表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

禁じられた友情

作者: ウォーカー
掲載日:2025/10/05

 真夜中の夜。一人の男が町を歩いていた。

「ふぅ。今日は仕事が忙しくてこんな時間だ。

 最近は物騒だし、早く帰らないと。

 家まで歩きで通える距離なのが幸いか。」

男は近道をしようと、裏路地に入っていった。


 裏路地は暗く、野良犬すら見当たらない。

飲食店の裏側には青いゴミバケツやらが並んでいる。

そこに、いた。

最初、壊れた人形が捨てられているのかと思った。

でも違った。それは確かに息をしていた。

フードを被った小柄な人が、

裏路地の壁に寄りかかるようにして座り込んでいた。

そのまま通りがかるのも何なので、その男は恐る恐る声をかけた。

「・・・あのう?」

すると人影は、少しだけ首をあげてその男を見た。

目と目が合う。

人影は、十代後半くらいの少女だった。

整った顔立ちをしているが、幼さが抜けきっていない。

顔色は真っ白で、それが人形のように見えたのだ。

目と目が合ったまま、その男は少女に言った。

「お前、行く場所が無いんだろう。」

すると少女は、気怠そうに小声で答えた。

「・・・なんでそう思うの?」

「こんな時間に、君みたいな女の子が一人でいる理由なんて、

 家出だって相場は決まっている。

 かく言う俺も、昔はよく家出したもんだ。

 俺に付いて来い。

 俺の家で良いなら、寝泊まりくらいならさせてやる。」

「あんた正気?

 今の御時世、男が私みたいな女に声をかけただけで、

 警察のお縄になる時代だよ。」

「官憲が怖くて男をやってられるか。

 いいから来い。

 見たところ、腹が減ってるんだろう。

 そのままじゃ直に倒れるぞ。」

ぐぅ~と腹の音が鳴る。

無愛想な少女も空腹には勝てない。

黙ってその男の後をふらふらと付いて行った。


 その男が住んでいるアパートは、そう遠くない場所にあった。

部屋の鍵を開けて真っ暗な部屋に明かりを灯す。

少女は一瞬躊躇して、それから倒れ込むようにして部屋に入った。

「なんだなんだ、そんなに腹が減ってたのか?

 しようがない奴だな。ほれ、これを食べろ。」

その男が差し出したのは、おにぎり。

しかし少女は頑なにそれを口にしようとはしない。

だから男は、ビールの缶をプシュッと開けて、近くに腰を下ろした。

「俺の名前は、渡辺わたなべ大地だいち

 大地は地面の大地だ、面白い名前だろう?」

しかし少女はピクリとも笑わない。

大地の独り言は続く。

「俺もお前くらいの時は、大人から物を恵んでもらうのも嫌だったよ。

 でもな、人間、食べなきゃ死んじまうんだ。

 家出なんて、そんなに恥ずかしがることじゃない。

 今はいいから、これを食べておけ。」

すると少女は、やっと心を許したのか、か細い声で話し始めた。

「私の名前は、浦戸うらど阿里州ありす

 みんなはアリスって呼んでる。」

「アリスか。可愛い名前じゃないか。

 アリス。まずは飯を食え。」

「それが、できないんだ。」

「・・・どういうことだ?」

「あなたは、大地は、吸血鬼ヴァンパイアって信じる?」

「吸血鬼って、人間の血を吸うあれか?

 映画や何かで見たことあるぞ。」

「私、吸血鬼なんだ。」

「・・・なんだって?」

「私は吸血鬼なの。食べ物は人間の血。

 だから、人間の食べ物を食べても空腹を満たせない。」


 大地が拾ってきた少女、アリスは吸血鬼だった。

などと、普通の人間ならば信じられるわけがない。

大地もそう。笑うこともできないほどに受け入れられない話だった。

「お前、それ本気で言ってるのか?」

「もちろん。本当のことだよ。

 私だけじゃない。この世には吸血鬼がいくらかいる。

 私の家にいる家族も、吸血鬼の血筋を引いてるんだ。

 最近、人が倒れてる事件が連続してるのを知ってる?」

「あ、ああ。そういえば最近、物騒だって、ニュースで言ってたな。」

「あれ、吸血鬼が食事をした跡。」

「ちょ、ちょっと待てよ。

 吸血鬼に血を吸われた人間は、吸血鬼になるんだろう?」

「そうだよ。

 だから吸血鬼を感染うつさないために、

 刃物で刺して血を絞って容器に入れるの。

 人間を直接噛まず、傷つけて血を抜くだけなら吸血鬼にならない。

 そうして搾り取った血を食料として頂くってわけ。」

「そ、そうなのか。どうしてそんなことを?」

「世の中全部が吸血鬼になったら、食料が無くなっちゃうでしょう?

