第16話――ちょうどこの場所で事故に遭った――
トラは父と二人で病院からのカーブを下る。
山咲大橋の入口に差しかかったところで、トラの脳裏にかつての場景が浮かんだ。
四年前、トラはちょうどこの場所で事故に遭った。
あれは……名前も顔もよく覚えていないけど、山咲で仲良くなった少年がおどけて車道にでんぐり返りをかけようとしたのだ。
「よーく見てろよ!」
少年は度胸試しのつもりだったのかもしれない。車の通りが少ない田舎の山咲の道だ、彼が油断した気持ちはよくわかる。
だけどトラの目は確実に捉えていたんだ。少年に向かって唸りを上げる、トラックを。
トラは少年のでんぐり返りを手で止めた。しかしけっこう勢いがついていたために、トラの身体はその反動で車道へと弾き飛ばされた。急ブレーキがかかる。地面をえぐるような音が耳に近づいてくる。
トラは目を閉じ、暗闇に逃げこもうとした。それでもあの世の音は暗闇の中にも忍びこんでくる。トラの脳が横ブレを覚えると同時に、腕はひしゃげた。身体は半孤を描いて宙を舞い、胸郭から縁石に激突した。
テレビでよくやっている正義のヒーローもの。
あんなふうに仰々しく世界を変えようとしたわけじゃない。ただ、目の前の友達の軽率な行動を止めようとした。それだけだった。
だが結果的には、軽率なのは完全にトラの方だった。トラは少年を救ったために、肺に穴を開けた。死の一歩手前まで踏みこんでしまった。とんでもないザマだ。別に少年を見捨てた方がよかったというわけじゃないけど、もっと他にやりようはなかったのか。例えば、少年の服を引っ張るとか、トラックに手で合図を送るとか。
いや、もう、今更言っても仕方のない話だ。
結局少年は、一度もトラの見舞いに来たことがなかった。
それに、東京の病院に来た山咲の青年団長も「また来るよ」と言っておきながら、二度と姿を見せることはなかった。
事故に関わった山咲の人たちはトラを見捨てたのだ。
ならば今後も、病気が治ったからといってトラから積極的に関わっていくこともない。
普通に過ごし、普通に学力や体力の差を埋めていこう。
いつかはこの土地とも、お別れをする時が来るのだから。
「おい。これ、買ってくか?」
いつの間にか橋を渡りきっていた。その先にあるスーパーマーケットの屋外に設置された自動販売機の前で、父がオロナミンCを指さしていた。
「トラはこれ、好きだったもんな」
父はトラの返答を待つことなく、小銭を自動販売機に投入していく。サービス商品らしく、90円を入れると赤ランプが点った。
ゴトリ、と商品が吐き出される。
回りは見渡す限り、一面の山。この緑色は年中途切れることがない。スーパーの壁は薄青に変色していたが、それは空色と呼べなくもなかった。壁に巻きついた蔦の上を、小さな毛虫が這っていく。
「うまいな」
「うん」
久しぶりの炭酸がトラの喉を爽やかに刺激する。
気がつけば、二人して腰に手を当てて同じポーズをとっていた。




