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マイン ~僕を導いてくれた場所~  作者: 木野かなめ
第三章――坑道(マイン)へと続く謎――
30/60

第1話――ニューヨークに行きたいか――――っ!?――

 (おん)に協力すると決めた日から数日が経ち、週末になった。夏休みは目の前、学校に登校するのも、後は週明けの終業式を残すのみだ。


 花ヶ原(はながはら)という場所にこじんまりと佇む店の中、トラと温はテーブルを挟んで座っていた。テーブルの上には、どんぶりに盛られた一合弱ほどの飯。その米は炊き立てのようで、ひと粒ひと粒がつやつやと輝いている。


「これが名物、ですか?」

「いいえ。お米もおいしいのですが、名物は他にあるんですよ」


 んー、と首をひねる。今日は温が、地元である花ヶ原の名物を紹介してくれると言うのでトラは自転車を漕いで延々と南に進んできたのだ。もちろん名物の紹介を受けることが直接の目的じゃない。要は、まずは『おにいちゃん』がいなくなってしまった花ヶ原のことを詳しく教えてもらうことが第一の目的だ。そもそも『おにいちゃん』を探すといったって、なにも知らないトラとしては雲を掴むような話なのだし。


 花ヶ原は、亀山(かめやま)とはちょうど逆で、吉田川(よしだがわ)の下流にある古い町だった。事前に父に聞いた話では、つい数年前まで鉱山で栄えた町だったという。しかしトラが山咲(やまざき)病院に入院している間に鉱山は閉山、それにともなって主立った鉱員は地方へと引き上げたため、今の花ヶ原は時間が止まった町になっているらしい。山咲から吉田川沿いに三十分ほど自転車を走らせ、七つ目の緩い曲がり道を抜けた時、川向かいに赤茶色をした屋根の群れを見つけた。その隣にある小高い丘の上で、米粒ほどの大きさの温が手を振りまくっていた。


「ほら、トラくん。名物が到着しましたよ」


 温の声で意識が現在に戻る。なんだろうと思ってテーブルの上を眺めると、そこには手でくぼみをつくったくらいの器があった。中には一つの卵。

 はて。温はそう悩むトラを見ては微笑し、卵をコンコンパカリと割った。どんぶりの中央に注がれる、黄色の輝き。


「これって、卵かけご飯じゃないんですか?」

「そうです。花ヶ原は卵かけご飯発祥の地なんですよ。ほら、これも見て下さい」

 温が一つずつ優しく指さす小瓶にはそれぞれ、調味料の名前が書かれている。黄韮(きにら)胡麻(ごま)紫蘇(しそ)(ねぎ)海苔(のり)。どれも米に合いそうな味だ。

「卵かけご飯をそのまま食べてもおいしいですけど、薬味を試してみると面白いですよ」

「へえ――」


 トラは温の向いから身体を乗り出し、ん、と気づいた。

 温との距離が近い。いつの間にかトラの顔は、温の呼吸すらも聞こえる場所にあった。トラは頬を赤らめて顔を背ける。


「? どうしたんですか?」

「いえ、別に」

 トラは平静を装って答える。だけど正直、トラはびっくりするくらいに緊張していた。


 この前はすくねと二人で亀山に行ったけど、あれはすくねに半ば脅されて同行したようなものだ。だけど今日は、自らの意志で温と休日を過ごそうと決めたわけで。

 トラは長い間病気をしていたというのもあるのだけど、女子と遊んだことなんて数えるくらいしかない。それも、基本的には複数でのかくれんぼとかままごとだ。女子と二人で遊んだ記憶は……いくら頭をひねっても、たぶん出てこない。

 山咲中学のクラスの男子はよく、好きな女子の話をしている。髪の短い女子が好きだとか、背の高い子が好みだとか、場合によっては具体的な女子の名前も出たりする。すくねがいいって言う奴もけっこういるんだ。あの凶暴なすくねが実はもててたりするんだからわからないもんだな。ま、見てくれは悪くないと思うけど。

 トラは、女子に興味がないわけじゃない。『好き』っていう気持ちを語るにはレベルが足りないみたいだけど、きれいな女の子を見たら胸がざわつく。だけどやっぱり異性とふたりきりというのは恥ずかしい。特に今日の相手は温だぞ。容姿は他の女子と一線を画している。まさに姫。これで、緊張しないでいろっていう方が無茶な話だ。


「おいしいですね」

「はい。僕、調味料は濃い方が好きみたいです。胡麻か紫蘇がおいしかったかな」

「それはよかったです」


 今日のこれって、はたから見たらデートなのだろうか。でも、トラは温の過去の謎を解いてあげたいから花ヶ原に来たはず。温もきっと同じように思っているだろう。それでも万が一の可能性を期待してしまう自分を殴りたくなる。


 卵かけご飯を食べ終えた温は、群青色をしたハンドバッグからノートとペンを取り出した。まさか、と思う間もなく温の目元がほころぶ。


「それではアンケートをとらせていただきます。今日は協力してくれますよね?」

「……ど、どうぞ」

 パチパチパチ、と一人拍手。協力もなにも、トラに断る理由は特にない。

「好きな花はなんですか?」

「えっと……桜ですかね」

「食わず嫌いってあります?」

「どうでしょう。セロリとか食べた記憶がないですけど」

「ネズミについて、なにか思うところがあれば教えて下さい」

 なんだこれは。アンケートの内容に、まったく一貫性がないぞ。

「かわいいと、思います」

「夏の『適温』といえば何℃?」

 温のアンケートはとにかく素早い。こちらが答えるなり、間髪入れずに出題してくる。

「夏の……? さあ、25℃くらいじゃないでしょうか」

「好きな扇風機はなんですか?」

「はあ? 好きな扇風機?」

「そうです。形でも、メーカーでも、トラくんの観点で答えて下さい」

「じゃあ、白いやつで」

「なるほど、色できましたか。ちなみに……ニューヨークに行きたいか――――っ!?」

「なんですかそれ!?」

「ファイヤ――――――ッッ!!」

「温さん……」


 それから――、二時間。


 テンションを上げた温はひっきりなしにアンケートをぶつけてきた。目は爛々と輝き、回答をメモる手も神業のごとく速い。どの辺りで区切りをつければよいのか悩んでいたトラだったが、温が「これで500問ですね」と言ったので思いきって温の手首を掴んだ。

「こ、これくらいにしておきませんか」

 温の腕は細いのに、柔らかくてすべすべしている。トラは触れてはならないものを掴んでしまったようにも感じ、わずか一秒で手を離した。

「そうですか。ちょっと休憩ですね」

「いや、休憩とかじゃなくて……あっと、あの建物はなんですか?」

「ん?」


 二人して目をやる先には、古い町並みには似合わない、モダン的な白い建物があった。


「あれは、花ヶ原の歴史資料館ですよ。行ってみますか?」

 ほう。トラは花ヶ原のことを調べに来たのだから、資料館には行っておいた方がいい。


 卵かけご飯専門店の会計を済ませ、花ヶ原公園の芝生を突っきる。自動ドアをくぐると冷房の風が首筋を撫でて、蝉の音は遠くに消えた。妙に耳が落ち着かない。トラと温は入館券を買って、若紫色をしたタイルを奥へと進んだ。


挿絵(By みてみん)

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