忘却の庭園
「ああ、思い出せない、思い出せない・・・。忘れちゃだめなのに。忘れたくなかったのに。」
世界には、忘れ去られた記憶が集まる場所がある。それが「忘却の庭園」。
庭園の入り口は、時間と空間の狭間にひっそりと隠されている。人々は、そこに辿り着くために特別な方法を必要としない。ただ、何かを深く忘れてしまい、その喪失感に胸を痛めているとき、ふと、道の片隅に隠された小さな扉を見つけるのだ。
その扉の向こうに広がるのは、言葉では言い表せないほど美しい場所だった。空には、過去の出来事を映し出す「記憶の宝石」が、星屑のように瞬いている。歓びの記憶は黄金色のシトリンとなり、悲しい記憶は深い青のサファイア、他にも様々な記憶が宝石となって、庭園のあちこちで光を放っていた。
この庭園をたった一人で管理する者がいた。記憶の魔女。
彼女は、誰からも忘れられた「世界そのものの記憶」から生まれた存在だった。そのため、特定の人物の記憶だけでなく、歴史上の出来事や、もはや誰も知らない古代の物語の記憶も、すべて庭園に集まってくる。彼女の髪は、光の当たり方によって色を変え、忘れ去られた記憶の欠片が、宝石のように埋め込まれている。その瞳は、過去の出来事をすべて見通すかのように、どこか遠い場所を見つめていた。
感情を失った記憶の集合体である彼女は、基本的に無感情だった。しかし、人間の感情から生まれる「記憶」には、心が動く感覚を感じていた。庭園を訪れる人々には、探究的な態度で接し、静かで優しい語り口で、彼らを導いていく。
彼女自身は、自分が誰の記憶から生まれたのかを覚えていない。その記憶こそが、彼女にとっての「最大の欠落」である。
庭園は、今日も静かに、忘れられた記憶たちを育んでいる。そして、また一人、記憶を失った人間が、小さな扉をくぐり、この場所に足を踏み入れた。