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異世界恋愛短編集

婚約破棄された令嬢ですが、国家予算を連れて旅に出ます

作者: 百鬼清風

 「セシリア・ルークレティア・フォン・エストレア! 貴様との婚約を、ここに破棄する! そして、我がリオネル王国からの追放を命じる!」


 ……うん、知ってた。


 華やかに彩られた王立学術院の卒業舞踏会。そんなロマンチックな舞台で、まさかの追放宣言。笑っちゃうほど定番な展開に、私は思わずひとつため息を吐いた。


 目の前には、栗毛の巻き毛をなびかせるアホ王子、じゃなかった婚約者の第一王子アドリアン殿下と、隣にぴたりと寄り添う金髪の聖女風ヒロイン・ルミエール嬢。涙目でこっちを見てるけど、たぶんあれ演技ね。


 舞踏会? 断罪会? なんだかごっちゃになってるけど、会場に集まった生徒や貴族たちが私を見てざわざわしている。


 でも、冤罪です。潔白です。ついでに言うと、無関心です。


「セシリア様がルミエール様を嫉妬で階段から突き落としたそうじゃないか!」


「え、私今週だけで馬車の整備計画三件、経済評議会の資料作り二件、週明けに王妃教育の試験があるから徹夜三日目だけど?」


「言い訳無用! 証人も……その、ルミエールが……!」


「彼女一人だけでしょ。証人って」


「ルミエールの涙を見ろ! この心ない女!」


 心ないのはそっちよ、と呟きたいのを飲み込み、代わりに後ろの忠義なる執事――いえ、側仕えのダリウスへと目をやる。黒髪の長身美形。寡黙だけど有能。私が信頼している唯一の男。


「……あの、ダリウス」


「お嬢様のご両親より、全権はあなたに委ねると、先ほど魔導通信で連絡がありました」


「お父様、さすがすぎる」


「王都城内にも全域通話、準備完了しております」


「ありがと。では、始めましょう」


 私は手のひらを開いた。空中に浮かぶのは、私が作った拡声型の魔導通信デバイス――《鳩管》。発明と物流が趣味で、気づけば王国内最大企業エストレア・コンツェルンの代表職についてたから、まあ……今回の事態も想定の範囲内というやつです。


「業務連絡いたします――!」


 私の声が、王都中に響き渡る。


「本日より《エストレア・コンツェルン》本社および傘下企業、全事業体は隣国オルシア連邦へ移転いたします。従業員の皆様は事前配布された《転移札》をご利用の上、速やかにオルシア新本社へ移動してください。住居は既に完備。異動手当も満額支給いたします。くれぐれも忘れ物のないように!」


 ざわっ、と会場が揺れた。


 そりゃそうよ。だってこの国、GDPの四割をうちのグループが動かしてたんですもの。


 しかも――


「なお、王宮との正式契約はすべて本日限りで解消いたします。王室御用達の称号もご返上します。再契約には、10年分の謝罪文と金貨800万枚を用意いただきますようお願い申し上げます」


