第3話――すくねちゃん、かわいいもんね――
休み時間になると、クラスメイトたちがわらわらとトラの席に集まってきた。
「トラくんの生まれはどこ? 方言が出んけぇ、東京の方じゃろうね?」
「東京? おお、都会じゃあ。山咲にゃー、もう慣れたか?」
「きれいな色の髪じゃねえー。染めとるわけじゃなかろ? 生まれつきなん?」
トラは同年代の人の多さに驚いてまったく返事ができない。なのにトラをほったらかしにして質問タイムは勝手に進んでいく。トラは歓迎を受けているという喜びとは真逆に、完成されたコミュニティを見せつけられているようで、妙な居心地の悪さを覚えた。
――と、教室のトラの席とは反対側の席で居眠りをしている男子がいる。一人だけトラには興味なしといった感じで、自分の世界に集中しているんだ。しかしこの短い休み時間によく寝られるな、とトラは感心してしまった。
「ん。トラくん、どこ見とん?」
「えっと、別に」
「あ……トラくんが喋りよった!!」
女子連中から「キャー!」という高い声が立つ。まるで檻に入れられた珍獣の気分だ。
「トラくんは、ヨッシーを見よったんじゃない?」
「ああ、たぶんそうじゃ」
「ヨッシー?」
トラが訊くと、全員が頬を緩めて首を縦に振った。
「あれは藤田義夫。通称ヨッシーじゃ。あいつは朝がだめじゃけえ、午前中は基本的に寝よるんよ。よう見ててみい。授業中も寝よるぞ」
「え、それって……」
先生に叱られないのだろうか。それか、叱られ慣れてしまい、先生もなにも言わなくなってしまったとか。とにかくトラには、義夫はこのクラスで一人だけ異質な存在であるように感じられた。机に突っ伏しているから顔はよく見えないが、身長はおそらく180センチはある。ひょろっと長い手足が、スチール製のパイプを縫って伸びている。
「なあ、トラ」
坊主頭の男子の声で、トラの意識が輪郭をもった。
「トラと尾崎が知り合いっちゅうのは、ほんとか?」
尾崎……すくねの話か。トラは反射的に視線ですくねを探したが、教室のどこにも見つけることはできなかった。ほっと安心する。さっきの誤解を解くいい機会だ。
「そうだけど、二週間前に偶然会っただけだよ。抱きついたのは事故。わざとじゃない」
これで誤解が解けるだろうと予想したのだが、クラスメイトたちが「えーッ!?」と大声を上げた。あれ? 『ふむふむ納得』みたいなノリにならないのはなぜ?
「わし、抱きついたっちゅうのが尾崎の冗談と思っとったわ」
「まさかほんとにやっとったとはのう……」
「あいつ、けっこう乳でかかろう?」
「ばか。今は女子おるんじゃぞ。そういうのは後で言え。後で」
男子たちはヒソヒソ声で密談を繰り返し、
「やっぱり。すくねちゃん、かわいいもんね」
「男を惑わす、魔性っちゅうのがあるんじゃろうねえ」
女子たちは井戸端会議を開催する主婦たちのように頬に手を当てている。
――やっちまった。
トラが自らの愚かさを実感すると同時に、二時間目の始まりを告げるチャイムが籠もった音で鳴った。すくねが横蹴りで扉を開けて教室に入ってくる。クラスメイトたちはそそくさと自分らの机へと散った。
「義夫くん! 起きなさい!!」
先生の怒号が炸裂する。義夫は面を上げると同時に、大きなあくびを一発かました。ふわわわわわ、と実に眠そうなあくびだった。




