8. ぶちかませ。私の『存在証明』
王宮の左翼の奥まったところにある講堂。
すり鉢状に設置された席の、中央の一番低いところに円形のステージがある。
正面の一番高いところには、全体を見渡せるように王族の観覧席がせり出している。今日の王宮学術会には、陛下、王妃陛下、王太子殿下の三名が列席されており、筆頭聖女のオフィーリア様も彼らから少し離れて着席していた。
聖女は国の至宝。最も警備が硬い場所にいるのが普通だ。今回は無論、王族の近くである。
ルシアン様含む白い騎士服を身に着けた五名が、護衛のために後ろに控えていた。
私は、重厚な扉を開くと発表者の待機席に座った。
(……なんて高い天井)
ドーム型の天井を飾るシャンデリアが、ステンドグラスからの光を乱反射して輝いている。あまりに荘厳で、場違い感が半端じゃない。
講堂を埋めるのは、国を支える貴族や官僚、そして老練の研究者たち。学校の教員もいるが、彼らもどちらかというと私のように座りが悪そうだ。
(それにしても異様な雰囲気だわ)
発表が始まると、講堂は水を打ったように静まり返り、拡張魔法で増幅された発表者の声のみが浪々と響く。だが、その静寂は決して温かいものではない。重鎮たちは、発表者の理論の綻びを見逃すまいと、重箱の隅をつつくように傾聴しているのだ。
発表が核心に迫ると感心や疑問のざわめきが講堂を侵食し、発表が終わると容赦ない質疑が浴びせられる。
……ここは、学問の府という名の、残酷な品評会だ。
(気を抜く隙なんて、一秒だってありはしない)
私は、膝の上で冷たくなった自分の指を、もう片方の手で強く包み込んだ。
次々と発表が終わる。先輩の『生活魔法を転写した魔石における魔力補給の効率化』に関する発表には、一際大きな拍手が起こった。内容は違えど、日夜研究室に籠り、時には議論を交わしながら共に修羅場を乗り切ったので、自分のことのように嬉しい。
「では、本日最後の発表者。エマ・フォード君、前へ」
最後は、本日一番の若輩者の番だ。
『女性の研究者だって』
『見て、あの黒い髪。可哀想に一人で生きていくしかないのよ』
『それが魔石いじりだなんて、虚しくないのかね』
講堂には、ひそひそとこれまで何百回も言われてきた言葉が溢れる。今さら気にならないはずなのに、壇上までの距離が嫌に長い。ヒールの音がコツコツと響く。
(早足にはなっていない。大丈夫、頭はクリアだわ)
着飾る貴族に値踏みされているのがわかる。血統こそ全てと信じる彼らに、私はどれほど矮小に映るだろう。資料がクシャッと音を立てた。
(――だけど、そうね)
司会の方は私を皆と変わらず、「エマ・フォード君」と呼んだ。ここでは爵位では呼ばれない。
(学問は皆に拓かれるものだわ)
そう思えば怖いものはないかもしれない。
壇上に上がり、薄い胸を張り、顎を上げ、王族の観覧席を見据える。護衛に立うルシアン様のサファイアのような青い瞳と目が合った気がした。
ちなみに、絶対に気のせいである。この距離で目など合うはずがない。でも思い込みもたまにはいいよね。あの瞳が、「君ならできるよ」って言ってくれてると思ったっていいよね!
この国の最高爵位の、誰よりも強い魔力を持つ彼が、私を「すごいね」と認めてくれたみたいに、今日もそんな奇跡が起こるかもしれない。胸ポケットのバレッタの重みをさり気なく撫でる。そう、私はジンクスは信じる質だ。
「では、『守護結界陣の魔石転写』について、王立研究所エマ・フォードがご説明します」
題名を述べただけで講堂がざわりと不穏にどよめいた。大丈夫、想定内だ。
魔力量こそが正義とされるこの国では、魔石研究は「無能が縋る金のかかる代用品」の研究と蔑まされるものだ。
先ほどの先輩の発表のような、生活魔法を魔石に転写し生活を豊かにする程度なら、彼らは寛容に受け入れる。
けれど、魔石で特別な力を代用しようとすることには猛烈な拒絶反応を示すのだ。
(彼らの権力の均衡を崩す可能性があるもの、仕方ないことね)
このアンセリア王国において、私の研究は、「女神ルキナが守護と治癒の力で魔を打ち払った」という建国神話に泥を塗るに等しい。
プラチナブロンドの髪を持つ聖女たち。彼女たちだけが使える『治癒と守護』が女神ルキナと同じだからと信仰の象徴に据えることは、神殿に絶対的な権威を与え、保守派貴族には不可侵の特権をもたらしている。
(彼らににとって聖女様は、安全や命に順位をつけて他家を従わせる駒なのだわ。魔石で代替するなんて愚の骨頂!)