「なっ……!?」


 アドリアンの顔色が変わった。周囲の大臣や議員の中には腰を抜かしている者すらいる。わかってるのかしら。私が消えたら、この国はしばらく本気で回らないのよ。


「だ、だが、そんな勝手な……!」


「王子様。王家との婚約は、ビジネス上の条件付きでしたわよね?」


 にっこりと笑ってみせる。……ああ、王子が顔を真っ青にしてる。何を今さら。


「私は、王家の金庫と結婚した覚えはあっても、あなたとはしてませんのよ?」


「ま、待て!婚約は、破棄しない!国家のために……!」


「遅いのよ。私にはもう、未来を約束した人がいるの」


 私はゆっくりと振り返る。そこには、ずっと私の傍にいた男――ダリウスが、まっすぐな目で私を見ていた。


「ダリウス。そろそろ、プロポーズ受けてもいいかしら?」


「……はい。ようやく、この瞬間が来ましたね」


 彼は片膝をつき、左手を差し出す。私は、笑ってそれを取った。


「さようなら、王子。あなたの国が滅びないよう、お祈りしてます」




 転移魔法って便利だけど、気圧差と空気の質の違いでちょっと酔うのよね。


 そんなわけで、オルシア連邦の首都ユーレグランに降り立った私は、風通しのいいバルコニーで、ひとまず深呼吸をしていた。


「ふう……こっちの空気は甘いわね。自由の香りというか」


「高度が少し高めなので、酸素濃度がやや低いだけです」


「ロマンがない!」


 冷静すぎるダリウスの突っ込みに、私は肩をすくめる。


 彼は、私の一番近くで働いていた秘書官……という名目の護衛で、じつは父の命で幼い頃から私のそばにいた従者だ。


 そして今は、私の正式な婚約者――になる予定の男。


「けれど、ようやく解放されたわね。あの国の縛りからも、あの王子の顔からも」


「むしろ、よくあそこまで我慢されていたかと。何度、あの王子を窓から突き落とすべきか悩みました」


「ふふ、私が我慢してたからあなたも我慢してたのね。愛ね、これは」


「忠義です」


「もうちょっと夢見させてよ!」


 やっぱりこの人、ロマン成分が圧倒的に足りてない。


 でも、そんな彼だからこそ、私は彼にだけは心を許せた。


 あの王子との婚約が決まったとき、彼は一度だけ泣いたのだ。


 それも、誰にも見られないように、私の書斎の隅で。


 気づかなかったふりをしたけれど、あの時、私は決めたのだ。


 この人と一緒に、新しい世界で生きていくって。


「で、移転先の準備は?」


「既に支社五つ、本社機能も稼働中です。国王陛下からの祝電は、今朝だけで七通来ていました。あと、財務長官が三度来訪して『本当に移ってくれてありがとう』と泣いてました」


「泣くなって……。いや、まあ、それだけ国民の流出がきつかったのね」


「本日の便で一万二千人が到着予定です。旧王国の人口の約一割が、今月中に移住する見込みです」


「移民じゃなくて“帰還”になるのよね、これ。みんな家族連れだし、向こうの村に親戚がいたりするし」


 今回の“脱出劇”は、ただの政治的な決別じゃない。


 私たちがしたのは、国ごと引っ越すような大移動だ。


 そしてそれを成立させるだけの資金力と影響力を、私は得てしまっていた。


 皮肉な話よね。王子に嫌われたくなくて、正体を隠して生きていた令嬢が、今や一国の経済を握ってるんだもの。


 そのとき、執務室の扉がノックされた。


「セシリア様! 王宮よりお使いが! あの、国家表彰だそうです!」


「……いや、笑うとこでしょそれ」


「しかも、国民功労勲章を贈りたいと……」


「外交慣用句の限界超えてない!?」


 この国の王様、意外とぶっ飛んでるのかもしれない。


 でもまあ、表彰されるならありがたくいただこう。


 何より、次の計画が山ほどあるのだ。


「ダリウス。まずはここに、新しい物流拠点と研究都市をつくるわ。あと、ついでに結婚式も計画しましょうか」


「……研究都市と結婚式が“ついで”なんですね?」


「人生、バランスが大事なのよ」




 新天地オルシアでの生活は、想像以上に順調だった。


 エストレア・コンツェルンの移転により、この国の物流・金融・魔導技術の水準は数ヶ月で跳ね上がり、国民の生活はぐんと豊かになった。王都の市場は活気を取り戻し、子どもたちは笑いながら魔導スクールに通い、財務省は毎晩祝杯をあげてるという噂まで流れている。


 もちろん、私たちも順調そのもの――と言いたいところだけど。


「……で、これはどういうことなの?」


「侵入者です」


 私の目の前には、縄でぐるぐる巻きにされた“元・聖女”ルミエール嬢が転がっていた。


 白々しい涙を浮かべ、「来ちゃった♡」みたいな顔をしている。……いや、あなた、来ちゃダメな立場だったでしょ。


「どうやってここまで入ったの? 国境越えただけじゃなく、街中をすり抜けて、社屋まで……って、まさか王子が?」


「ご明察です。後ほどで結構ですが、こちら王子殿下からの手紙です」


 ダリウスが差し出した封筒は、なぜか裏が焦げていた。


「……あの馬鹿、ドラゴンに投げたわね?これ」


「投げてました。投函の意を込めて、と仰って」


「アホ通り越して詩人か何かかしら」


 中身は、予想通りの内容だった。


 “誤解だった。聖女に騙されていた。すべては愛の試練だと思っている。戻ってきてほしい”


 要約するとそんなところ。まさかの泣きつきモード突入だ。


 あんなに威張って追い出しておいて、何をいまさら。


「で、ルミエール嬢。あなたはなぜここに?」


「えぇ、だってセシリア様に謝りたくてぇ……」


 そう言ってくるくるっと首を傾げる彼女は、まるで反省している風だけれど、私は忘れていない。


 この人、私を陥れた張本人よ?


