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第十五章:時代の断層


 一九九四年。

 極彩色に膨れ上がった都会の喧騒は、目に見えないひび割れから急速に熱を失い始めていた。

 狂乱の終わりを告げるように、街を覆っていた華やかなネオンはどこか白々しく映り、人々の足取りには実体のない不安が影を落としている。


 三十代半ばを迎えた私は、世田谷にある古びたアトリエで、朝から晩までキャンバスに向かっていた。

 中堅画家として名前が知られるようになり、定期的な個展や装丁の仕事も増えた。

 けれど、外側の慌ただしさとは裏腹に、私の内側には奇妙な「沈黙」が広がり始めていた。


 「……っ、またか」


 絵の具を練ろうとした瞬間、右手の親指の付け根に、刺すような痛みが走った。

 筆を落とし、私は自分の右手を見つめる。

 指の節々は画家としての年月を物語るように太くなり、長年の酷使による腱鞘炎が、時折こうして牙を剥くようになっていた。


 (肉体の限界……)


 ふと、あの白い病室で、徐々に自由を奪われていった幸子の姿が脳裏をよぎる。

 私の痛みなど、彼女が味わった絶望の数分の一にも満たないだろう。

 けれど、思うように動かない指先が、キャンバスとの間に物理的な隔たりを作るもどかしさは、表現者にとってこれ以上ない恐怖だった。


 若さという無敵の鎧を脱ぎ捨て、私たちは否応なしに「衰え」という現実の断層に突き当たる。

 時代がバブルの崩壊とともにその虚飾を剥ぎ取られていくように、私の身体もまた、過剰な情熱だけでは支えきれない局面を迎えていた。


 私は湿布を貼った右手で、引き出しの奥に眠るあの「折れた面相筆」をそっとなぞった。

 

 「サッちゃん……。あなたが見ていた景色に、私は少しずつ近づいているのかな」


 不自由さの中でこそ見える光がある。

 幸子が最期に辿り着いたあの静謐な碧の境地に、私はまだ、足を踏み入れることができずにいた。



 「無理をしましたね。画家の職業病と言えば聞こえはいいですが、このままでは本当に筆が持てなくなりますよ」

 

 世田谷の静かな通りにある整形外科。

 担当の理学療法士は、私の右手の強張りを確かめるように、ゆっくりと圧をかけていく。

 指の付け根に走る鈍い痛み。

 私は顔をしかめ、処置室の天井を見上げた。

 かつて幸子が、膝の拘縮こうしゅくを和らげるために傾斜台に乗せられ、曲がった膝を無理やり伸ばされていたあの光景が、不意に鮮明な色彩を持って蘇る。

 

 「……これくらいの痛み、なんてことありません。かつての友人は、もっと辛い治療を毎日受けていましたから」

 

 「他人と比べても意味はありませんよ。痛みは、その人の身体だけが知っている絶対的なものです」

 

 療法士の手は、驚くほど温かく、そして力強かった。

 彼は私の手のひらを広げ、一本一本の指を丁寧に解きほぐしていく。

 そのリズムに身を任せていると、ふと、幸子が一時的に歩けるようになったあの夏の日のことを思い出した。

 

 理学療法士に支えられ、汗を流しながら、震える足で一歩を導き出した幸子。

 あの時の彼女の顔には、どんな名画にも勝る「歓喜」があった。

 

 「歩けるって、空を飛ぶよりすごいことなんだよ、和子ちゃん」

 

 そう言って笑った彼女の、細い足の感触。

 これまで私は、彼女の「心」を描こうとしてきた。

 けれど、自分の指が動かなくなった今、初めて私は彼女の「肉体」がどれほど過酷な戦場だったかを知ったのだ。

 

 「……先生、私、また描けますか」

 

 「描く方法はいくらでもあります。筆が持てなければ、指で。指が動かなければ、口で。……あなたの友人も、そうやって何かを繋ごうとしたのではありませんか?」

 

 療法士の言葉は、今の私に重く響いた。

 一九九〇年代という冬の時代が訪れようとしている。

 けれど、不自由さの中にこそ、真実の光は宿るのだと、私の痛む右手が教えてくれていた。

 


