第六話 君ならできるよ
一ヵ月が経った。
この一ヶ月、俺たちはとにかく体力をつけることに専念していた。
終わらない走り込みの効果か、最近ではこれだけでは全く疲労しなくなっていた。アルヴィも同様に余裕そうな顔をしている。
訓練メニューに戦闘訓練が追加された。
クロウが俺とアルヴィの打ち合いを監督して逐一、悪い部分を指摘する形だ。
型やら技やらは教えてくれず、ただひたすら打ち合う。
そうすることで無駄を効率よく省けるらしい。
本当かそれ?
戦闘訓練が始まってから既に幾度も打ち合いを演じている。
互いの木剣がぶつかり合い小気味良い音を奏でている中、時折、不協和音が混じる。
アルヴィの剣が俺を捉えているのだ。
経験かセンスか、俺の木剣はアルヴィに届かない。
というか動けない。
それもそうだ、攻撃が激しすぎて下手に手を出せないからな。
そういえば1つ不思議なことがある。既に何十回と木剣で殴られているのだが、これが全く痛くないのだ。アルヴィはこれでも中堅レベルの冒険者だ。そんなヤツに木剣で殴られて無事なわけないはずなのに痣の一つもできやしない。
ちなみに、痛くもない攻撃をガードしているのは木剣が身体に当たったときに全身に響く衝撃が不快だからだ。
「自分から攻めろ!守ってるだけでは相手は倒れんぞトーマ!」
そんなことわかってるわ!
クロウの指摘に心の中で悪態をつく。
先程から反撃のチャンスを狙っているがそんな隙など存在しないのだ。
「アルヴィ!やみくもに撃つな!一つ一つに意味を持たせろ!」
「はい!」
アルヴィの動きが変わった。
一撃が重くなったのだ。
木剣を受けるたび体勢を崩される。
経験上、この流れは非常に良くない。長引かせると体力切れでこちらが負ける。
「だったら!」
重たい剣戟の中、無理矢理に距離を詰めて剣を振る余地を潰す。
それを嫌がりアルヴィが一歩下がった瞬間。
「ここ!」
俺は横に一閃を放った。
しかし───。
「うそでしょ‥‥‥」
アルヴィは待ってましたとばかりに柄で受け止め、俺の木剣を巻き上げて弾き、無防備な胴体めがけて木剣を振り下ろした。
「おお~」
と感心するクロウ。
カランと落ちる木剣に地面でのびる俺。
今日《《も》》負けた。
「また俺が勝ったな」
「次は負けん‥‥‥」
アルヴィの手を借りて立ち上がる。
最後の一撃‥‥‥あれはかなり痛かった。
痛みがないのは弱い攻撃だけで、さっきみたいな強力なのは普通に効くのかもしれん。
アルヴィの息も切れ切れでたまらず腰を下ろすとクロウが今日の訓練終了を告げる。
地下の拠点、時間を示すものは無いため正確なことは判らないが体感五時間くらいが一日の訓練時間だ。
ーーー
数日後
会議室に呼ばれた俺たち二人は扉の前に立っていた。
「お前なんかしただろ」
は?
