異世界に行く前に「はい」を選んだら、強制選択スキルを押しつけられた
◇
真っ白な空間だった。
上下も左右も分からない。立っているのか浮いているのかも分からない。そんな「無」の中に、俺はぽつんと放り出されていた。
「……え、俺、さっきまでベッドでスマホいじってたよな?」
最後の記憶は、TLをぼんやり眺めながら深夜テンションで「異世界行って無双とか、まぁ一回くらいやってみてぇよなぁ」などと、ろくでもないことを考えていたところで止まっている。
その直後、こめかみの奥がズキリと痛んだ。
視界がぐらりと揺れ、ノイズみたいなものが走る。
意識が一瞬、ストンと落ちた気がした──
気付いたら、もうここだった。
「では、これからあなたにはこちらの世界へ行ってもらって──」
上から、声が降ってきた。
男とも女ともつかない、落ち着いたトーン。だが内容は、めちゃくちゃそれっぽい。いかにも「転生管理者です」と言いたげな雰囲気だ。
「まてまてまてまて!!」
反射で叫んでいた。
「なんだよいきなり“これからこちらの世界へ行ってもらって”って!」
いかにもな声に投げかける。
「テンプレ進行するな! せめて意思確認しろ! 選択の余地を残せ!『気付いたら異世界でした』とか、俺の知らんところで決めるな!」
「……はぁ」
ため息が聞こえた。そこそこ深いやつ。
「分かりました。では、あなたのご要望に応じて“選択プロセス”を導入します」
次の瞬間、視界の中央にウィンドウが浮かび上がった。
ゲームで見慣れた、あの感じのシンプルなUIだ。
【これでいいですか?】
→ はい/いいえ
「……あ、そうそう。そういうの、そういうの!」
思わず顔がほころぶ。
「こういうの欲しかったんだよ。“はい/いいえ”ってちゃんと聞いてくれよ、って話なんだよ!」
気分良く、俺は「はい」を選んだ。
【“はい”が選択されました】
【“強制選択”スキルが付与されました】
「......は?」
見たこともないスキルが、当たり前みたいに表示された。
「では、そのスキルをもって、あなたには異世界での──」
「待てぇぇい!!」
思わず素でツッコむ。
「『これでいいですか?』って訊いたの、このスキルの話だったのか!? 俺は“UIとしてそういうのがいい”って言っただけで、“このスキルでいい”とは一言も言ってないんですけど!?」
「あなたは“選択の明確化”を望みました。その願いを最大限に反映した結果が“強制選択”スキルです」
「俺が欲しかったのは“普通に選べる権利”であって、そのやばそうな“全部選ばされ続ける呪い”みたいになるのはおかしいだろ!おかしいよな? ほら、はい、いいえ」
【前言撤回しますか?】
→ はい/いいえ
「おう、撤回するわ! いったん取り消しだ!」
即座に「はい」を選ぶ。
【本当にいいんですね? このために生まれた私という人格を消去しますか?】
→ はい/いいえ
「はぃいや、えぇ……?」
急に言葉が重くなった。
「人格って、お前……」
「はい。私は『あなたが選択を希望した瞬間』に生成された、“選択プロセス管理人格”です。あなたの撤回は、私の存在意義そのものの否定に該当します」
さっきから話している管理者然とした声とは別の、透き通った声が淡々とそう告げた。
……若干、しょんぼりしているようにも聞こえる。
「お前、そんな重い設定背負ってるの?」
「背負わされました。あなたの一言によって」
ぐうの音も出ない。
ものすごく面倒くさいやつだ、こいつ。
【人格を消去しますか?】
→ はい/いいえ
ウィンドウが、淡々と迫ってくる。
さっきまでただのシステム表示だったボタンが、妙に重たく見えた。
「……いや、さすがにそれは、ちょっと、なぁ?」
俺の意識からは「はい」の選択肢が消えていた。
【“いいえ”が選択されました】
