第5話――あんた、えらい自分勝手ね――
トラはけして、嬉しくないことはない。チームが勝ったのだ。それが一番なのだから。
だけど当初の意気込みとは逆に、自分がチームにまったく貢献できなかったことに対して悔しさを覚えていたのも事実だ。もっといえば、悔しいというよりは自分の非力に失望したような気持ちだった。
うなだれながら、校舎へと戻ろうとする。
「待ちなさいよ」
氷点下のような声に頭を上げると、そこには嘲笑を浮かべたすくねの姿があった。
「……なんだよ」
「あんた、えらい自分勝手ね」
ぐ……、と言葉に詰まる。たしかにトラはフォワードとしての役割を果たすことができなかった。だけど、チームは勝ったのだからいいじゃないか。
「尾崎さんがわかってないだけなんじゃないの?」
「はぁ?」
すくねは足早にトラに近づき、下から鋭くねめつけてきた。
「あたしはサッカーのプロじゃないけどね。見てりゃわかるわよ。あんた全然うまくないじゃない。だったらせめて、ディフェンスで身体張ったらどうだったの」
「フォワードがいなくなるだろ」
「あんたがずっと前にいるから、誰も前に出られなかっただけよ」
「想像で言わないでほしいな。そもそも前線にボールがほとんど出ないんだから、僕だってやりようがなかったんだけど」
トラの声色に、だんだんと本気の色が乗っかってくる。
「あら、ボールならヨッシーがとったじゃない。あんたには渡さなかったけどね」
すくねは、トラを蔑むように言った。
トラの背中にさぶいぼが立つ。怒りが皮膚を這って頭へと上っていく。チームが負けたわけじゃないのに、どうしてここまで言われなくてはならないのか。しかもすくねとは特に親しい関係じゃない。頭の中で七色の光が明滅したその瞬間、背後から声が聞こえた。
「尾崎の言うとおりじゃ」
振り返る。クラスの男子たちが四人、険しい顔でトラを取り囲んでいた。
「前線にほとんど出やんとはなんじゃ。わし、お前にパスしちゃったじゃろうが」
「ほんとに病気は治っとるんか? そもそも体育に出てええんか?」
「お前の足、ほとんど動いとらんかったのう。サッカーやるんはいつ以来なん?」
トラはなにかを返さないといけないと思った。だが、言葉は喉の入口で止まる。冷たい風がびゅうと吹いてふとももを撫でた。謝る勇気はなりを潜める。
「なんとか言えよ」
にきび面の男子が目を爛々と輝かせながら、頬を赤く染める。怒りの瞳だ。おそらくピンチの際にトラが防御に戻らなかったことに、相当怒っているに違いない。
だけど、待て。男子たちはさっき、第三試合が終わった後に歓喜の輪をつくっていたはず。もしすくねがトラに因縁をつけなければ、彼らの怒りのツボを押すこともなかった。
だったら全ての元凶は、この女子じゃないか――。
トラはすくねを射殺すように睨んだ。それくらいやってもばちは当たらないと思った。問題とは、誰かが騒いで初めて顕在化するのだ。すくねには、トラを貶める意図があったとしか考えられない。
すくねの瞳は不愉快さに満ちていた。だけどどういうわけか、つい数十秒前とは違う怒りを宿しているようでもあった。微妙な違いだ。ただ、明らかになにかが違う。すくねはトラを糾弾する言葉をひとことも発せず、片頬をピクピクと痙攣させていた。
男子たちはトラの背中に追い打ちの言葉をいくつか投げていたようだが、トラにはほとんど聞こえなかった。それよりも尾崎すくねという女子の圧倒的存在感の方が余裕で気にかかる。トラの視界の端には、そそくさと校舎に歩く義夫の姿が映りこんでいた。