滅多にない呼び出しを警戒してかアルヴィはトーマに原因があるのではと疑う。
「いやいや、俺は何もしとらんよ」
「ホントか~?王女様にジュースぶっかけたときみたいに気付いてないところでやらかしてんじゃないの?」
ちっ、昔のことを持ち出してきやがって‥‥‥。
しかもジュースぶっかけはちゃんとしっかり覚えてるっつーの。
「あーそんなこと言うんだ。お前の方こそクロウさんに楯突いたんじゃないのか?いつぞやのバカ貴族のときみたいにさぁ!」
「あ?」
「あ?」
「「やんのか!!」」
「さっさと入ってこい!!」
おっとクロウさんが荒ぶっておられる。
ーーー
「あれ?イザノバさんにテレシアさん、どうしてここに?」
入室するや否やアルヴィが不思議そうに尋ねる。
赤髪獣人のイザノバ、銀髪魔術師のテレシア。この二人は顔合わせのときクロウの両隣にいた人だ。
「それ答える前に質問だ。現在、我々の中で帝国兵とまともに戦えるのはせいぜい五十人程度。これでは帝国どころかその一都市を落とすのも困難なんだが、なぜこうも戦力が少ない?」
入室いきなりの質問。
アルヴィはともかく俺はこのスレイズについてほとんど何も知らない。
基本的にアルヴィとクロウさんと、そして食堂のおばちゃんとしか会わないからだ。
そしてその理由はこの質問にも繋がる。
「なぜ、か‥‥‥。アルヴィ分かるか?」
あえて答えずアルヴィに振る。
「う~ん、人が少ないから?」
母数が少ないから必然的に戦闘に割ける人員は限られているってことだろうけど、多分そういう事聞いてるんじゃないと思うぞアルヴィ君。
まぁでも確かにこの拠点の規模に対して生活している人が少ないとは感じていた。クロウさんたちがたまに教会領から人を連れてくることがあったから俺が来た頃より増えているが‥‥‥。それでも戦闘員って感じの人は見たことないな。
修練場使ってるの俺たちだけだし。
「ふむ、アルヴィの答えは間違いではない。この拠点に限ればその通りだ。しかし、すべての拠点で見たとき、スレイズは結構な人員を持っている。
答えは魔力量の差だ。そもそも魔力量というのは幼少期の身体の成長と共にその容量を増やしていくものなんだが、何らかの理由で健全な成長ができなかった場合、魔力量の変化が起きなくなってしまう。
体も弱く、魔力も少ない、スレイズはそんな奴らばかりだ」
なるほど。
貧民街の住民のほとんどは栄養失調のような状態だった。そういう環境下ではちゃんと成長できず魔力も増えない。
実戦において魔力量の差は絶対ではないが勝敗に関わる大きな要素だ。
魔力のない彼らでは強兵揃いの帝国兵の相手は務まらないという事か。
戦闘員の数が少ないのも納得できる。
「このままでは帝国の悪政を退けることなど夢のまた夢。だからお前たちには強くなってもらいたいんだ」
そう言うとクロウはこちらに目線をやる。
悪政を退けるということは貧民街の人たちを助けることにもつながる。
ここで断るようならスレイズに入らない。
一騎当千の兵で帝国に対抗するということか。その見込みがあると思われているのは素直に嬉しいが──しかしそれは、寡兵での戦争となることを意味している。
長くは持たないことなど承知の上だろう。
「「わかりました」」
少しの懸念を抱きながらも一応は返事をする。
「いい返事だ。早速だがテレシア、頼んだぞ」
「ええ、任せてちょうだい。完璧な魔術師に仕上げて見せるわ。
さ、行きましょ?」
テレシアさんは俺の手を握って可愛く微笑む。
今、どういう状況なのか。何故アルヴィはクロウさんとイザノバさんに囲まれているのか。
あらゆる疑問が頭を駆けるが。
「はいっ!」
一瞬で吹き飛んだ。
部屋を出るとき、アルヴィが震えた声で俺の名前を叫んでいたが無視しておいた。
あいつならどこでもうまくやっていけるさ。
テレシアに連れられ、とある一室に来た。
俺の部屋の三倍以上は広い一室。しかし、俺の部屋ほどゆとりはない。
四方の壁が一切見えぬほど敷き詰められた本棚にこれまた所狭しと並べられる本の数々。
よく見れば隣の部屋との壁はぶち抜かれているし、足の踏み場もないほど床に散乱している本。本棚には収まらなかった分だろう。
中央に備えられている長方形の大きな机にはちょうど一人分のスペースが空いており、書きかけのノートが置いてある。
終わってる。
初めてみる強烈な汚部屋にこのような感想を抱くのも仕方のないことだろう。
「じゃあクロウにも頼まれたことだし、さっそく始めよっか」
しかし悪いことだらけではない。
銀髪美人の年上お姉さんが汚部屋を作り出したという事実にトーマの心の壁が一枚取り除かれたのだ。
加えて、部屋中に充満する本の匂いというやつが結構好きだったりして。
にっこりと柔和な笑顔と共に渡される極厚魔導書を受け取るトーマの顔もまた笑顔。
そうして美人お姉さんによる魔術の個人レッスンが幕を開ける。




