第10話――小さな英雄に礼を言わせてもらうよ――
オリーブの目の前で、莫大な光量が炸裂した。
トラが文字を書いた瞬間、辺り一面が都会の繁華街のように煌めいたのだ。その光はオリーブの身体全体を包みこんでいく。浮遊していた光の粒は拡大と収縮を繰り返し、やがてオリーブの腹部で点となって消えた。
「わっ!!」
トラの叫び声が上がる。
さっき、叫んではいけないと注意したはずなのに、なぜ彼は大声を発しているのか。
ゆっくりと腹部に目をやる。オリーブの素肌が露わになり、下着までもが丸見えになっていた。
「きゃっ!!」
オリーブは手早くブラウスのボタンを止めた。
身体に力が戻っている。自分の物語がトラの手によって書かれたからだ。しかもさっきトラは『永遠に』の文節をつけ加えてくれた。だとすれば、もしや……。
「よかっ、た……」
今後は逆に、トラが力をなくしてアスファルトに突っ伏した。
「トラくん!!」
オリーブはトラの身体を片手で支える。軽い。同年代の少年よりも明らかに軽いその身体。よくあの限界の淵で鉛筆を握ってくれた。トラくん、きみはなんと素晴らしい少年なのか。たまに命を否定する言を吐くが、本当は誰よりも命の輝きを理解している。
オリーブはそのままトラを抱き上げ、夜空を見上げた。
しかし、トラはなぜオリーブの『渦』に文章を書くことができたのだろう。
オリーブはこの鉛筆を使って定期的に元気を補充していたが、少しでも追記を怠れば直ちに強烈な体調不良に陥ってきた。それが運命なのだと信じ、誰かに相談することも、異常な身体を治そうと試みたこともなかった。そもそもオリーブには家族と過ごした記憶がぽっかりと欠如している。気がつけば移動図書館の司書として、子供たちに本を貸す仕事に就いていた。だが給金は受け取っていない。もしかすると私は、この世の中で異質な存在なのかもしれない。
まあ、それはもう、どうでもいいことなのだけど。
オリーブは耳をトラの口に寄せた。小さな寝息が聞こえる。うん、どうやらトラは身体に致命傷を受けていないらしい。オリーブは自分の額を、トラの頬に当てた。
トラは今しがた、『永遠に』の文言を追加した。
このアイディア自体、オリーブも考えたことはあった。ところが何度書こうとしても、『永遠に』の文字は形になってくれなかったのである。それを、なぜ、一人の少年が。
トラならあるいは、オリーブ自身の謎を解いてくれるかもしれない。
そして、それよりもずっと難題である、『あの本』の謎を――。
「だが今夜はまず、小さな英雄に礼を言わせてもらうよ」
山咲の夜。オリーブの小語りを聞いた者は、誰一人としていなかった。