 アトリエに戻った私は、これまで使い慣れた平坦なイーゼルを隅に追いやり、特注した大型の傾斜台を部屋の中央に据えた。

 それは、かつて病院の訓練室で幸子が身を預けていた、あのリハビリ用の傾斜台にどこか似ていた。

 

 「……重いな」

 

 角度のついた製図板にキャンバスを固定し、私は改めてその前に立った。

 右手の腱鞘炎は、筆を速く動かすことを許さない。

 これまでは勢いと情熱に任せて、指で叩きつけるように描いてきたけれど、今の私にはその「力」が欠けていた。

 

 私は、新しい筆を一本、添え木をするように慎重に握った。

 

 (サッちゃん。あなたは、この一センチの線を引くのに、どれだけの呼吸を整えていたの?)

 

 かつて幸子が、震える手で一点の光を描き出すために、数分もの時間をかけて集中していた姿が目に浮かぶ。

 今の私に必要なのは、都会のスピードに合わせた「速さ」ではなく、不自由を受け入れた先にある「極限の静寂」だ。

 

 私は傾斜台に寄りかかるようにして、一筆を置いた。

 痛みが走る。

 けれど、その痛みのおかげで、キャンバスに触れる筆先の微かな抵抗が、驚くほど繊細に脳に伝わってくる。

 

 一ミリ進むごとに、色が布に染み込んでいく。

 かつては一瞬で塗りつぶしていた背景が、今は一時間の格闘を必要とする。

 けれど、そうして置かれた色は、かつての私の絵にはなかった、深い「祈り」を帯びていた。

 

 それは、描くというよりも、キャンバスの上に命を少しずつ「置いていく」ような作業だった。

 一九九〇年代の冷たい風がアトリエの窓を叩く中、私は不自由な右手とともに、幸子がかつて見ていた「時間の進み方」を、ようやく手に入れようとしていた。

 


 「衰えた」「キレがなくなった」


 美術雑誌の片隅に躍る批評家の言葉を、私はアトリエの隅に放り投げた。

 指先をかばい、一筆に時間をかける私の新しい絵は、皮肉にもかつての「和子らしさ」を期待する人々を失望させていた。

 都会のスピードがさらに加速する中で、私の歩みはあまりにも遅く、静かになりすぎていたのだ。


 そんなある日の午後、アトリエの呼び鈴が鳴った。

 扉を開けると、そこには二十歳前後の一人の女性が立っていた。

 かつて銀座の画廊で、私の筆を受け取ったあの車椅子の少女だった。


 「和子さん、お久しぶりです。……約束通り、私の碧を持ってきました」


 彼女は車椅子ではなく、一本の杖を手に、自分の足でしっかりと立っていた。

 彼女が差し出したのは、小さなキャンバス。

 そこには、私がかつて描いた『共鳴の碧』とは似ても似つかない、燃えるような朱色を孕んだ「夜明けの光」が描かれていた。


 「……これ、あなたが描いたの?」


 「はい。和子さんに筆をもらってから、毎日毎日、一ミリずつ動かして。……私の指は、和子さんや幸子さんみたいには動かないけれど、この筆は、私の『生きたい』っていう気持ちを、ちゃんと色に変えてくれました」


 その絵には、若さゆえの荒々しさと、同時に死の淵を見た者だけが持つ、透き通った強さがあった。

 

