第八話 遅刻じゃないのに何だか恐縮
「今作戦の目標は二つ。拉致された子供たちの奪還と、貴族邸に囚われた元王国王女の救出だ」
そう切り出したのはクロウだった。
検証に熱が入り作戦会議のことを忘れていた俺たちが入室したのは今からおよそ数分前。
他のメンバーは既に揃っていたため、適当な空きスペースに割り込む。
十数人のメンバーの中には見知った顔がいくつかある。
人員不足は真実のようだった。
定刻までクロウはイザノバ、テレシアと共に作戦を詰めていた。
そして現在、クロウは立ち上がり、全員が揃ったことを確認してから話し始めた。
「アリウス班はキセリー邸、コルン班はラータル邸へ向かえ。内容はいつも通りだ。子供たちの解放後、例の宿まで連れてこい。
トーマとアルヴィはマルタと共に元王女の救出だ。マルタはこいつらの案内。‥‥‥そうだな、お前たちもアリウス班,コルン班に合流しろ。俺たちも用が済み次第向かう。
これは隠密作戦だ、騒ぎを大きくし過ぎないよう注意しろ。特にトーマとアルヴィ。貴族街は兵舎と距離が近い。警戒体勢にでも入られると他に奴らが危うくなる。くれぐれも気をつけろ。
今はまだ、竜騎士どもに見つかるわけにはいかないからな。
ではそれぞれ準備に取り掛り決行に備えておけ」
そうして会議、というより軽い打ち合わせが終わる。
その場にいる全員がクロウたち三人に余程の信頼を寄せているのか、この作戦に異論を挟んだりしなかった。聞く限り、彼らは頻繁にこのような行動に出ているようだ。それゆえに手短に済むのだろう。初参加の身としてはもう少し作戦の詳細について教えてほしいところだがそこはマルタちゃんに聞くとしよう。
それぞれが退室していく中、トーマたちは部屋をあとにするマルタに声をかけ、情報の共有をした。
忍び込むのはとある子爵の別邸。そこのに監禁されている姫様を救い出すことが今回の目標だ。
マルタちゃんは案内役のため、侵入救出は二人だけでやらなくてはいけないようなのだが、ここで気がかりが一つある。ここ数日の間で屋敷の警備が目に見えて手薄になっているという情報があがっていることだ。いつでも来てくださいと言わんばかりの動き。少々不気味に思える。
初任務に意識を向けていると、アルヴィがそういえばと口を開く。
「おいトーマ、『門』のことクロウさんに言わないていいのか?」
「あぁ、そうだ、忘れてた、行こうぜ‥‥‥アル?どうした?」
その場に留まったアルヴィは顎に手を当て、少し考える素振りをしたのち。
「いや、俺はいいわ」
とだけ残しそそくさとその場を離れていった。
他の用事でもあるのだろうか。
「うん?そうか、じゃあ行ってくるわ」
『門』の力は素人目に見ても凄まじい。会議中に切り出しておけば、という思いが残る。
会議室に戻り、テレシアと会話しているクロウに話しかける。
「クロウさん、ちょっといいですか?さっき新しい魔術を発見しまし───」
「何ですって⁉その話詳しくッ───」
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作戦開始の合図はなく、その判断は各自に任されている。
そのためアリウス・コルン率いる班は既に街中に潜入していた。
俺たちは少し遅れて行動を開始し、今はようやく森を抜けたところだ。
日は既に落ち、視界は薄闇に包まれている。
「さて、マルタちゃん、どうやって街に入るのかな?」
そう問うたのはアルヴィだ。
街は高さ十数メートルにもなる巨大な壁に囲われており、外界との出入りは東西南北に一つずつ存在する城門のみ。そしてその城門が上げられているのは日中だけであり、現在は閉ざされている。つまり、街へ侵入するには必然的に門が上がるのを待つか、強引に壁を越えるかの二つになる。
トーマは以前、街からの脱出に後者の方法を採ったが、その時は城壁の見張りに見つかっている。アルヴィもその話を聞いているため、それ故の問いだろう。
まさか、朝まで待つわけではないだろう?と。
「それはね、う~ん、ちょっと待ってね‥‥‥あっ、あそこかな?」
周囲を見渡し何かを探す仕草を見せるマルタに男二人は疑問符を浮かべる。そりゃそうだ、星がまばらに見える夜、視界は正直良くない。そんな状態でもマルタは何かを見つけ出したのだ。
先行するマルタに続くと、そこは腰くらいまでの大きさを持つ二つの巨石のちょうど真ん中。
地面をまさぐるマルタは「あった」と小さく呟き何かを掴むと、それを一気に持ち上げた。
「これは‥‥‥!」
そこには地下へと続く階段があった。
マルタちゃんが持ち上げたのは階段を隠すための蓋だったわけだ。
巨石の間というのは隠し場所としては少々解り易い気もするが‥‥‥まぁ誰もこんな森の近くまで寄ってこないからいいか。
「なんでこんなところに‥‥‥」
「オルグス帝国には遠く及ばないけどスレイズもかなりの歴史があるの。こんなのは帝国の至る所にある。便利でしょ?」
「便利だけど‥‥‥」
「この階段を下りた先の地下通路を進むと街に入れる。行きましょ」
地下通路へ降りると、一メートル先も見えないほどの真っ暗だった。
灯りを持ってくるのを忘れたマルタに代わりトーマが魔術で光球を生成し、道を進む。
走り続けていると、見知らぬ一室に出る。
スレイズの自室のような土壁の部屋に、上へと上がる階段が設置されている。
「城壁を越えたって認識でいいんだよね?」
「うん、でもこれからが本番。最近、お姫様の周りがきな臭いことになってるそうだから急ごう」
一呼吸つく間もなくマルタは階段を上がり建物を出る。
トーマたちはマルタの後を駆け、子爵邸へ向かった。