 嫉妬を煽るような演技をして、私に不利な噂を広め、王子を手玉に取った。うちの社員を買収して私のスケジュールを探ってきたという話も聞いている。


「あなたには、出国禁止処分が出ていたはずだけど」


「ふふ、そこの兵士さん、みーんな私のこと“聖女様”って呼んで通してくれましたの♡」


「兵士全員、解雇で」


「容赦がないな、って顔しないで、ダリウス。企業防衛ってこういうことよ」


「承知しております。すでに代わりの戦闘魔導士部隊が着任済みです」


 さすが仕事が早い。やっぱりこの人、頼りになる。


 でも、問題はルミエール嬢の背後だ。


 このタイミングで単独で来たわけがない。


「ねえ、ルミエールさん。あなたの目的、教えてもらえないかしら?」


「ふふっ、私はただ……婚約者を奪われた女として、泣きに来ただけですわ」


「……ダリウス、三時間後の会議、場所を移して。あと、社屋の結界を倍に。魔導探査機を外周に配備して。ついでに、この建物にいる不審な魔力の人物はすべて拘束して、地下に」


「既に手配中です」


「さすが私の婚約者」


 これは、ただの“謝罪ごっこ”じゃない。


 背後に何かいる。何か――黒くて、いやらしい手が。


 私はルミエールの瞳を見た。


 あの時とは違う。もう、誰にも好き勝手はさせない。


「さあ、ルミエール。あなたが仕掛けたこの“お遊戯”、最期まで責任を取ってもらうわよ?」




 翌朝、私の書斎は戦場だった。比喩ではない。


「セシリア様、王都旧本社前にて暴動発生。鎮圧部隊が要請されています」


「外務省より連絡。ルミエール嬢が“亡命申請”したとのこと。オルシア政府が判断を保留しています」


「旧リオネル王国の財務相から魔導文書。緊急融資の依頼。条件は“見返りは何でも”と書かれております」


「……朝から刺激が強すぎるわね」


 深く腰掛けて紅茶をすする。ダリウスがさりげなく砂糖を1杯から3杯に増やしてくれていた。ありがたい、今日の私には必要量だ。


 ルミエールの乱入から一夜。どうやら彼女は単なる独断ではなく、旧王国から送り込まれた交渉の尖兵だったらしい。


 問題は、その「交渉」が私たちへの“再併合”を意味していること。


「向こうの目論見としては、私を説得して“戻らせる”つもりだったのかしら?」


「王子殿下の署名付き文書には“結婚していただくことで、再び国家間の信頼関係を築ける”とありました」


「気色悪っ!」


 あれだけ追放しておいて、どの口が言うのよ。怖いわ、この国。


 しかも、私が戻れば当然ダリウスとの婚約は破棄。エストレア・コンツェルンも自動的に王家管理になるという見込みらしい。


 誰が戻るか、馬鹿者が。


「さて、ダリウス。交渉とは“対等な条件を持つ者同士”がやるものよね」


「ええ」


「なら、こちらも交渉材料を出す時期かしらね」


 私は机の引き出しから、小さな金属製の短剣――“レターオープナー”を取り出す。だがこれ、ただの文具ではない。


 これは、私が旧王国時代に開発した“精霊契約式魔導通信開示鍵”。簡単に言えば、“すべての機密通信を解読する鍵”。


「これを各国の大使館に送る。今すぐ」


「……世界規模で騒ぎになるのは避けられませんよ」


「知ってる。でも、私を“道具”として見たその報いよ」


 これが何を意味するか。王家が内密に行っていた海外資金洗浄、腐敗官僚への賄賂、聖女に関する魔術的改造記録――すべてが暴かれるということ。


「これで黙るのが外交、吠えるのが戦争よ。どちらでも構わないけれど」


 ダリウスが無言で頷いた。彼の目に、わずかな誇りの色が灯っているのを見て、私は微笑む。


 私は、国を捨てた女。


 だけどそれは、愛と信念を守るためだった。


 そして今、私は“国”そのものを揺るがす側にいる。


 望んだ立場じゃないけれど、それでも私のやるべきことは、ただ一つ。


「企業という形で、私は国を動かすのよ」


 そのとき、扉がノックされた。


「セシリア様。オルシア陛下からのご招待です。“王太子の戴冠式に参列いただきたい”とのことです」


「……え、それって、私に王族の席を?」


「それどころか、“次期国母として迎えたい”とのことです」


 紅茶を噴き出しそうになった。


「ダリウス……これ、もしかして私、“国家転がし”の才能あるのかしら……」


「おそらくは天賦の才かと」


 まさか王子に捨てられて追放された令嬢が、二つの国の政変をまたいで“女王候補”に浮上するとは、誰が予想しただろう?


 しかも、その隣には、常に変わらず私を支え続けた男がいるのだ。




 戴冠式は思ったよりも荘厳で、そして、笑えるくらいド派手だった。


 王宮の天蓋には金と紅玉をちりばめた魔法陣が描かれ、空中には白い羽根が舞っている。いや、羽根というか、あれ幻影魔法で生成された“幸福を呼ぶ聖鳥”らしいのだけれど、地面に落ちた羽根は自動で消えるという徹底ぶり。メンテも抜かりない。