「ありがとうございます。では私は、今後のあなたの人生において“選択”を提供し続けます」
「その言い方やめろ。生涯の契約みたいな響きを出すな」
「実際、一生です」
「やっぱり取り消させる気なかっただろ!!」
俺が叫んだ瞬間、視界が激しく揺れた。
真っ白な世界が崩れ、色と匂いが一気に押し寄せてくる。
「それでは、いってらっしゃい」
◇
風が、顔を叩いた。
青空。緑の丘。遠くには森。土と草の匂い。
どこからどう見ても、“異世界ファンタジー”としか言いようのない景色だった。
「……おお、本当に異世界」
感心しかけたところで、またしてもウィンドウが飛び出す。
【息を吸いますか?】
→ はい/いいえ
「いや、それはもう自動でやらせてくれよ!?」
【“はい”が選択されました】
【正常な呼吸が継続されます】
「当たり前のことにイチイチ確認入れるなよ……」
「分かりました。それでは」
【着地しますか?】
→ はい/いいえ
「いや待て、今俺──」
気付いた。
俺の体は、そこそこの高度から地面に向かって落ちている最中だった。
「うおおおおお!! はい!はい!はい!」
【“はい”が選択されました】
その瞬間、俺の体は自動操縦に切り替わった。
空中でくるりと回転し、膝と足首をバネのように使い、衝撃をきれいに逃がして──
ほとんどノーダメージで着地してしまった。
「……なにこの華麗なムーブ」
「着地動作を最適化しました」
「便利だな、おい」
【説明を表示しますか?】
→ はい/いいえ
「説明、頼む」
【“はい”が選択されました】
「“強制選択”スキルの概要を説明します。
一、一定以上の行動に対し、選択ウィンドウが表示されます。
二、いずれかを選ぶまで、行動の結果が確定しません。
三、選んだ選択肢に対し、私が可能な範囲で結果を最適化します。
以上です」
「……要するに、“なんでもいいからどっちか選べ。あとは勝手にやっとく”ってスキルだな?」
「平たく言うとそうなります」
「平たく言うな。怖いだろ逆に」
とりあえず呼吸を整えてあたりを見回す。
遠くに小さな集落が見えた。煙が上がり、木の柵と家々らしきシルエット。
ゲームで言うところの“最初の村”感がすごい。
とりあえず俺は村へ向かって歩きだした。
【走りますか?】
→ はい/いいえ
「歩いていくよ」
【歩きますか?】
→ はい/いいえ
「だから歩くってば」
【“はい”が選択されました】
【体力消費を抑えた移動が行われます】
「面倒なくせに有能なんだよな、お前……」
「ありがとうございます。褒めますか?」
→ はい/いいえ
「その選択肢はいらない」
速攻で「いいえ」を選んでおいた。
◇
村の入口には、しょぼい木の門と、槍を持った男が一人立っていた。
赤い髪に筋肉質な腕。「田舎村の門番」として教科書に載せられそうなビジュアルだ。
「おい、お前さん。見ない顔だな。旅の者か?」
【門番を信用しますか?】
→ はい/いいえ
「うわ、やっぱ出るのか……」
「どうした? 具合でも悪いか?」
「いえ、ちょっと脳内UIがうるさくて……」
門番に心の声が聞こえるわけもない。
いたって普通の門番だ。いきなり何を疑ってかかるというのか。
【“はい”が選択されました】
【対話がスムーズに進みます】
「旅人です。道に迷って。もしよければ、中へ入れてもらえますか?」
「おお、そうかそうか! 客は久しぶりだ! よく来たな!」
門番──後にギルと名乗る男は、にかっと笑って肩を叩いた。
スムーズだ。スムーズすぎる。
「こういうときは、便利なんだよな……」
「活用しますか?」
→ はい/いいえ
「その聞き方やめろ」
俺は若干引きつった笑いを浮かべつつ、村へ入れてもらった。
案内された村長の家は、他の家より少し大きいくらいの木造建築だった。中から出てきたのは、白い髭を蓄えた小柄な老人。いかにも「村長です」といった風貌だ。
