表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/16

9. そうそうこれこれ。ただいま研究室



 ――ああ、よく寝た。

 というか、寝過ぎました。ほぼ三日寝てたもの。


 流石に、身体やら心やらが疲れて、学術会が終わり治癒室に戻った途端がっつり熱が出た。健康なのが取り柄だったはずなのだが、自力で立っていられない程には平衡感覚を失っていた。あんな状態の私を家に連れて帰らせるなんて、サラには頭が上がらない。


 お陰で、学術会後のパーティーを欠席出来たのは、良かったのか悪かったのか。

 私の心情はともかく、皆様は心穏やかだったことだろう。まあ、何を言われたのか知らないのは怖いような気もするが、済んだことは気にしてもしょうがない。


 そんなわけで、攫われて七日目にして職場復帰を果たした。こんなに休むなんて学生の長期休暇以来である。高熱で何にもできず、ほぼベッドの住人だったなんて、なんて勿体ない。こんなに休むなら、できれば旅行や趣味に費やす自力でもぎ取った休暇にしたかった。


(趣味は読書や魔石いじり……。仕事と変わらないから諦められるとして、旅行ってしたことがないのよね)


 図々しくも、健康な長期休暇に思いを馳せる。うん、いつか頑張って長期休暇をもらおう。

 だが私も一端の社会人。まずは休みの穴を埋めるために、馬車馬のように働く所存である。



 王立研究所は、王宮の裏にポツリと建っている。何百年か前からある灰色の石造りのそれは、王宮と比べるまでもなく地味で無骨だ。だけど、なかなか雰囲気があって私は格好いいと思う。歴々の研究者の知性が染み込んでいるような歴史を感じさせる佇まいが、乙女心(研究者魂?)をくすぐるのよね。


 重い鉄の扉を開き中へ入ると、ひんやりとした石の廊下が足音を響かせる。


(この扉だけはもっと軽くていいものに変えるべきだと思うわ)


 石の階段を最上階の三階まで登り、一番奥の扉をノックした。


「……どうぞ」


 おおう、なかなかドスのある声だ。学術会が終わり一段落してるかと思いきや、それは一介の研究者だけであって所長は違うらしい。


「失礼します。エマ・フォードです。長くお休みを頂いてしまヒェッ、申し訳ありませんでした」


 山積みの書類から顔を上げた所長の眼光にビビったとかそんなのでは、断じてない。貴族令嬢らしく取り繕えたはずである。

 所長は目頭を揉みほぐすと、いつものにこやかな表情になった。


「久しぶりだね、エマ君。色々言いたいことはあるが、まずは発表お疲れさま。とても良かったよ。私は君の心臓の強さを尊敬する」


 これは……褒められている、のか?よくわからないときは適度に喜んで流すのがよい。


「ありがとうございます。何より所長に本研究を進める許可を頂けたからこそです」

「うん、これからも頑張り給え」


 オーウェン・リード所長はどこかの伯爵家の次男の出だったと思うが、研究には寛容だ。権力闘争よりも、研究者らしく、真理を追いかけたいという意識のほうが強そうだ。


 王立研究所は、総勢五十名には満たない組織ながら、王族の私費も投じられるこの国の技術の最先端である。採用は、その全権を握る所長が、王立魔術高等学校の成績と面接で決める。この髪や性別にとらわれず、私を掬い上げてくれたことには感謝しかない。

 

「それと、無事に戻ってきてくれてよかった」

「はい。……本当に感謝しています」

「……? 私は何もできなかったけどね」

 

 監禁されている間、脳内の所長に何度も発破をかけられた。つい脳内パンチを喰らわせてしまったこともあったが、私がここに居るのは所長の教えを実行したからだ。

 私の感謝の圧に、所長は疑問符を浮かべていた。

 

「研究者を守る警備体制については今騎士団と協議中だ。ここにはなんらかの魔法陣を敷いてもらうことになるかもね」


 ……所長の忙しさの一端は私にあるようだ。私はほうぼうに迷惑をかけている。不甲斐ない。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いいや、私も危機意識が足りていなかった。ここには最新の技術が山ほどある。機会を得たと思って改善しよう。警戒しすぎるということはないから。

 ……もう身体は大丈夫か?」

「大丈夫です」

 

 夢見が悪い気はするが、熱を出していたからだろう。直によくなるはずだ。


 体調を見ながら仕事を進めてくれ、と寛大なお言葉とともに所長室を退室した。

 二階の研究室へ向かう。王立研究所では、研究テーマごとに数人から十数人でチームとなり、チームの談話室と個人の小さな研究部屋が充てがわれる。


 久しぶりの談話室は、変わらず雑然としていた。大きな黒板には誰かが走り書きしたメモが残り、大きな本棚に入り切らない魔導書はその辺に山積みになっている。


(そうそう、こうでなくっちゃね)


 ローテーブルとそれを囲う簡易なソファには、二つ後輩のリネット・ミラーが座っている。男爵家の息女だが、生活魔法の魔石の開発と流通という商売をする実家の助けにならないかとこの職に就くことを決めたそうだ。

 入所当初、『先輩の学校でのド根性と、なんだかんだ認められて仲良くやっていた姿に勇気をもらいました!』と迫られたのはいい思い出だ。絶対に褒められてない。


「あ! 先輩! もう大丈夫なんですか? 学術会での先輩の発表、あの圧、痺れました! 私には絶対に真似できません」

「……」


 ……うん。ありがとう。でもやっぱり褒めてないわよね?


「シュミット先輩は、部屋にこもってますよ」


 学術会で『生活魔法を転写した魔石における魔力補給の効率化』を発表した、ヴィクトール・シュミット先輩。彼と三名で魔石関連を研究するチームだ。

 ちなみに他のチームは、魔道具や魔法陣の開発やら、古代から伝わる魔術理論の解明なんかをしていたり、様々である。

 

 私も自分の研究室に入った。

 積み重なった羊皮紙、書き損じた魔法陣、付箋で膨らんだ魔導書……。大きな研究机と、大きな本棚。


(――やっと、帰ってきた……)


 もう何年も見てなかったかのような懐かしさだ。なんて濃密な一週間を過ごしてしまったのだろう。

 開かれた魔導書を指先でなでていると、はあーーー、と全身の空気が抜けるくらいのため息がでた。

 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