第1話――まあ、気負わずにいけよ――
白い花弁が舞っているのかと思った。
滑りの悪い硝子戸を強引にこじ開けると、四月の雪が遅い速度で降っていた。トラは口を開けて天を見上げる。
「すごいなぁ」
いつの間にか後ろにいた父が、トラの肩に両手を置いた。
「ここらでは四月にも雪が降るって聞いてたけど、実際に見るのは初めてだな」
不思議な光景だ。雪の中に桜の花弁が溶けこみ、マーブルアイスのような円を描いている。父は古ぼけた木枠に肘をついて、遙か遠くを見つめた。
「まあ、気負わずにいけよ」
トラは黙って首肯する。今日は四年ぶりに学校に通う日だ。多少の緊張はあるが、基本的にトラの軸はぶれない。なるべく目立たず、かといって陰キャラにもならず、淡々と失った時間を取り戻していく。
トラと父は一階に下り、キッチンの白いのれんをくぐった。父がトースターの電源を入れると、電熱線がぶすぶすと音を立て、ツンとした匂いがトラの鼻を突いた。
ラズベリーのヴァレニエ(果物を砂糖とともに煮てつくるもので、ジャムに近い)をいっぱいにかけたトーストで胃袋を満たす。教科書と制服の再チェックもばっちり。土間でスニーカーの紐をきつく縛り、トラは銀世界へと飛び出した。
「いってきます」
山咲中学への道に迷うことはない。インターネットで何度も場所を確認していたのだ。トラは遠近問わずに辺りの景色を見渡しながら歩いた。一戸建てが100メートルおきにぽつぽつと並び、家屋以外の敷地はほぼ全てが畑だ。畑の奥は山の裾に繋がっていて、そこから緩やかな傾斜が始まっている。トラは事故直前の場景を思い出し、片頬を歪めた。
制服姿の少年少女たちが自転車でトラの横を抜けていく。山咲には学校の数が少ないので、遠いところから自転車で通う生徒も多いと父に聞いた。トラの家が徒歩圏内にあることはとても幸運だったといえる。
校門をくぐる段では少し躊躇したが、戸惑っているのもまた不信感を醸し出すと考え、思いきって中学の敷地へと入った。広いグラウンドの先に二階建ての鉄筋コンクリートが鎮座している。その入口ではヘッドロックをかけ合ってふざける生徒もいる。さすがに中一の新入生はきょどきょどとしているが、あの仲の良さそうな集団はトラの同級生たちなのだろう。もちろん、コミュニティは完成している。
トラは、さも当然といった顔で同級生たちの横をすり抜け、昇降口へと入った。