 私は式典の来賓席……というより、ほとんど家族席のようなポジションに通され、民衆の注目を一身に集めていた。


 その隣で、いつものように冷静に座るダリウス。ほんの少しだけ、目線を泳がせているのは気のせいかしら。


「……こういうの、苦手?」


「注目されるのは、あまり」


「わかるわ。私も“女王候補”とか“救世の令嬢”とか、全部タグみたいで落ち着かない」


「そもそも、婚約者の隣で他国の王族から正式に求婚されるのも、落ち着かないかと」


 あ、そこ引っかかってたのね。


 実は今朝、オルシア国王が突然私を呼び出し、言ったのだ。


「我が息子エリオットの妃として、共に国を支えてほしい」と。


 世界最大級の企業を手中に収め、民衆からの信望も厚い。そりゃあ“王妃候補”には最適なんでしょうけど……。


「……断ったわよ。ちゃんと」


「理由を聞いても?」


「だって、愛がないじゃない。政治の道具にされるなら、最初から逃げ出した意味がないもの」


 それに、と私は視線を落とした。


 自分の手元。そこにそっと重ねられたダリウスの手。


 彼の手は、昔から変わらず、温かい。


「私は、あなたのいる国に来たんじゃない。あなたと一緒にいられる場所を探してたの」


 ふと、彼の眉がわずかに動いた。


 照れくさそうに、でも確かに、少し笑ったように見えた。


「……光栄です。セシリア様」


「セシリアでいいわ。そろそろ、名前で呼んでくれてもいい頃でしょ?」


「……セシリア」


 ああ、名前って、こんなに甘く響くものなのね。


 全身がくすぐったくなるような感覚に包まれて、私はわずかに目を閉じた。


 その時――


「お待ちを! その女は我が婚約者! 国際法上、重婚にあたる!」


 盛大な勘違いを携えて、旧王国の王子、アドリアンが馬に乗って会場に突撃してきた。


 ……どこから突っ込めばいいのか。


「まず、婚約は正式に破棄されたでしょ。あと、重婚って、私まだ誰とも結婚してないわよ」


「セシリア、私の元に戻ってくれ……! 私が間違っていた! ルミエールに騙されていたんだ!」


 この人、何回同じ台詞繰り返すつもりかしら。演劇じゃないんだから。


 ダリウスが静かに立ち上がり、王子の前に進み出る。


「貴殿のその行動は、二国間の外交問題になりかねない。即刻退去を願う」


「お前こそ……! 王族でもないくせに!」


「――だが、セシリアの“未来”を任された男だ」


 静かに、しかし確かな威圧を込めて、ダリウスが言い切る。


 王子が言葉に詰まり、騎乗したまま拳を握りしめる。だが、民衆は既に彼を“かつての追放者”として見ている。


「アドリアン殿下。私は、あなたのところには戻らない」


「……なぜだ」


「だって、あなたに私は要らなかったんでしょう?」


 笑顔で告げて、私はその場から目を逸らした。


 ああ、これでようやく終わった。


 あの日の追放宣言も、あの断罪ショーも、もう過去だ。


 私の隣には、信じる人がいて。


 私自身の意思で選んだ人生がある。




 「結婚式はどこで挙げましょう?」


 ダリウスが、朝の報告のついでにぼそっと聞いてきた。


 いきなりすぎるプロポーズっぽいその問いに、私は湯飲みのハーブティーを思いっきり噴きそうになった。


「ちょっと、今さら“どこ”って……」


