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11. 無になるのよ。仕事相手は公爵様



 早いもので三日経過した。

 いやあ、大変だった! 楽しかった!


 あんなに良質な魔石に転写することなんて、一生に一度だってなかったはずだ。魔石が、指先から素直に陣を受け取ってくれるような感覚は初めてで、仕事が捗る捗る。ああ、爽快だった。お陰で三つ魔石を用意できた。


 三日目、また明け方まで作業して家に帰り、数時間仮眠をとって研究室に戻った。サラがとても微妙な顔をしながら化粧をしてくれたのがとても印象的だ。

 鏡に映った私は、さすがに顔色がいいとは言えなかったけれど、琥珀色の目は輝き充足感あふれる表情だったと思うのに。

 ――ん?それが人間離れでもしているのか……?


 まあいい。それより仕事だ。来てくれる方々に「王太子殿下が変な女を雇った」と思れないように、淑女の仮面を被っていようと思う。


 

 自分の研究室で準備をしていると(仮面ではなく、仕事の話)、談話室から色めき立った声が聞こえた。


(リネット……! 今日のお客さまは王太子殿下のお客さまよ!)


 場を取りなさなくては、と慌てて談話室に飛び出す。あくまで淑女の動作でだ。


「え……?」


 ドアノブに手を掛けた中途半端な体勢で、謝罪を告げようと開いた口は間抜けな声を漏らした。


「やあ、エマ嬢。本プロジェクトの担当を王太子殿下から任されたんだ。今日からよろしくね」


 柔らかく波打つ金髪、澄んだサファイアのような瞳、すっと通った鼻筋の先は薄い唇。完璧なパーツが完璧な配置をとる、一度見たら忘れられない美しい男性が、見慣れない紺色のローブを着て立っていた。


(ルシアン様……)


 なかったことにしてみせると息巻いたけど、それはこれまで通りほぼ会わない関係であればであって、仕事で会うことは想定してなかったのですが……?


 ええ、魔石を愛すことは私の人生なのでその指針は変わらないとしても、顔を見て何も思わないほど私は鋼の精神だったかしら。

 いいえ、やるのよ。

 隠して、気を逸らして、無になるのよ。


「あ、俺もいるよ」


 ルシアン様の影からひょこりと顔を出したのは、明るい橙色の髪と、茶目っ気のある翠色の瞳のエバンス様だ。


「顔色が悪いね。……ごめん、無理させてしまったかな」


 ルシアン様は柳眉を下げた。

 

(え!?)

 

 淑女の仮面、もとい化粧が上手く機能していないのは普通に恥ずかしい。サラの腕前は信じているし、隣のエバンス様はきょとりとしているので、この人が鋭いのだろう。


(これが世慣れした男性……!)


 まじまじと見つめてくる青の瞳に大人しく映る勇気はない。これは速やかに仕事の話を進めるべきだ。

 

 ちなみに二人を案内してきた所長は、私達を知人と見てか完全に空気だ。彼は一つ頷いて、後はよろしく、と軽い足取りで戻っていった。

 所長の心労を少しでも軽くできたのなら嬉しいけれど、正直私は今微妙な状況です。だって化粧を指摘された後なのよ。


「滅相もありません! 仕事なのでこう言っては良くないとは思いますが、楽しませていただきました。この顔は……むしろ達成感に溢れる顔です。では、こちらにお入りください」


 ルシアン様は神妙な顔をして、入室を促す私に顔を寄せた。


「僕がよく見ていただけだよ。心配で不躾になってしまったみたいだ。どうか、気にしないでね」


(いや、ずるくないですか!?)


「わあ、これはずるいねえ。俺は顔色はぜんっぜんわからなかったけど、今、耳が赤いのはわかるよ」


(エバンス様は黙って!)


 逃げるように私の狭い城に男性二人を通したが、なんだか窮屈だ。魔石の入ったケースを机に置き、魔法錠を開ける。


「こちらが用意できた転写済の魔石です。魔力の保有量が多いもの、少ないもの、その中間のものを選んでいます。こちらで今日の検証には足りますか?」

「ありがとう。結界の効果範囲や耐性を見たかったから助かるよ」


 ――ところで、その紺のローブはなんですか?