今考えても、魔力なしの私だからこその皮肉なアイデアでしかない。捻くれ者もここに極まれりである。
……まあ、気にしないけど。
聖女様もその特権を尊んでいるかもしれない。
(だからといって、わずか三名でお役目を全うするなんて、個に頼りすぎだわ)
私は、居並ぶ権威者たちの視線を真っ向から跳ね返した。
「聖女という個人に依存し続ける国防は、果たして持続可能と言えるでしょうか。私は本日、その魔術的独占を解体する、新たな理論を提示いたします」
私に魔力がほとんどないのも、聖女様の特別な力も、生まれながらの選べないもの。どうやっても手放せないもの。
大義名分なんてないけど、それをなんとかしたいって思ったっていいはずだ。学問は自由なんだもの。
(まあ、こんな研究をしてるなんて捻くれ者の証明ね)
静まり返る会場に、私はあえて不敵な言葉を投げた。
「皆様は、守護結界が聖女様にしか展開できない『奇跡』だと思い込んでおいでです。けれど、それは単なる魔法陣の設計ミスに過ぎません」
講堂が凍りついた。治癒は呪文による魔法だけれど、守護結界は聖女様の光属性の魔力にのみ適合する魔法陣を展開している。
「古代から伝わる守護結界の魔法陣は、実は守護と退魔という、二つの術式が複雑に組み合わさったものです。 建国神話を忠実に再現した結果なのでしょうが、これが効率を著しく下げています」
守護で魔物を足止めして、退魔で滅ぼす。合わせて女神ルキナの守護の力だ。
(古代人は、女神ルキナを今より身近に感じていたはずだ。だからそのほうが、神格化して民心を掌握するのに都合がよかったのだろう)
「私は、騎士団との戦闘においてより効果的な『守護』に着目し、今回退魔の術式をすべて排除しました」
聖女と共に国防を担う騎士団が、魔物を打てばいい。分業って大事だ。
「さらに、魔石には存在しない『魔術回路』を補うための変換陣を、独自の論理で組み込んでいます」
人が魔法を使えるのは、生まれながらに魔術回路を持っているからだ。この回路を介して、血に宿る魔力が効果として現れる。
魔石にはないので、魔石と魔法陣繋ぐ魔術回路を組み込むことが必須なのだ。この考案が難しいところでもある。
「この二点の成果により、従来不可能とされていた魔石による守護結界の展開が可能となりました」
手にした魔石へ、微弱な魔力を流す。すると目の前に淡く透き通る白い守護結界が現れた。
あちらこちらで息を呑む音が聞こえてくる。
「守護結界だけでも聖女という尊い個に委ねるのではなく、魔石に代替させてはどうでしょう。
我が国には、彼女を支える頼もしい騎士団もおります。
魔石による常時防衛と騎士団の機動力を組み合わせれば、聖女と最前線の騎士たちの負担を大幅に減らしつつ、民の安全を向上する事が期待できます」
『不敬な……!』
『聖域を汚す守銭奴め!』
『恥をしれ……!』
ついに静寂は決壊し、怒号が押し寄せてくる。それでいい。私は私の信じる理論をぶちかましに来ただけだ。
「以上が本理論の骨子です。もちろん、これは完成形ではありません。魔石の磨耗、魔力の再充填、コストや効果の最適化……解決すべき課題は山積みです。魔石は金のかかる代用品。その通りだと思います」
あと少し。腹に力を入れて、顔を上げる。
本当に大義名分なんてない。魔石の理論を勉強し始めた頃に、たまたま効率化できた光を灯す陣を親に披露した。それを、わかっていなさそうな顔で『よく勉強してるわね』と言われただけ。
たったそれだけで、守護結界の魔法陣の効率化までたどり着いてしまった。たどり着くまで頑張れてしまった。
これは、魔力なしの私の精一杯の存在証明だ。
「ですが、それもいつまでのことでしょう? 研究は日々進歩し、新たな理論が生まれています。研究者である私から皆様へのお願いはただ一つ」
罵声を聞かせていた聴衆を一人一人見渡すように、視線を流す。
「感情ではなく、意見を交わしましょう。学問の扉は、いつだって誰にでも開かれているのですから」
私は深く一礼した。
怒声、あるいは戸惑いが、講堂を満たしていた。
顔を上げて王族観覧席を見ると、王太子殿下が腕を組んで天を仰いだのと、オフィーリア様が俯いているのが見えた。
(……ショックだったかしら……)
その小さい背に、ルシアン様の掌が乗るのをただ眺めていた。