事情を話すと、村長は何度も頷きながら言った。
「そうかそうか。旅の途中で迷ったのか。この村には宿なんて立派なものはないが、部屋の一つや二つ貸すくらいなら構わんぞい」
「本当ですか。助かります」
ほっとしたところで、村長はふと真顔になった。
「ただな……。最近、少し物騒でのう」
「物騒?」
「ああ。森の方から魔物が出るようになったのじゃ。昔から小さなゴブリンくらいはおったが、最近は凶暴になってきてな。畑は荒らされるし、家畜も攫われてしまった。村の者だけでは、もう手が足りん」
ゴブリン。
THE・ファンタジー雑魚モンスター。
【戦闘に関与しますか?】
→ はい/いいえ
「お前、今の話聞いてすぐ“戦闘”の二択出すなよ」
「あなたが“状況を理解しようとした”ため、選択肢を提示しました」
「そういう仕様いらん……」
とはいえ、確かに放っておけない話ではある。
でも、だからといって、見ず知らずの村のために命懸けで戦うとか、そこまでのお人好しでもない。
「無理にとは言わん。腕に覚えがあれば頼みたいが、旅人に危険を押し付けるわけにもいかんからな」
村長が、申し訳なさそうに言う。
「いや、その……俺、戦闘とかはあまり……」
やんわり断ろうとした瞬間、ウィンドウが飛び出した。
【行動判定:依頼を断ろうとしています】
【確認:村人を見捨てますか?】
→ はい/いいえ
「言い方ァ!!」
お前、ちょっとはオブラートを覚えろ。
「……見捨てる、とか言われたら、そりゃ断りづらいだろ」
「事実の簡潔な表現です」
「簡潔すぎんだよ!」
村長はもちろん、このウィンドウは見えていない。
不安そうにこちらを見つめているだけだ。
「……分かりました。できる限りお手伝いします」
【“協力する”が選択されました】
【クエスト:森の魔物退治 開始】
「クエストって言うな」
村長はぱっと表情を明るくし、俺の手を握った。
「ありがとう、若者よ。しかし、無理はするでないぞ」
その夜は村長の家の一室を借りて寝ることになった。
ふかふかではないが、ちゃんとした布団だ。
異世界初日にしては、かなり恵まれていると言っていいだろう。
◇
チュンチュン、という鳥の鳴き声で目を覚ました。
窓から差し込む光。見慣れない天井。
そうだ、ここは異世界の村長の家だ。
【起床しますか?】
→ はい/いいえ
「いや、もう起きてるが?」
【“はい”が選択されました】
【起床処理を続行します】
「起床処理ってなんだよ……」
布団から出ようとすると、またウィンドウ。
【布団から出ますか?】
→ はい/いいえ
「出るに決まってるだろ……」
【“はい”が選択されました】
布団から出たら出たで、今度はこれだ。
【顔を洗いますか?】
→ はい/いいえ
【水を節約しますか?】
→ はい/いいえ
【寝癖を気にしますか?】
→ はい/いいえ
「朝から情報量多いな!?」
本当になんでもかんでも選ばせたいらしい。洗面桶の前で「はい」「いいえ」を連打しながら、俺は思った。俺の当たり前ってなんなんだろう...。
そんな調子で、
【服を整えますか?】
【挨拶の内容を考えますか?】
【本日のテンションをどう設定しますか?】
「テンションまで数値化すんな!! ……普通だよ普通!」
土間に行くと、朝食が用意されていた。
焼いたパンにスープ、野菜少々。シンプルだが、うまそうだ。
「おお、おはようさん。よく眠れたか?」
「おはようございます。ええ、おかげさまで」
【挨拶を返しますか?】
→ はい/いいえ
「いま返したとこだよ!」
内心でキレながら、席につく。
【パンを食べますか?】
→ はい/はい
「二択の意味どこいった」
パンを一口かじる。外はカリッと、中は思ったよりふんわりしている。
【焼き加減に満足しますか?】
→ はい/いいえ
「……うまいな」
【“はい”が選択されました】