「どこであれ、護衛、警備、賓客対応、祝賀行事の全て、既に私の部下が各案を作成済みです」


「準備早すぎない!?」


「元々、王子との婚約が解消された時点で“来るべき日”として予定に入れてありました」


「私の意思は!?」


「最重要ですが、予測可能でしたので」


 さすが、十年以上私の隣にいた男である。口説き文句が理詰めなのが憎いわね。


 でも――正直、悪くない。


 彼となら、きっとどんな未来でも、私は笑って進める。


「じゃあ、いっそ新しい首都でやりましょうか。例の開発都市――“セレスティア”」


「……自分の名をつけた新都市ですか」


「いいじゃない、自信作よ。“世界で一番住みやすい街”を目指すんだから」


 そう。私たちはいま、“新国家”の構想を進めている。


 オルシア連邦の東端、未開の森と湖に囲まれた地域に、エストレア・コンツェルンが中心となって開発する“自治経済特区”。表向きはオルシア領だけれど、実質的には完全な独立国家だ。


 行政、教育、医療、治安、インフラすべてが私たちの設計で動き、民意と法が優先される。旧王国で得られなかった“正しい国の形”を、私たち自身で作ろうというわけだ。


「セレスティアの完成はいつ?」


「本日午後、第一期居住区への入植が始まります」


「結婚式は一か月後。その日に、国の建国記念式も合わせて」


「……それはもはや、王と王妃の即位式では?」


「そうかしら?」


 私が小さく笑うと、ダリウスも口元を緩めた。


「セシリア。俺は――君がこの国の頂に立っても、名もない裏方に甘んじるつもりでいた。だが」


 彼は私の手を取る。その手は、いつだって私を支えてくれた、確かな手。


「君の隣に、堂々と立てるような男になりたい。だから、これからは俺の名も、君の隣に並べてほしい」


「ダリウス……そんな言葉、反則」


 胸が、じんわりと熱くなる。これまでの悔しさも、苦しさも、全部、この一瞬のためにあったのかもしれない。


 私は彼の手を、しっかりと握り返した。


「じゃあ、新国家“セレスティア”の建国王と王妃は、そろって“商人と従者”出身ってことになるのね」


「それこそが、新しい時代の象徴です」


 民が選び、民が築く国。


 血統でも、魔力でもない、“才覚と志”が導く未来。


 誰かに追放されるくらいなら、自分で国ごと作ってしまえばいい――そんな前代未聞の選択を、私たちは笑って選んだ。


 追放令嬢と忠義の従者。ふたりが選んだのは、王国を超える新しい家族の形。


 あの日、告げられた婚約破棄の言葉は、私の終わりじゃなかった。


 むしろ――本当の始まりだった。





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― 新着の感想 ―
とっても面白かったです!特に 「お待ちを!その女は我が婚約者! 国際法上、重婚にあたる!」 のセリフに吹き出しました笑 セシリアの冷静な対応とツッコミ必須な王子の謎言動が笑えました。素敵な作品ありがと…
最高にスカッとしました! 最初はよくある婚約破棄ものかと思いきや、ヒロイン・セシリアの器のデカさと実務能力が規格外すぎて、気づけば国家を動かし、新国家を作り、最終的には女王候補にまでのし上がる展開に…
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