序章
二つの影が夜の森を疾駆する
木々の葉に遮られた月光が銀糸のように降り注ぐ中、二つの影は何度もぶつかりそして離れる
その度に僅かに火花が散り両者の姿を闇に浮かべる
「チッ!」
僅かに響いた舌打ちは闇に溶けて霧散する
刹那、光と音が爆発した
ゆっくりと、しかし連続して響く轟音と閃光、どうやら拳銃を使用しているようだ
閃光に追い立てられる様に影の一つがジグザグに逃げ出す
それを逃がすまいと残った影も疾走を再開する
先行する影が、僅かに拓けた場所へとたどり着く
しかし、ジグザグに走ったせいで追う影との差は僅かしかない
「くそっ」
僅かの躊躇の後、先行した影は広場へと飛び出す
「・・・チェック」
影が飛び出すと同時に後方から声が掛けられる
その声に影が立ち止まりゆっくりと振り向く
月光に照らされたそれは、人の形をしつつも明らかに人とは違っていた
犬頭人身・・・頭に犬のマスクを被っているのだろうか?
否、マスクのはずがない
なぜなら目はギラギラと輝き、口は少し開いて尖った牙が月明かりで不気味に輝いている
人狼・・・幻想や神話に出てくるような生き物がそこにいる
現実とは乖離した状況であるはずなのに、もう一つの影は動じない
それも当然か、夜の森がつくる闇の中とはいえ何度もぶつかっていたのだ判らないはずがない
ならば、対峙する影も尋常の存在では無い
ゆっくりと森から出てきたのは三角帽とロングコートを纏った少女
その姿はまるで・・・
「さて、始めましょうか?」
月明かりの下、言葉と共に魔女が嗤った
魔女が嗤う、その右手には拳銃を
魔女が嗤う、その左手には月を反射する大振りのナイフを
魔女は嗤う、狂ったように焦がれるように
それに対して人狼も覚悟したのか、自身を鼓舞するかのように高らかに吠える
「ゥオォォォォォォォォォォンッ!!」
高らかに響き渡る音声が強かに魔女の皮膚を打つ
音声の余韻が消えた瞬間、人狼が大地を蹴った
爆発的な脚力で粉塵を巻き上げながら、その身を銃弾の様に加速させ、魔女との僅かな距離を一気に零へと縮めて行く
だが、魔女は構わず引き金を引く
銃声が響き閃光が迸しる
しかし、人狼は着弾の直前に跳び、魔女へと頭上から爪を振るう
「ちぃっ!」
舌打ちと共に魔女はその一撃をナイフで受けるが、人狼の膂力に圧されナイフを弾き飛ばされる
宙を舞うナイフに構わず人狼は逆の腕を振るう
一閃
人狼の一撃を肩で受けた魔女はピンボールの様に弾け跳ぶ
錐揉みしながらも魔女は空中で体勢を整え、四肢を地に着きながら無理矢理制動を掛けた
数メートル滑りながらもなんとか踏み止まる
「やるねぇ」
魔女は再び顔に笑みを貼付けた
弾き飛ばされた衝撃で無手になった魔女は両手を握り、ボクシングの様な構えをとるとその両手が淡く輝いた
「いくぜぇっ!!」
叫び声と共に人狼に突っ込み拳を振るう
体重の乗った右フックはやすやす避けられ、お返しといわんばかりに爪を突き出される
しかし、さらに一歩踏み込み手首を左手で掴み、震脚と共に右肘を鳩尾へ打ち込む
鈍い打撃音と同時、衝撃が人狼の体内を駆け巡る
「ッ!」
声にならない声を上げ、膝から崩れる人狼に放たれた追撃の一閃は、銀光を曳きながら喉を両断する
背を向けるように反転した魔女の背後で、噴水のように人狼の血が吹き上がる
それを成したのは左手に握った銀製のナイフ
袖口から滑り出したそれは、狙い違わず人狼の首を断ち切った
血飛沫を上げ仰向きに倒れる人狼の心臓へ魔女は後ろ向きのまま逆手にに持ち替えたナイフを突き立てた
「ふぃ〜」
溜め息を一つ魔女は月を見上げる
仄かに青いその光を体に受け魔女は帽子に手をかけた
「ユーハブ」
「アイハブ」
その言葉が響くと同時に魔女を包む雰囲気が変わった
「これで・・・よかったんだよね?」
魔女は帽子に語りかける様に呟く
その声は不安に震えており、先ほど嗤ったまま人狼を屠ったとはとても思えない
「ヒハハッ、ナニ言ってんだ?オマエが望んだんだろ」
突如声が響く、それは魔女が手にした帽子からだった
帽子をよくみるとジャック・オー・ランタンみたいな顔が作られており、それが先程までの魔女の様にニヤニヤと嗤っている
「アイツらは人を喰った、だから殺したい・・・そう言ったのはダレだ?」
「それは・・・」
帽子の言葉に俯く魔女・・・否、少女というべきだろうか?
俯く少女に向かって帽子は続ける
「オレにはオマエラの考えはよく分からねぇが・・・殺したヤツは殺される業を背負うんじゃねぇか?」
そういうと再び嗤い始める
「ヒハハッでもまぁあれだヤッっちまったモンは仕方ねぇ諦めな」
そう言って嗤い続ける帽子を恨めしげに睨んで少女は歩きだした
背後で砂に変わりつつある人狼になど目もくれずに・・・