 だから獲物は狩り尽くさないようにしてるんだ。」

アリスが怪しく微笑んだ。

「でもね、それももうお仕舞い。

 私はそんな生活が嫌で、家出してきたんだ。

 今まで何度も場所を変えて人間の血を採ってきたけど、

 そんな生活、いずれ破綻するに決まってる。

 吸血鬼として人間に捕まったら、どんな扱いをされるかもわからない。

 だから、血を吸わずに、飢えた人間として死のうと思ったの。」

アリスの家出は、親に心配させたいとか、そういう尋常なものではなかった。

アリスは吸血鬼の宿命から逃れるため、自殺するつもりだったのだ。

にわかには信じられない話。

しかし、そんな話を信じた上で、おせっかいを焼く者がいた。

大地だった。

大地は台所へ行くと、包丁とコップを持って戻ってきた。

アリスの前で、指先を切って見せる。

すぐに血がぷっくりと溢れ出てきて、コップにいくらかの血が流れ込んだ。

渡辺は言う。

「俺にはお前の言ってる事が本当かどうかわからない。

 だからこうする。

 アリス。お前、俺の血を飲め。

 死ぬかどうかは、俺と相談してから決めても遅くはないだろう。」

「そ、それは・・・くっ!」

アリスは拒否しようとして、しかしできなかった。

目の前のコップに溜まっていく生き血を見て、我慢が揺らいだのだ。

アリスは飢えに飢えていた。

そこに生き血を見せるのは、凶暴な獣に生肉を見せるようなもの。

アリスはコップに飛びついて、齧り付くように血を飲み干したのだった。


 大地の生き血を飲んで、アリスの顔色はいくらか良くなった。

それでも血の量がコップ半分ほどでしかなかったせいか、

顔色の青白さはまだ抜けきってはいない。

「血を飲んで本当に顔色が良くなった。

 アリス。お前、本当に吸血鬼だったんだ。」

感心する大地に、アリスは震える声で糾弾した。

「どうして?どうして死なせてくれなかったの?」

「どうしてって、目の前で死にそうな人間を放っておけるか。」

「私は人間じゃない。」

「人間じゃなくても同じだ。

 目の前で生き物が死んでいくのを、黙って見てられない。

 言葉が通じるならなおさらだ。

 あのな、何度も言うけど、俺も昔は家出常習者だったんだ。

 まずは俺に話をしてみろよ。

 必要なら、血だってもっと用意してやる。」

大地はさらに包丁で腕に傷をつけようとした。

するとようやく観念して、アリスは言った。

「わかった。わかったからもう止めて!」


 止めてとは言ったものの、空腹では落ち着けない。

アリスはあれからさらにコップもう半分ほどの血を飲んだ。

顔色は随分と良くなり、人心地ついたようだ。

血の付いたコップを両手に持って、静かに話し始めた。

「吸血鬼なんて異常だよね、やっぱり。

 あのね、吸血鬼って、元は人間の変種だったんだって。

 それを意図的に誘導、促進した結果、吸血鬼が出来上がったの。

 吸血鬼の映画は、実際の吸血鬼を描いた物じゃない。逆なの。

 吸血鬼の映画が元で、吸血鬼が作られたの。

 その実験施設から逃げ出してきたのが、私たち野生の吸血鬼の祖先。

 中には、人間と混じり合って、吸血鬼の特徴を失った一族もいるみたい。

 でも私の家は、今までに一度も人間と混じり合ってない、純血種。

 だから、人間の血以外は食べ物にならないんだ。」

アリスは唇に付いた血をペロッと舐めた。

実際にこうして血を飲むところを見せられたからには、

大地も吸血鬼の存在を認めざるを得ない。

「しかし!それとこれとは無関係だ!」

大地は大声を出して立ち上がった。

アリスが驚いて止めようとする。

「ちょ、ちょっと、傷が開くからじっとしてなよ。」

「そんなことはどうでもいい。

 アリス。お前が吸血鬼を辞めたい、死のうとしたのは、

 人間を傷つけたくないからだな?」

「う、うん。そうだよ。

 今までに、たくさんの人間を傷つけてきた。

 中には私よりも年下の子供まで・・・」

「そこから先は言わなくて良い。

 アリス。お前の面倒は俺が見てやる。

 だから今日から俺の家で暮らせ。」

いきり立つ大地に、しかしアリスは冷静だった。

「そんなの無理だよ。

 言ったでしょ?