 私は、自分の痛む右手をそっと握りしめた。

 私のスタイルが変わったのは、衰えではない。

 幸子から私へ、私からこの少女へ。

 筆というバトンが渡されるたびに、表現は形を変え、より深く、より切実な場所へと潜っていくのだ。


 「ありがとう。……迷っていたのは、私の方だったみたい」


 彼女の絵が放つ力強い光に照らされ、私は自分の傾斜台へと向き直った。

 時代がどう変わろうと、肉体がどうあろうと。

 この少女が証明してくれたように、一筆に込める執念だけが、断層を超えて誰かの心に届くのだ。





 一九九五年、一月。

 大地が激しく身悶えし、それまでの価値観を根底から覆すような悲劇が列島を襲った。

 テレビに映し出される、瓦礫の山と化した街。

 燃える空。

 昨日までそこにあったはずの「日常」というキャンバスが、無残に引き裂かれた光景に、日本中が言葉を失った。


 私はアトリエで、震える右手を見つめていた。

 表現者として何ができるのか。

 私の描く「碧」は、大切な人を失い、明日への希望を失った人々の前で、ただの虚飾に過ぎないのではないか。

 そんな葛藤の中、私はあの時筆を贈った少女――今は美大に通う彼女からの一通の電話を受け、兵庫県の避難所へと向かった。


 「和子さん、見てください。空が、あんなに綺麗なのに……」


 被災地の小学校の校庭で、彼女は子供たちに囲まれていた。

 冬の透き通るような空の下、子供たちは泥だらけの手で、ありあわせの画用紙に色を乗せていた。

 彼らが描くのは、壊れた家でも、燃える炎でもなかった。

 それは、どこまでも続く、真っ直ぐな「青い空」だった。


 「サッちゃん……」


 私は思わず呟いた。

 不自由な身体で、病室の窓から必死に空を仰いでいた幸子。

 彼女が求めていたのは、同情でも憐れみでもなかった。

 ただ、自分を束縛する過酷な現実の向こう側にある「自由」と、そこに繋がっているという「確信」だった。


 私は、痛む右手に筆を括りつけた。

 もう腱鞘炎をかばう必要などなかった。

 私は、大きな模造紙を校庭に広げ、子供たちと一緒に這いつくばって、青い絵の具をぶちまけた。


 「みんな、描こう。この空は、どこにいても、どんな時でも、僕たちを繋いでくれているんだよ」


 一九七〇年代に幸子が憧れた空が、時を超え、震災に打ちひしがれた子供たちの手によって、力強く再生されていく。

 私の指先から溢れる碧は、もはや私一人の表現ではなかった。

 それは、絶望の淵に立たされた命たちが、再び明日を信じるための、祈りの断片だった。



 子供たちと描き上げた巨大な「空の絵」が、避難所の冷たいコンクリートの壁に掲げられた。

 ありあわせの青、余っていた白、そして泥に汚れた黄色。それらが混ざり合った画面は、決して洗練された芸術ではなかったけれど、冬の西日に照らされたその絵は、凍てつく体育館の中に確かな体温を灯していた。

  

 「……綺麗な空やねぇ」

 

 車椅子に乗った一人の老婆が、絵の前で足を止めた。

 彼女は、家も、そしておそらくは大切な誰かも失ったのだろう。

 深く刻まれたしわに覆われた顔を上げ、眩しそうに絵を見つめている。

 

 「和子ちゃん、ありがとう。……心が、洗われるようやわ」

 

 老婆のその微笑みを見た瞬間、私の右手の痛みは霧が晴れるように消えていった。

 

 (あぁ、そうか。サッちゃん、先生……)

 

 私はようやく理解した。

 画家としての名声や、肉体の自由、完璧な技法。

 そんなものは、命が震えるこの瞬間に比べれば、すべて瑣末さまつなことだったのだ。

 不自由を知るからこそ、自由の尊さが描ける。

 絶望を知るからこそ、光の温かさが刻める。

 

 幸子がかつて一九七〇年代の病室から送り続けた碧いシグナルは、二十年以上の時を超え、震災に揺れるこの街で、誰かの生きる糧として結実した。

 

 「和子さん。見てください、二十一世紀がもうすぐそこです」

 

 隣に立つかつての少女が、夕闇に染まる水平線を指差した。

 一九九〇年代という断層を越え、私たちは再び未知の時代へと足を踏み入れようとしている。

 私の肉体はこれからも衰え、筆を持つ指はさらに不自由になるかもしれない。

 けれど、私の魂という筆は、今、かつてないほど自由な碧を描き出そうとしていた。

 

 「いこう。新しい空を、描きに」

 

 私は杖をつく彼女の肩を抱き、瓦礫の間から見上げる夜空に、一筋の真っ直ぐな、そして永遠に色褪せない希望の線を引いた。

 


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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