」って言ってた。
だから怖いことはないんだって。
でも、やっぱり怖いよ。
だってさ、あの音は警戒の声にそっくりなんだもの。
「おい、気をつけろ!わぉーーん!」て。
だから僕はお漏らしをしちゃう。
そりゃあいけない事なんだとは思う。
わかってはいるんだよ。
でもさ、考えても見て欲しいんだ。
一人で取り残された部屋の孤独さを。
何時間も何時間も、ずうっと僕はここで待ってる。
お父ちゃんやお母ちゃんを。
りょうくんやうーちゃんを。
誰かが「ただいま」って扉を開けるのを。
ずぅっと待っているんだよ。
でもねえ。そんな長い待ち時間の間に、色んな事があるの。
だから僕はお漏らしをしちゃう。
お漏らしが多すぎて、僕は叱られた。
それはとても悲しくて、でも怖くて寂しい時間にはやっぱり粗相をしちゃうんだ。
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ある日の事だ。
思いもかけずにお父ちゃんが昼間に帰ってきたんだ。
「ぴんちゃん!今日は特別に早く帰れたんだよ~!」(でも家で仕事の残りをするんだよ、とか言ってた)
そういいながら、僕のことをたくさんなでてくれたんだ。
だっこもしてくれたの!
だからね、僕は興奮しちゃった。
その後、お父ちゃんは荷物を抱えて違う部屋に行ってしまった。
僕はきゅんきゅん鳴きながら心細くなってまたお漏らししてしまったの。
そのままお布団にくるまって我慢してると、ようやくお父ちゃんが戻ってきたんだ。
でも、お漏らししたから、また怒られる・・・
そう思ったら申し訳なくて縮こまっていたの。
僕のおしっこやうんちをした場所を、お父ちゃんが掃除して歩く。
まだ怒られない。
でも許してくれないかな。
気がつくと掃除が終わって、お父ちゃんはまたいなくなった。
(仕事をしていたらしいけど、僕には理解できなかったんだ)
お父ちゃんがいなくなってどのくらいの時間が経つのか
僕にはうまく説明できないな。
なぜって、犬の時間は人間と違うもの。
一生の時間と比例しているんだもの。
人間にとってのほんの半日は、僕たちにとっては何週間にも感じるんだよ。
そんな事を考えていた時だ。
”ピンポーン”って鳴いたんだ。あの扉から。
僕は反射的に吠えた。
また誰かの気配が扉の向うでしているからだ。
だけど、自分一匹だと怖くて不安で、やっぱりお漏らしをしちゃうんだ。
やがて、お父ちゃんが現れてきて、扉に向ったんだ。
僕はまた申し訳なくなってお布団にもぐったの。
そうして目をつむっていた。
扉の向うでなにやら話していたお父ちゃんが、扉を閉めて戻ってきた。
僕はずっと寝たフリをしていた。
…暖かい手の感触が僕に触れたのはその時だ。
僕がそれでも目を閉じてじっとしていると、お父ちゃんの声が聞こえてきた。
「ピンポンが鳴ると怖かったんだね。ぴんちゃん。」そう言ったんだ。
「いつもそれで粗相をしてたんだね。」そういうんだ。
僕は恐る恐る目を開ける。
お父ちゃんの笑顔が見える。
「一人で留守番してて、ピンポーンって鳴ったらビックリしたんだね、ピンちゃん。」
やっとわかったよ、とお父ちゃんが言うのを、僕はうっとりと聞いていた。
僕の気持ちが通じた瞬間なのだ。
たまらなくなって僕は、お父ちゃんに抱きついたんだ。
ありがとう。
ありがとうって言ったんだ。
「うん。わかってるよ」お父ちゃんは確かにそう言ったんだ。
そうしてお父ちゃんは、お母ちゃんたちに(僕の孤独性についてを)教えてくれたんだ。
奇跡は、誰にでも起きるんだ。
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あれから時が経ち、僕の家には家族が増えた。猫の”みゆ”だ。
そうして、僕は変わった。
だって、みゆに「この家は安全だ」って伝えないといけないから。
彼女を守るのは僕の役目なんだもの。
それからは「ピンポーン」が鳴くたびに、僕は吠えながら彼女を守っている。(つもりだ)
でもたまに漏らしちゃうのは仕方ないよね。(やっぱり怖いんだよ)
みゆは、じっと僕のお漏らしの後を見つめる。
そして僕の事をじぃっと見つめる。
僕の目の前にひらりと飛んでくる。
僕の鼻をくんくんと嗅ぎ、そのかわいい手で僕の頭をぽんっと叩くんだ。
あんまり気にすんなよ。彼女はそう言ったんだ。
なんだか立場が変わったようで、僕は戸惑う。
でもこれでいい、とも思う。
僕達の毎日はいつも一緒ではないけれど、大事な時にはお互いに守るんだ。
それが僕、ぴんちゃんの毎日だよ。