第5話――山咲と山咲のみんなを嫌いにならないで――
夢の中で、さらにシーンが変遷する。
またも病室だ。ただしこの場景は山咲の病院ではなく、東京の都立病院の個室。すなわち母が発病する前だから、トラが事故に遭った直後くらいであると推測できる。
トラのベッドの前、丸椅子に座って自分の指をいじっているのは、山咲から来たという男だった。歳の頃は二十代後半といったところ。どうも山咲の青年団の団長に就いているらしく、この度の事故について、トラとトラの家族に謝罪しにきたという。
「その、大変なことになって、ごめんな」
男の声は柔らかいけれど、同時に芯をもち合わせている。
「いえ……別に。だって僕、山咲のせいでトラックにぶつかったわけじゃないです」
「うん……さっき、大河くんのご両親にも同じように言われたよ」
「トラでいいですよ。みんな、大河がタイガーと似てるから僕をトラって呼ぶんです」
「そっか、じゃあトラくん。この度は、申し訳なかった」
「だから……」
このままじゃ堂々巡りだ。男も同じように感じたらしく、二人はしばし無言となった。
「でも、なんで山咲の人が謝りにくるんですか?」
「そこは、東京とは違うところかな。あの事故は個人が起こしたものだけど、山咲では、地域全員の責任だっていう考え方もあるんだ」
男の言うことが、幼いトラにはよくわからない。トラが首をひねると、男は乾いた愛想笑いを一つした。
「胃とか腸は大丈夫だって聞いたから、これ、よかったら食べてくれないかな」
男が渡してきたのはお菓子の箱だ。カタカナで『カメヤマロールケーキ』と書かれている。
「クリームの部分がペンギン型になるよう、お店にお願いしたんだよ」
「え、ペンギン」
「食べる時、ちょっとかわいそうかもしれないけどね。でも、トラくんにはペンギンの元気をもらって、早くよくなってほしいんだ。山咲のみんなからのメッセージなんだよ。だからどうか、山咲と山咲のみんなを嫌いにならないで」
「嫌いなんて、そんな」
そうは言ったものの、トラの心の中には唯一許せない人間がいた。
それは、トラにぶつかってきたトラックの運転手ではない。運転手は交通ルールを守ってトラックを走らせていた。問題は、事故の原因をつくった『人間』の方だ。
「ありがとう、トラくん」
男は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「また来るよ。今度は、もっといいお土産を用意してくる」
その男についてトラが覚えているのは、くたくたになったチェックのシャツと、気のよさそうな丸眼鏡だけである。結局、男は二度とトラの前に現れなかった。
そこで、トラの二本立ての夢が、覚めた。




