第4話――怖いけど、頑張ろう――
その夜。トラは夢の中で、ペンギンと熊との再会を果たした。
といっても丸めたはずの紙から動物たちが飛び出してきたわけではない。ペンギンと熊のぬいぐるみが、トラの目の前に差し出されたのだ。
「はい。お父さんがUFOキャッチャーでとってきてくれたんだって。一つずつしよう。トラはどっちがいい?」
今の個室とは違い、四人部屋の病室。揺れるカーテンの向こうから顔を出したのは、死んだはずのトラの母だった。
「どっちにしようかな……」
ペンギンは羽をパタパタとやっているのがいい。熊の瞳はつぶらで、かわいい。
「じゃあ、ペンギンで」
トラはずいぶん悩んで、好きな海洋生物の方を選んだ。
「よし。今夜からお互い一緒に寝ること。寝ぼけてベッドから落とさないようにね」
「うん」
トラは手渡されたペンギンを高々と上げ、陽光に照らした。細かい毛から塵芥が飛び散る。トラはペンギンを胸でぎゅっと抱いた。
「ねえ」
ぎょっとした。まさか母がまだベッドに戻っていないとは思っていなかったのだ。今、ペンギンに愛情の全てを注いでいた瞬間を見られたのかもしれない。恥ずかしい。
「お母さんの病気、けっこう重いんだって」
母は、何気ないふうに言った。
「でもお母さん、ずっと生きていたいな」
トラと母は、同じ病室に入院していたこともあり、毎日たくさんの話をした。母はテレビの難しいニュースもわかりやすく教えてくれるし、即興で物語をつくって聞かせてくれることもある。二人で過ごす日々は、トラにとって幸せだった。トラは事故、母は病気で同じように肺に患っていたが、トラはちっとも寂しくなかった。
なのにその母が、生きていたい、とわざわざ口に出している。
「母さ……」
その言葉はトラの喉の奥に引っこんだ。母の目から涙が垂れ、シーツに灰色の染みをつくっていたのだ。
「お母さん、生きていたいよ。トラがどんな大人になるのか、見てみたいもん」
気づけば、トラは母の手を強く握っていた。
ありったけの力を込めた。透けるように白い母の指に、自分の指を絡める。
「母さんは治るよ」
「うん」
「絶対、治るって。僕の肺の穴も、そのうちなくなっちゃうと思うな」
「そうだね」
「泣いてたら身体に悪いよ」
「トラの言うとおりね。なにやってんだろ、わたし」
母はそっと指を離し、目を細めた。トラのベッドから腰を外し、今度こそスリッパを履いて背中を向ける。
「怖いけど、頑張ろう」
母はそう言って、えいえいおーのポーズをとった。
その時母が言った「怖い」というのは、自分が死んでしまうことへの恐ろしさなのか、あるいはトラの成長を見届けられない不安なのか。結局はわからなかった。
ただ、手元のペンギンが、無垢な目でしげしげとトラを見つめていた。




