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マイン ~僕を導いてくれた場所~  作者: 木野かなめ
第二章――アンケート好きの藤原先輩――
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第4話――例えるなら、それは刃――

 復学の翌々日、トラは体育の授業の前に着替えをするため、隣のクラスへと移動した。体育のメニューは男女で別々。女子はハードル走の練習で、男子はクラス対抗のサッカーの試合だ。メンバーをチェンジしながら、十分のゲームを三回行うらしい。


 トラは新品の体操着に着替えながら、この三日間について思いを巡らせた。

 とにかく辛いのは授業と宿題だ。数学で『多項式の計算』という分野を習ったのだが、数字とアルファベットが組み合わされているものだから意味がわからない。英語はもちろん解読不可能。授業中は窓から青空を眺めているだけだし、宿題にいたってはほとんど空白のまま提出をする状況だ。


 ただ、しいて挙げればいいこともあった。

 例の、ヨッシーこと――藤田(ふじた)義夫(よしお)と話せるようになったのである。


 彼とは初日の下校の途中に、あちこちに泥のかかった古い自動販売機の横で再会した。義夫は腰に手を置き、お得缶のコーヒーを一気に喉に流しこんでいた。細長く尖った輪郭に、音符を乗せたように軽快な目つき。飄々(ひょうひょう)と佇む様はまるで、夏の巨木がごとくであった。義夫の目線は確実にトラを捕獲している。

「あれ……? 藤田くん?」

 トラは義夫を無視することもできず、半ば仕方なしにといった感じで話しかけた。

「おう、今日の新入りくんか。藤田くん、とかいらない。ヨッシーでいいから」

 その返しが、鬱々とした気分のトラには爽快に感じられたのだ。

 義夫は顎をぐっと上げ、弓形に広がる空に目をやる。

「お前、東京から来たって言ってたよな」

 義夫が缶を放り投げると、缶はごみ箱にストレートに落下して音を立てた。猫車(ねこぐるま)(農業用の三輪車)を押す男性が、遠目にこちらを見てきた。そもそも義夫の声は背丈に比例するように大きいのだから、傍目にもえらく目立つ。

「ま、早くこの学校に馴染めよ。困ったことがあったらいつでも俺に言え」

 義夫が目を細めてトラの肩を掴んで揉んだ。ものすごい力に、肩が壊れてしまうのではないかとすら危惧する。どこかの樹の上で、マミジロがキョッキョッと鳴いていた。

 トラが腕のつけ根に感じる痛さを眉間で表すと、義夫は片目を閉じてはにかんだ。

 その義夫がサッカーの授業では同じチームメイトなのだ。できれば華麗なセンタリングを上げて、義夫の高身長を生かした攻撃にもちこみたい。トラは明るい気分で運動場へと飛び出した。


 女子はもうすでにハードルをグラウンドに立てて、準備運動を始めていた。ただ、基本的には誰もが雑談を交わしており、日陰に腰を下ろして男子のサッカーの見学を決めこんでいる女子たちもいる。

 女子の視線を多少恥ずかしく感じながらも、トラは体育の先生から対抗戦の説明を聞いた。トラは三試合のうち、最初と最後のゲームに出場する。もしもニアサイドから角度ゼロのシュートを決めたらどうなるだろう。クラスメイトはトラに一目置くに違いないし、女子たちからの声援が飛び交うかもしれない。身体をほぐして調子は万全。腕を組みながら険しい目線の矢を放つすくねは無視するとして、とにかく全力を尽くそう。


 ホイッスルがけたたましく鳴り響き、第一ゲームの火蓋が切られた。

 トラは序盤から積極的にボールを追いかけることにした。わずか十分のゲームだ。体力の出し惜しみをしても仕方がない。相手のディフェンスに詰め寄り、パスミスを狙う。呼吸がスムーズに流れる。クラスメイトから男女を問わずにトラへの応援が飛んだ。

 しかし、なかなかボールを奪取できない。相手をライン付近まで追い詰めても、すぐにパスを出されてしまう。あまりに接近しすぎたものだから、パスカットも決まらない。あっという間にボールは相手チームの前線へと渡った。

 ここはラインを下げた方がいいのだろうか。

 いや、オフサイドラインのぎりぎりで、ロングパスかカウンターの機会を待とう。ゴールこそがサッカーの花形だ。とりあえず一点を決めれば、後は中盤に戻ればいい。

 ところがこの目論見は完全な誤算だった。相手チームの攻め手が途切れず、マイボールもすぐに奪われてしまう。味方からのパスが一本も入らない。トラは右手を高々と挙げて振るも、自軍は防戦一方だ。

 長い笛が鳴った。どうやら一点を決められたらしい。トラは中央に戻り仕切り直しに加わったが、またしても同じ展開が待ち受けていた。こうなると前線に張っているトラはまったくの役立たずということになる。結局、二対一の敗戦で最初のゲームは幕を閉じた。