 金の糸で蔦のような意匠が刺繍されていて、高貴だ。


 視線に気づいたのか、ルシアン様は優しげに答えた。


「ああ、これ? 僕は今日、宮廷魔術師の立場で来ているんだよね。王族が主導するプロジェクトだから、その表明かな」

「王太子殿下の計らいだよ。これでフォード嬢も表立って悪口、言われなくなるんじゃないかな」


 なるほど。王太子殿下がバランスがよくできた人物というのは本当のようだ。ルシアン様が信頼されているようなのだから、折り紙付きね。


 ……そうか、これは宮廷魔術師の制服。

 過去の偉人ソクテが、「知性とは蔦が伸びるように自由に、蔦が絡まるように複雑に折り合い、未来永劫続くものだ」と残した。王宮の知性である彼らにぴったりの意匠なのだな。


 ルシアン様にとてもお似合いでかっこ……、げふんげふん。しっかりしてエマ、『無』になるのよ。何のために、ソクテのうんちくを引っ張り出したと思っているの。


(あれは……ただの布! ルシアン様にに最高に似合っているだけの、そう、それだけの、ただの布!)


 理性を保とうと、手元の揃った資料をさりげなく整える。

 ――エバンス様、ニヤニヤしないで。


「そんなに気負わなくて大丈夫だよ、エマ嬢。君の研究を信じているし、この仕事は君一人ではない。専門とは言い難いけれど、これでも知識はあるつもりだよ。頼ってね」


 ――ルシアン様!完璧なフォローをしないで!!


 私はあなたほど魔法に長けて、多岐にわたる知識を有して、頼もしい人を他に知らないの。

 この人は学生時代、ここまで泰然と余裕のある男性だったかしら。


 そんな彼に、投げかけられたのは確かな信頼だ。こんなの、普通で居られる人はいるのかな。

 ――いけない。本当にだめよ、エマ。


 やはり精神力が試される仕事であることは間違いない。

 


◆◆◆


 

 実証は南の森で行うことになった。特に温暖な南の森は、魔物の数も少なく攻撃性も低いらしい。


 ここから普通に向かうと遠いため、一度ルシアン様の転移で騎士団の南の拠点へ飛び、そこから馬車を使うよう手配が済んでいるとのことだ。


(転移は着地点に誤差が大きく生じるものだし、魔力の消費も相当のはず)


「拠点に目印があるのですか?」


 ルシアン様は目尻を緩めた。


「うん。そうだよ。僕の場合は自分の魔力を帯びたものだね」

「そうそう。だから、ルシアンの子供の頃の玩具なんかが、着地点には置いてあるんだ」


 自分の魔力を意図的に帯びさせることは難しい。大抵の場合は魔力に耐えきれず壊してしまうからだ。


(反対に、身近に置いていたり、良く触るものは、長い時間をかけて魔力を吸収するのよね)


 子供の頃から持っているもの、というのは理にかなっているのかもしれない。


「南の拠点までかなり距離がありますよね? 三人も転移させて大丈夫なのですか?」

「うん、問題ないよ。今日は討伐もないしね。ただ、場所の固定と魔力温存も兼ねて、目的地まで一度には飛ばないことにしているんだ。手間だけどよろしくね」 

 

 ルシアン様は、右腕を水平に伸ばし、手の甲を上に向けた。中指には指輪が嵌っている。

 彼は口の中で何やら呪文を唱えると、足元を中心に転移陣が展開し、金色に発光した。


(あの指輪は、魔法陣を覚える魔道具ね。古代から伝わる貴重なものだわ……。現存するとは)


 歴史の深い公爵家には国宝級の物が代々受け継がれているのだろうか。私からすると、そのとんでもない価値のものを普通に使える神経がしれない。

 いや、魔道具は使ってなんぼだけれども。


 エバンス様は迷わず陣の中に入った。


「エマ嬢、こちらに寄って」

 

 大人しく言われたとおりにすると、「ちょっとだけ我慢してね」とがっしりとした腕に肩を抱かれた。

 ローブの胸元にある刺繍に頬が触れ、体温やら、香りやら、鼓動やら……。

 ゔ〜〜、と内心唸るに留める。無……、無よ……、私は無。正しく思考停止させた。


「少し、自由落下の気分を味わうかも。実際落ちはしないのだけど、初めてだと戸惑うかもしれないから」


 だから、肩を抱いたのですね。承知しました。 


「いくよ」


 凛とした声と共に転移が発動した。



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