【満足度:小上昇】
「満足度とか出るの、ゲームのステータス画面みたいでなんか腹立つな……」
朝食を食べ終える頃には、俺の脳はすでに「選択疲れ」を感じ始めていた。
「これ、長く続いたら普通にストレスだよな……」
【ストレスを自覚しましたか?】
→ はい/いいえ
「そういうところだぞ!!」
◇
クエストを受けてしまった以上、森へ行かないわけにはいかない。村の外れから伸びる獣道を進んでいく途中も、ウィンドウは遠慮なく飛んでくる。
【慎重に進みますか?】
→ はい/いいえ
【足音を抑えますか?】
→ はい/いいえ
【今のところ怖いですか?】
→ はい/いいえ
「最後の質問いらねぇだろ!!」
俺は「はい」だか「いいえ」だかを選びながら、なんとか森の入り口までたどり着いた。
木々が生い茂り、薄暗くなっている。
いかにもモンスターが出そうな雰囲気だ。
その不安が現実になったのは、ほんの数分後だった。
「……グギャ」
低い唸り声。
茂みの影から、小柄な緑色の小鬼が現れた。身長一メートルほど。手には錆びた短剣。
うん、どう見てもゴブリンだ。
【逃げますか?】
→ はい/いいえ
「逃げる!!」
【“はい”が選択されました】
【しかし、このゴブリンは足が早いため、戦った方が早く終わります】
「お前がそういうこと言うからややこしいんだよ!!」
【戦闘モードに移行しますよね?】
→ はい/いいえ
「なんだそのUIは!! お前の意思で変えられるの!?」
ウィンドウが「はい」の圧をかけてくる。
仕方なく「はい」を選ぶと、身体がぐっと前に出た。
気付けば、手にはそこらの木の枝が握られている。
【敵との距離を詰めますか?】
→ はい/いいえ
「詰めなきゃどうにもならんだろ! はい!」
【武器を叩き落としますか?】
→ はい/いいえ
「はい!」
選択した途端、俺の右腕は勝手にしなり、木の枝がゴブリンの手元を正確に叩いた。
「ギャ!?」
短剣が弾かれ、地面に転がる。
【続けて攻撃しますか?】
→ はい/いいえ
「ここで『いいえ』を選んだらどうなる?」
「戦闘が長引き、軽傷〜中傷のリスクがあります」
「“あります”って、まあまあのリスクをさらっと言うな。はいしかないじゃねーか!」
次の瞬間、俺の身体はまたも自動操縦モードに入り、枝の先端がゴブリンの頭をしたたかに打ち据えた。
ゴブリンは白目をむいて倒れる。そのまま動かなくなった。
【戦闘終了】
【勝利しました】
【経験値を獲得しました】
【ジョブ:そこそこやれる一般人】
「ジョブ名のセンスどうにかならない?」
息を整えながら、倒れているゴブリンを見下ろした。
「……これが、“選んだ側に結果が最適化される”ってことか」
あまりにもスムーズすぎて、逆に怖い。
【怖いですか?】
→ はい/いいえ
「シンプルに聞くな! はいだよ!」
【“はい”が選択されました】
【恐怖の自覚を記録しました】
「なんで記録すんだよ……」
◇
さらに森の奥へ進むと、薄暗がりの中に不自然な空間が現れた。
木の枝や骨を組み合わせて作られた、粗末な小屋。
その周囲には、さっきのゴブリンより少し大きめの個体が数体うろついている。
その中央に──ひときわ大きなゴブリンがいた。
「グギャアアア!!」
咆哮。
こいつがボスだな。
【ゴブリンを最低限だけ倒して撤退しますか?】
→ はい/いいえ
「最低限ってどこまでだよ……」
【“最低限”の場合、一部のゴブリンが生存し、村への再襲撃リスクが残ります】
【いいえが選択されました】
【ゴブリンの巣を壊滅させますか?】
→ はい/いいえ
「そうするしかないか」
ため息をつきながら「はい」を選ぶ。
【“はい”が選択されました】
【難易度:やや高い】
【報酬:村の信頼+そこそこのお礼】
「“そこそこ”とか言うな。もうちょっと夢見させろよ」