 私のような純血種の吸血鬼は、人間の血しか食べ物にできないって。

 大地一人の血じゃ、私を養えないよ。

 それともまさか・・・!」

「わかってる。俺は誰も傷つけない。

 アリス。お前の食べ物は全て俺が用意する。」

「でも、大地。ここ日本では、売血は禁止されてる。」

「それもわかってる。

 それでも必ず、俺はお前の食べ物を用意してやる。」

それから、大地とアリスの戦いが始まった。


 吸血鬼であるアリスの食料は、人間の生き血だけ。

それを全て一人で賄うため、大地はできる限りのことをした。

食べ物は鉄分など造血作用が豊富なものを中心に。

無駄な怪我は絶対に避ける。

そうして作った血液は、毎日コップに軽く一杯ほど搾り取り、

食料としてアリスに与えた。

それでも本来ならば、吸血鬼が生きていくための食料としては、

少し足りないくらいなのだそうだ。

血液を作る渡辺、血液を飲むアリス。

双方がお互いを大事にした結果、この量に落ち着いた。

この頃になると、アリスは大地に心を許し、

笑顔さえ見せるようになっていた。

こんな大地とアリスの関係は、何と呼べばいいのだろう。

いずれにせよそれは、他人には決して知られてはならない関係。

しかしそれも、長くは続かなかった。


 「大地、顔色が真っ青だけど、大丈夫?」

最初に異変が現れたのは、大地の方だった。

毎日継続して血液を抜いていくことで、

程なくして貧血の症状が現れ始めた。

顔色が青白くなり、冷や汗が止まらなくなった。

必要な時以外はじっとしていることが多くなり、呼吸も弱い。

徐々に弱っていく渡辺を見て、アリスが泣きそうな顔をして言う。

「大地、やっぱり無理だよ!

 もう私の事はいいから、血を出すのは止めて。自分を傷つけないで。」

そんな懇願にも、大地は気丈に振る舞った。

「大丈夫、大丈夫・・・ほら、今日の分の血だ。」

・・・薄い。

渡辺の血を飲んで、アリスの第一印象はそれだった。

この状態をアリスは知っている。

血を吸うために人間を捕まえて、血を吸い尽くされて死んでいく時だ。

このままでは大地があぶない。

仮に病院で輸血をしてもらうにも、怪我の理由を聞かれるだろう。

大地とアリスの関係を隠したままでは病院にはいけない。

だからアリスも立ち上がった。

「大地、私、もうあなたの血は飲まない。」


 それから数日後。

大地の部屋には、コップに溜められた手つかずの血がいくつも残っていた。

少しも無駄にしないよう、ラップをかけて冷蔵庫にしまってある。

あれからアリスは、文字通り一滴も血を口にしていない。

少しでも飢えを凌ごうと、アリスは一日中、横になったままだ。

しかしそれでも、大地は血を抜くのを止めない。

アリスを想ってのことだ。

「もう止めてよ!大地、あなた本当に死んじゃうよ!?」

今や大地の腕は切り傷だらけ。

新たに傷を付けるために手にした包丁すら、手が震えて上手く持てない。

それでも、それでも、大地は血を抜き続ける。

アリスのために。アリスが吸血鬼としての宿命から逃れられるように。

大地以外の血を飲まずに済むように。

しかし、アリスは大地の血には口をつけようとしない。

大地に死んで欲しくないから。

吸血鬼である自分の餌となって大地が死ぬなど耐えられないから。

大地もアリスも、お互いを想ってのこと。

やがて、大地もアリスも衰弱して動けなくなっていった。


 今やもう、大地とアリスの生活は破綻していた。

大地はもう血を抜く気力すら出せず、ベッドに倒れ込んでいた。

その隣にはアリスがいつも添い寝をしていた。

いや、添い寝とは言えない。

アリスもまた飢餓から衰弱して、ベッドから動けずにいた。

大地もアリスも、相手を思いやる結果として、命の危機に瀕していた。

「アリス・・・」

「大地・・・」

ほんの少し前までは他人だった大地とアリス。

それが今やお互いに命がけで相手を守る関係になっていた。

これは友情か、はたまた別の言葉で言い表すべきものなのか。

手を取り合ったまま動かなくなった大地とアリスには、

二人の関係を何と呼ぶのか、

その結論を出す機会は、

永遠にやってくることは無くなったのだった。



終わり。


 歳の離れた男女の関係は禁忌。

そんな風潮を作ろうとする人たちがいるように感じます。

しかし歳の離れた男女が交流するのは、そんなに悪いことでしょうか。

祖父母の代まで遡らずとも、歳の差が大きい友人や夫婦も珍しくはありません。


同じく、大人と子供が交流することすら禁忌とされようとしています。

そもそも「子供」とは何歳までを指すのか。

それすらも人が人為的に決めたものなのにです。


大人と「子供」の間にだって友情も他の関係も成立する。

無闇矢鱈に禁止するものではない。そう思います。


お読み頂きありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