 だめだ――。なにがだめかって、義夫がディフェンスラインに下がっているのが役不足なのだ。あの身長を生かすためにはトラとツートップを形成する必要がある。トラは次のゲームが始まる前に、縁石でひと息をつく義夫の横に寄った。


「ねえ」

「ん?」

「次のゲーム、ヨッシーも前に来ない?」

「……なんで?」

「だってヨッシーは背が高いじゃない。僕が中にボールを入れるから空中戦を決めてよ。ヨッシーのヘディングに競ってくる人はいないんじゃないかな」

「やめとくよ。俺、競るの嫌だし」

 なぜだ。今はそういうわがままを言っている場合ではない。クラスの勝利のために、義夫はポテンシャルをじゅうぶんに生かしてくれないと困るのだ。

「頼んだよ」

 トラが一方的に言った瞬間、第二ゲームの終了のホイッスルが鳴った。おや、トラのクラスは四対三で乱打戦を制したらしい。ならば、次の第三戦が決勝戦ということになる。

 トラはふとももを手ではたき、気合いを入れて立ち上がった。さっきのゲームとはチーム構成が少し異なる。キックオフのボールを巡るじゃんけんで勝利したクラスメイトは飛び上がって狂喜乱舞。決戦の時が、来た。


 ゲームスタート。トラの戦略にぶれはない。全速力で前線へと上がり、ボールを待つ。幸いにも今回のメンバーの多くは運動能力に長けているようだ。相手チームのディフェンダーをドリブルでかわし、絶妙なタイミングでパスを出した。

 三回のパス回しの先、ついにトラへとボールが渡る。足下におさめて前を向こう。だがボールはおもちゃの汽車のようにトラの足の裏をくぐり抜けていった。


 心臓がキュッとすぼまる。トラップミス――。トラは失態を取り返すべく、ボールへと突貫をかけた。

 しかしボールは相手サイドへ。反転、相手の攻撃が始まる。トラは守備に戻りたい気持ちをぐっとこらえて、あくまで攻撃の位地を変えなかった。

 すると自軍のミッドフィルダーがスライディングでボールを奪った。そのまま爪先で軽くクリアし、自由を得たボールを味方の一人が空中でふくらはぎに挟みこむ。なんと華麗なプレーか。このカットを必ずや生かさなければならない。

「こっち!」

 トラは思いきって声を張った。ゴール前ではなく、そのサイドだ。ここから義夫にクロスを上げてもいいし、ニアでシュートコースが開けばそのままゴールを狙ってもいい。

 来た。ボールがトラの胸板にぶつかる。肋骨に衝撃が響き、ぐふっと喉を震わせる。横に義夫の姿は見えない。トラはシュートを選択し、ワンタッチで右足を振り抜いた。

 しかしボールは、ゴールとはまったく違うあさっての方向へと飛んでいった。

 惜しくも、なんともない。むしろ相手のゴールキーパーが見事なキックを決め、ボールは自陣地の深いところで宙に躍った。一転してのピンチ。だがトラは動かない。戦略はころころと変えていいものではないのだ。我慢して、チームの奮闘を祈る。


 その時だった。つむじ風が巻き上がると同時に、ボールが混戦から抜け出た。しかもそのボールにくらいつくように誰かが集団を突破してくる。


 義夫だ――。


 義夫のドリブルは完全なカウンターだった。相手はキーパーとディフェンダーの二人。自チームの攻め手もトラと義夫の二人。キーパーをのぞけば、数的優位が築かれている。

「ヨッシー、ワンツーいくよ!」

 トラでいったん折り返し、相手のディフェンダーをかわす。

 その方法で、確実な一点を得られるはずだった。

 だが義夫はそのままドリブルを継続。相手ディフェンダーを抜く気だ。

「ヨッシー、こっちだって! こっち!」

 義夫はちらりとトラを一瞥した。それでもパスを出す気配はない。義夫は相手ディフェンダーを吹っ飛ばすようにして抜き去ると同時にシュートを放った。

 キーパーは咄嗟に斜め上方向へとジャンプした。これが見事に義夫のシュートコースを捉える。ボールはキーパーのパンチングで緩い放物線を描く。


 その放物線の先に、義夫のボレーシュートがあった。


 例えるなら、それは刃。上空から振り下ろすような渾身の一撃が炸裂する。ボールは相手ゴールに突き刺さり、たちまちに歓喜の輪が起こった。トラは少々複雑な思いを覚えながらもその輪に加わる。義夫はなにごともなかったかのように、無言で自ゴール付近へと逃げた。結局義夫のその一点が決勝点となり、トラのチームは見事勝ち越しを決めることができた。


挿絵(By みてみん)

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