第7話――アンケート委員会の活動なのです――
その場にいる全員の注目が、一人の女子へと向いた。
突如として現れたその女子の背丈は170センチ近くあり、制服で圧迫された胸は相当な量感を有している。しかしウエストはどちらかというと細身の方で、鼻も小ぶりだ。色っぽい唇にとろんとした目尻。壮麗に流れるロングヘアーは、どこかの姫と形容してもおかしくないくらいだった。
「あれ? あなたは初めてましてですね?」
「え……」
女子の目は明らかにトラに向けられている。トラは鼻で息を吸った後、「えと、はい」と答えるしかない。
「わたしは三年の藤原温と申します。ここで争われては困ったことになってしまいますので、申し訳ありませんが止めさせていただきました」
「困ったこと?」
「はい。ぜひ、これに回答をいただきたいのです」
温は屈託のない笑みを浮かべながら、一枚の紙をトラに手渡してくる。なんだろう。その紙には、『氏名』『学年』『好きなラジオ番組』『曇りの日にはなにをしたいか』と書かれている。
「これ、なんですか? 僕は二年の在布大河……あだ名はトラなんですけど、ラジオとかは特に見ていませんよ?」
「まあ、トラくん、ですか」
温が健康的な白い歯をのぞかせて、トラに顔を近づける。髪先からいい匂いがして、トラは思わず一歩後ずさった。近い、近い。
「これはですね、アンケート委員会の活動なのです」
「アンケート委員会? そんなのあるんですか?」
「はい。その名のとおり、アンケートをとって集めるという委員会です」
生徒会の活動の一環だろうか? そう納得しようとしたトラの前に、すくねの肩がずいと割りこんできた。
「あんた、この先輩は相手にしなくていいわよ」
「……なんで?」
「あら、尾崎さん、そんなこと言わないで下さいよ」
間の抜けた声を出す温を、すくねはきつく睨みつける。
「アンケート委員会なんか、この学校にないんだから」
え、そうなのか。だったら温の言う『委員会』というのは?
「やってるのはこの人だけよ。馬鹿な委員会を、馬鹿な先輩一人でね」
「まあ、そうですけど……」
温は困った顔で、人差し指を唇に当てる。
「そうです、じゃないわよ。ひとりごと言いながら通学する。体育の授業は勝手に抜け出す。お昼ご飯も一人で食べてる……そんなの、完璧な変人じゃないの」
「わたしは、変人、なのでしょうか? アンケートを書いてもらっているだけなのに?」
「そうよ。毎回毎回変なアンケートを押しつけてくれるけど、誰も返さないでしょ? みんなあんたに関わりたくないのよ」
すくねは細い眉毛を歪めて温を拒絶する。
だがトラはすくねの言い分をすぐに呑みこむことができなかった。たしかに体育の授業を勝手に抜け出すのはよくないかもしれないが、昼食をどのようにとろうがそれは個人の自由のはず。通学途上でなにかを呟こうが、別に誰かに迷惑をかけているわけではないだろう。そもそも、すくねの言い方は一つ上の先輩に対して適切なものじゃない。
「ありがとうございます、藤原先輩」
トラは短く言って、くしゃくしゃになった答案を拾った。そのまま逃げるようにクラスメイトの群れに突っこむ。トラの進路がパカッと開いた。このまま僕がここから離れてしまえば、温とすくねのいさかいも終わるだろう。そう思い、閑寂という最悪の『音』を脳に呼びこみながら、社会科準備室の前を離れたのだ。
「あ、トラくん。ちょっと」
温が背中の向こうから呼びかけてきたが、聞こえない振り。段階的に足を早め、気がつけば校門までほぼ全力疾走していた。校門の前を、石屋の営業車が通り過ぎていく。
きれいな人だったな――。
答案を馬鹿にされたことよりも義夫が降伏したことよりも、温の容貌を先に思い出してしまう。トラはそんな自分に、わずかな情けなさをも感じた。