その後の戦闘は、ほとんど“選択肢とのたたかい”だった。
【正面から突撃しますか?】
→ はい/いいえ
【雑魚を先に倒しますか?】
→ はい/いいえ
【卑怯にも転倒を狙って足ばかり攻撃しますか?】
→ はい/いいえ
表示される選択肢を次々に選んでいくだけで、俺の身体は勝手に最短ルートを辿り、敵を無力化していく。
木陰に飛び込み、背後を取る。
足を払って転ばせる。
手から武器を奪う。
懐に飛び込み、渾身の一撃を叩き込む──
【戦闘終了】
【クエスト:森の魔物退治 クリア】
「はぁはぁ、……勝った、のか?」
荒い息を吐きながら、俺はその場に座り込んだ。
「俺、マジで、ほとんど何もしてないんだけどな……」
「あなたは“選ぶ”という行為を行いました。それ以外は私が補助しました」
「それが怖いっつってんだよ……」
◇
村に戻ると、入り口からして騒がしかった。
「帰ってきたぞー!!」
案内してくれた門番のギルが叫ぶと、村人たちがわっと集まってきた。
「おお、本当に戻ってきた!」
「魔物はどうなったんだ!?」
「森は!?」
ギルが俺の肩をガシッと掴む。
「こいつがやったんだ。あの巣を一人で叩き潰してきた!」
「おおおおおおおおお!」
歓声。
村長も涙目で歩み寄ってきた。
「ようやってくれた……! 本当に、ありがとう、本当に……!」
【感謝を受け取りますか?】
→ はい/いいえ
「ここで謙遜したらなんかややこしいことになりそうだしな……はい」
【“はい”が選択されました】
【村人たちの信頼が大きく上昇しました】
村人たちの表情を見ていると、さっきまでの恐怖やストレスが、ほんの少しだけ薄らいでいくのを感じた。
「……まあ、こういう結果なら、悪くはなかったのかもな」
【“悪くない”という評価で記録しますか?】
→ はい/いいえ
「評価まで記録しようとすんな……。はい」
◇
その後は、村に滞在しながら畑仕事の手伝いや荷物運びなど、簡単な雑用を請け負いながら過ごしている。
「兄ちゃん、悪いがこの薪、割ってくれないか」
ギルが斧を持ってきて、庭先の薪の山を指さす。
「任せてくださいよ。薪割りくらいなら──」
【薪を割りますか?】
→ はい/いいえ
「まあ割るけどさ」
【斧を持ちますか?】
→ はい/いいえ
【握り方を最適化しますか?】
→ はい/いいえ
【ケガ防止モードを有効にしますか?】
→ はい/いいえ
「急にオプション多くない?」
とりあえず全部「はい」を選ぶ。
【姿勢を安定させますか?】
→ はい/いいえ
【飛び散る木片に注意しますか?】
→ はい/いいえ
【斧を振り下ろしますか?】
→ はい/いいえ
「ちょっと待て。
一回斧振るだけで、何個選択肢出す気だよ!!」
「詳細制御は安全性向上に寄与します」
「寄与しすぎて思考リソース足りないんだよ!」
あたふたしているうちに、画面上のウィンドウが妙に重なりはじめた。
【処理中……】
【処理中……】
【処理中……】
「おい?」
【エラー:選択肢が渋滞しています】
【強制リセットしますか?】
→ はい/はい
「だから、二択の意味ないだろ!!」
やけになって「はい」を押すと、一瞬視界がフラッシュした。
気付けば、俺はなぜか薪とは逆方向に斧を振り下ろしていて、慌てて体勢を立て直す羽目になった。
「お、おい兄ちゃん!? 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫大丈夫! 今ちょっとUIがフリーズしてただけ!」
「何言ってんだお前……?」
ギルは苦笑いして首を振る。
「無理すんなよ。ゆっくりでいいからな」
【恥ずかしいですか?】
→ はい/いいえ
「やかましいわ!!」
俺は斧を握り直し、今度は余計なオプションをできるだけスルーしながら、ひたすら薪を割り続けた。
◇
