2. バレッタ
この回のみ過去回想です。
なんとか入学を果たした最難関の王立魔術高等学校。私は、試験のたびに貼り出される成績票の前で唇を噛んだ。
(また二位……! 一位はまたアイゼン様……! 次こそはその涼しい顔を驚かせてやるわ!)
あの時は私も若かった。この髪でも、魔術学校でやっていけることを証明したくて、がむしゃらだった。
周囲を魔物が住む森にぐるりと囲まれる、花の王国アンセリア。
建国神話では、はるか昔、女神ルキナが魔物はびこるこの地に降り立ち、守護と治癒の力で魔物を討ち滅ぼしたと謳われる。
彼女の落とした慈悲の涙が、魔力という祝福となって万物に流れている、らしい。
(慈悲なら、平等であるべきよね)
黒に近い焦げ茶色の髪の毛をくるりと指に巻いて、ふっと息を吹きかけた。
そして、ルシアン・アルベール・アイゼン公爵、彼こそガ女神様のとっておきのお気に入りに違いない。
聖女の象徴であるプラチナブロンドにほど近い金髪は柔らかく波打ち、前髪は品よく掻き上げられている。
切れ長の瞳は鮮やかな青。すっと通った鼻筋に、薄い唇。
圧倒的魔力を持つ、氷魔法の優れた使い手である彼は、氷の公爵だとか、氷の貴公子だとか、畏怖と憧れを持って呼ばれていた。
そんな彼は、いつでも穏やかな笑みを湛えて私のはるか上をいく。私の執念なんて歯牙にもかけない。
その余裕なところが、なにより悔しい。いつかぎゃふんと言わせてやる。なんて当初はお行儀悪くも思っていたものだ。
ところが、学友として知っていく彼は、とても公平な人柄だった。「氷の」と冠される事が多いが、彼自身は穏やかでまるで春の麗らかな陽光のような人物だ。だからいつでも人に囲まれているのだろう。
当時の私は、姿を現しただけで、いつでもひそひそと嘲笑されてきた。
『魔力がないくせによく恥ずかしげもなく学校にこれるものだ』
(魔力はちょーっとはあるんですよ。ここには学びに来ているの。恥ずかしいことなんか何一つないわ)
『裏口入学に違いない』
(残念でした。特別入試制度という正当なルートを使っているのよ)
いつかその口、塞いでやるわ! 魔石でもつめてやるわ!
……なんて意地汚く思っていたものだ。
思えばこの焦げ茶色の髪の毛を長く伸ばしていたのも、そんな反骨精神からだったのかも。やはり私は若かった。
そうした中で、彼は私の特別入試制度で提出した魔石研究の報告書をわざわざ読んで、声をかけたのだ。
「面白かった。魔石に転写した魔法陣の考案はひとりでやったの? 僕には思いつかないものだった。……君は、すごいんだね」
この際、あえて正直に言おう。控えめに言って、世界が色づいたように嬉しかった。
だって相手は、公爵様で、国内随一と呼ばれるほどの魔力量を有する天才だ。魔力至上主義のこの国における絶対王者に、最底辺にいる私の努力が認められるなんて露ほどにも思っていなかったのだから。
彼は人の目があろうがなかろうが、私を彼の周りの誰とも変わらず、公平に接した。
彼にとっては、数多いる学友の一人への対応だったとわかっているけれど、私はそんな彼の高潔さをを心から尊敬していたのだ。
彼の氷魔法は他の追随を許さないほど圧倒的だった。当初、やっかみからか彼の豊富すぎる魔力を危険視する声もあったが、彼は完璧に制御して、その実力でねじ伏せていた。
魔法の使えない私にとっては、どこか現実味がなく、ただ憧れと少しの違和感と共に眺めていた。
(私は魔法は使えないからよくわからないけれど、彼の魔法は豊富な魔力量のためか荒々しく見えるわ。簡単そうに使っているけど、きっと制御は難しいのね)
いつだったか図書室で本を読み漁っていると、ふらりと現れた彼に声をかけられた。
「そんなに頑張って辛くないの?」
喧嘩売ってる?と思ったのはおくびにもださない。これでも子爵令嬢なので身分制度はわきまえている。
……まあそれよりも純粋な疑問のほうが大きくて、気にならなかっただけだ。
「なぜですか? やりたいことをできないほうがよっぽど辛いです。アイゼン様こそ、そんなに魔法を自在に操れて楽しくないのですか?」
「……たのしむ?」
そんな子供のように不思議そうな顔をしないで貰いたい。
「そうですよ。世界はこんなに魔法に溢れています! 楽しまないともったいないです!」
「君は、魔法を、……多くは使えないのに?」
「関係ありません! 私は私にできる精一杯で楽しむの」
言葉を選んでくれたようだが、私はあまり気にならない。それより、それこそ子供のような、馬鹿正直な返答になってしまったのは、少し……だいぶ恥ずかしかった。
「そっか」
彼はどこか気の抜けたように笑った。私の間抜けな発言は流してくれることにしたらしい。まったく度量の広いことだ。
その後、図書室でたまに話す仲になった。
そうこうする内に最終学年になり、彼の魔法はいつの間にか余裕のある洗練されたものに変わっていた。
卒業というのは、この捻くれた私さえも多少はノスタルジックな気持ちにさせるようだ。
今思えば、世迷い言に違いないのだが、図書室での時間が惜しく思えた。卒業の空気は、私の口を軽くした。
「ルシアン様。卒業試験で私が勝ったら、青い花を一輪くださいな?」
「賭けだなんて初めてだね。わかった、いいよ。僕が勝ったら?」
その条件は何も考えていない見切り発車の賭けだった。まあいっか、適当で。そのとき彼に考えてもらえばいいんだもの。
「なんでも一個、願い事を叶えて差し上げます」
「そんなこと言っていいの?」
「私が勝つからいいんです」
結果は引き分け。賭けもご破産。残念に思ったのは内緒だ。
ところが卒業の日、彼は青い花をあしらった繊細な細工のバレッタを差し出した。
「引き分けってことは、僕の負けと言っても過言じゃないからね」
いや何、その完璧主義的な発想。確かに私はこれまで負け続け、最後の最後で初めて引き分けにしたわけだが。彼のプライドは海より深いらしい(海、見たことないけど)。
彼は私の背後に回ると、いつも通りにハーフアップした結び目につけてくれた。
「君の綺麗な髪に似合うと思ったんだよね」
(――私の、この、焦げ茶色の髪が、綺麗……?)
これが国内最高爵位を持つ紳士の社交辞令スキルか。
忌避の対象であるこの髪すら平然と褒めることができるらしい。
あ、その後うまく付かなくて眉を下げたところまで、鮮明に思い出してしまった。後から悶絶したんだっけ?あの女たらしめ。
(あー、余計なことまで思い出した。……こんな冷たい床に座って何に浸っているのかしらね)
明日も2話投稿予定です!




