第8話 夢と魔法に満ちたひとときを
予告状で指定された日時、雨ノ森駅の周辺は封鎖された。
ネズミ一匹通さない。財産を守る側には、そんな気概が見える。
雨森くん像があるあたりにはさらにバリケードが張り巡らされ、その中や外にも警官隊が待っていた。その円の一番外側や雨森くんが望めるビルの屋上は、許可を得た一部の報道関係者が陣取っていた。
テレビのレポーターが、中継のカメラに向かってしゃべっている。
『予告状の現場、雨ノ森駅からの中継をお送りいたします。
ここ、雨ノ森市は市町村合併でできた新しい街です。豊かで住み良い都会の中にオアシスとなる公園もあり、交通アクセスに便利な雨ノ森駅周辺には駅ビルや百貨店など商業施設が充実しています。一方では閑静な住宅街もあり子育て支援も充実しております。
今は怪盗騒動で注目の街、雨ノ森の市長が今、現場に駆けつけております。少し、お話を聞いてみたいと思います。
市長。怪盗ソルシエが現れたということで一躍大注目となった雨ノ森ですが、対策はどうなっているでしょうか?』
『ごらんいただけます通り、全力を尽くして警備に当たらせております。ただし、相手は怪盗ソルシエ。誰も捕まえることができないと言われ、現に各国の警察も彼の確保はできておりません。それを言い訳にはできませんが ともかく、全力を尽くす、それだけであります。
また、市民の皆様におかれましては 大変不安な日々を送られていることかと思います。怪盗ソルシエに関連しない犯罪の発生率は下がり、検挙率はむしろ上がっており、雨ノ森は安心安全の街と胸を張って言えます。また、子育て世帯への社会補償も充実しており待機児童はゼロ! 介護も……〜。それから若い世代には……〜。企業誘致におきましては……〜。また、近々雨ノ森では大きなイベントとして……〜』
『……あぁ!! 怪盗ソルシエだ! 怪盗ソルシエが、今、予告状通りの時間に現れました!』
市長の長々とした話の途中で、レポーターがカメラに向かって叫ぶ。別のカメラがレポーターが指差す夜の空を追う。
いったいどこから現れたというのか。ヘリコプターや飛行船のような空飛ぶ乗り物はどこにも見えないというのに、彼は明らかにはるか上空から、雨ノ森駅北口付近で建設中のビルに 降り立った。
「どうも皆々様、こんばんはごきげんよう。それから……おやすみなさい」
声とともに降り注ぐ音と光。それからふわりと漂う、若葉や花々のような芳香。
雨森くん像を囲む警備員や警察が、頭上のソルシエを見上げ、身構える。
しかし、一人、また一人、バタバタとその場に倒れ始めた。
『な……なんということでしょうか! 雨森くんの周囲を守っていた警官隊たちが、次々と倒れます。まさか、催眠ガスか何かが撒かれたのか⁉︎ 確かなことは言えませんが、現場は混乱しています。
我々は無事です。雨森くん像から距離があるからでしょうか? このまま中継を続けたいと思います!』
レポーターが興奮気味に叫んでいる。
『しかし、怪盗ソルシエはいったいどのように 三百キロほどもある銅像を動かすというのでしょうか⁉︎
あ たった今 警察から入った情報によりますと、重機やトラックなど、銅像を運べそうな車両や協力者の姿は見られないようです』
怪盗ソルシエはふわりと 雨森くん像のすぐ横へと降り立った。そして、大きな布を闘牛士のようにはためかせる。
テレビカメラも人びとの視線も一斉に彼に向けられる。
誰もが──もちろんテレビを見ている人も含めて、手の届きそうなところにいる怪盗を目に焼き付けようとする。しかし、まばたきするまでの間しかその顔を覚えていられないという、不思議な感覚を味わっていた。
当然、警官は怪盗に駆け寄ろうと試みていたが、彼らは、まるで暴風か水流にでも阻まれているかのように前に進むことができず、その場で足踏みしている。それはとても奇妙な光景に見えた。
怪盗はそんな様子に可笑しそうな笑みを浮かべながら、手に持った布を雨森くん像に被せた。
「さあ、皆々様、お立ちあい。怪盗ソルシエ──今宵、麗しき至宝をお迎えにあがりました。
タネも仕掛けもございません。夢と魔法に満ちたひとときを」
怪盗が手品師のような口上を述べながら深々と頭を下げる。
そして姿勢を戻しながらサッと布を取り去ったその場所から、雨森くん像は消えていた。
騒然とした人々やカメラが、雨森くん像の鎮座していた空の台座に注目している間に、ソルシエもまた、姿を消した。
「雨森くん像、たしかに頂戴いたしました」
その声だけが、駅前に響く。
雨森くん像はいったいどこに? どうやって持ち上げた? どうやって運んだ?
種も仕掛けもないと言っていたが、なにかトリックがあるはずだ! ともかく、周辺を探索しろ! まずは倒れた警官の安否では? 様々な場所で、様々な声が上がる。