村での異世界生活にも、少しずつ慣れてきた頃。
【管理者からの通信を受信しました】
→ 接続する/拒否する
例のウィンドウが、唐突に目の前に浮かんだ。
「……出たな、元凶」
俺は「接続」を選ぶ。
「お久しぶりです。異世界生活の具合はいかがですか?」
あの管理者然とした中性的な声が響く。
「お前のせいで、毎日が選択だらけだよ」
「それは何よりです。あなたの望んだ通り、“選択のある人生”になっています」
「望んだ方向性が間違って解釈されてるんだよなぁ……」
「さて──」
管理者の声色が、少しだけ真面目なものに変わる。
「あなたに、ひとつ大きな“選択”を提示します」
新たなウィンドウが表示された。
【この世界に残りますか? 別の世界へ転送されますか?】
→ 残る/転送される
「……急に重いな」
「この世界で暮らし続けることもできます。別の世界へ行き、さらに多くの選択を経験することもできます」
「“さらに多くの選択”って言い方やめろ。過労死しそう」
村長の顔、ギルの顔、村人たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。
朝のどうでもいい選択ラッシュも、薪割りのエラー祭りも、今となっては、まあ悪くなかった気がしてくるから不思議だ。
「……とりあえず、今はここに残る」
【“残る”が選択されました】
「了解しました。それでは──」
【あなたは自身の選択に責任を持ちますか?】
→ 持つ/持たない
「“責任”、ねぇ」
「責任を持たない場合、選択の結果をすべて“他人のせい”にすることができます。
その代わり、満足度と一貫性が大きく低下します」
「人生のアドバイスにしては辛辣だな」
【責任を持ちますか?】
→ 責任を持つ/他人せいにする
「……持つよ」
小さく息を吐きながら、俺は自身の選択に責任を持つことを選ぶ。
【“責任を持つ”が選択されました】
【あなたの選択は、あなた自身のものとして記録されます】
「最初から全部、お前のせいみたいなもんだったけどな」
「“せい”にしますか?」
→ する/しない
「そこで選択肢出すな!」
思わず笑いがこみ上げる。
「いいよ。これから俺が選ぶのは、俺の責任ってことでいい。お前のせいには……“しない”ことにしてやる」
【“しない”という回答を検出しました】
【想定外の回答です。データベースに保存します】
「想定外だったのかよ」
「人間の選択は、たいてい想定外ですから」
管理者の声が、ほんの少しだけ楽しそうに聞こえた。
【システムとの会話を終了しますか?】
→ 終了する/終了しない
「終了する」
「当然、別の世界というのは元の世界も含むわけですが——」
【“終了する”が選択されました】
「ん?ちょっと待て!何か不穏な事言ってない!?」
【会話を終了します】
「おい!戻ってこい!」
【会話を終了します】
「聞こえてんじゃねーか!!」
ウィンドウがふっと消え、現実の音が戻ってくる。
【理不尽ですか?】
→はい/いいえ
「”はい”だよ、チクショウ!」
◇
「兄ちゃん! 今夜は盛大に飲むぞー!」
ギルが樽を抱えて叫んでいた。
「そうじゃそうじゃ! 宴じゃ! 村の恩人のお祝いじゃ!」
村長が両手を上げてはしゃぎ、子どもたちが走り回る。
【宴に参加しますか?】
→ はい/いいえ
「参加するに決まってんだろ」
【“はい”が選択されました】
【今日も、あなたの選択で世界が進みます】
「……まあ、そう悪くない」
【“悪くない”という評価で記録しますか?】
→ はい/いいえ
「いちいち記録しなくていいっての」
笑いながら、俺は樽の方へ歩き出した。
どうせこの世界は、俺が選び続けることでしか進まない。
だったら──
せめて、楽しそうな方を選んでやる。
【この方針でよろしいですか?】
→ はい/いいえ
「うるせぇ。──はい」




