第五話 イメージと違うね君
クロウさん達との顔合わせのあと、俺はマルタちゃんに連れられて食堂や修練場などの主要な施設をいくつか見て回った。
施設の数や広さに対してあまりにも人が少なすぎると感じた。生活感がないわけではないという不自然さが不気味さを醸し出している。
それについて彼女に訊ねてみると、どうやら以前はこんなにも閑散としてはいなかったようだ。彼女もはっきりとは覚えていないようなのだが、十五年前に起きた帝国との戦争で多くの仲間を失い、未だに回復出来ていないための惨状だという。
確かに回復出来ていない。
一周見た感じだと、現状、国どころか都市の一つも落とせそうにない戦力だ。
帝国兵、特に騎士は個の力が強力。
クロウさんは『腐敗した支配に抵抗する』と言ったが、戦力差を鑑みると夢物語のように聞こえてしまう。
俺だってその想いは十分に理解できるが‥‥‥判断を誤ったか?
あの場の空気に流されたことは否定できない。しかし断る選択肢があったとも言い切れない。
‥‥‥ダメだな、悪い側面ばかり挙げても仕方ない。
思考を切り替え、一息ついたところでマルタちゃんと別れる。
目の前には先程まで使っていた一室。これからはここが俺の部屋となるそうだ。
どの施設からも離れていて少々不便だが文句はない。
騎士見習い時代の平民雑魚寝部屋と比べれば天国なのだから。
そして翌日。
「んあっ?」
おそらく朝、多分日が昇り始めた頃、何者かが寝ている俺の首根っこを掴んで持ち上げた。
「トーマ、今日から修練を開始する」
低くどこか楽し気な声だ。この声に覚えがある。
廊下を引きずられながらうんうんと記憶を遡っていくと、ある人物に辿り着く。
クロウだ。
同時、脳裏に鮮やかに蘇るのは剣闘士時代の地獄訓練。
ぶっ倒れるまでの走り込み、間髪入れずの打ち込み稽古。完璧なカウンターで俺の意識を刈り取っておきながら気絶することを許してくれなかった鬼教官。
「はッ⁉」
大量の冷や汗と共に覚醒する意識。
体は全力で逃げろと警告してくる。しかし、そんなもの無意味だと俺は知っている。
だから。
「クロウさん‥‥‥自分で歩きます‥‥‥」
「ん?そうか」
だからせめて、やらされるのではなく自分の意志でやっていると、心にかかる負担を軽くしたい。
トボトボ歩くこと数分、修練場に到着した。
広い修練場にポツンと一人だけが立っていた。
改めてスレイズには人がいないことを実感する。
「ん?あれ?」
俺は何かに気付く。
一人待っている人物に心当たりがあるのだ。
赤茶色の髪に端正な顔立ち、居るだけで人を元気づけそうな雰囲気を纏うはつらつとした青年。
「アルヴィ⁉」
思わぬ再会にトーマはアルヴィの下へ駆け寄った。
しかし相手の反応はイマイチだった。
「ん~?誰?」
「えっ‥‥‥」
トーマの表情が固まる。
旧友に顔を忘れられたのだ。そんな反応をしてしまうのも無理はない。
「あっ、ちょっと待って。見覚えあるわ。
えぇっと‥‥‥そうだ、トーマだ」
「ああ、思い出してくれたか‥‥‥」
「いや違うぞ、忘れてたわけじゃないからな。ただ記憶にあるお前と今のお前が合致しなかったから出てこなかっただけだぞ。そもそも何で髪の色が変わってんだよ?」
何言ってんだこいつ。
俺の髪色が変わった?生まれてこのかた黒一色だぞ?
「そんなわけないじゃん。ねぇクロウさん?」
「いや、それは俺も気になっていた」
「はい?」
ね、念のための確認だ。
プチンと適当に一本抜いてみると。
「灰色‥‥‥。ま、まさか。アルヴィ、ちょっと剣借りるぞ」
アルヴィが腰に下げる剣を半ば強引に借り、剣の腹で自身の姿を映し見ると、頭髪はグレーに染まっていた。
たまたま一本、白髪を抜いただけだと願っていたのだが‥‥‥。
「う、嘘だ‥‥‥。何で‥‥‥ストレスか?」
心当たりはある。
剣闘士としての命懸けの試合の数々や騎士団内での理不尽な仕打ち。
積もり積もったものが髪の色を抜いたということは考えられ得る。
ただ何故今になって現れたのかは疑問だが。
「なぁ、なんでお前そんなにショック受けてんだ?ハゲてきたわけじゃなくて色が変わっただけだろ?」
「‥‥‥確かに」
確かに俺はなんでこんなにもショックを受けているのだろうか。
別に黒髪にアイデンティティを見出していたわけじゃないし、よく考えると大したことないような‥‥‥。
「体調に変化はないんだな?」
「はい、ありません」
その答えにクロウは顎に手を置き何かを考える仕草をする。
思考の結論が出たのか、俺たちに振り返る。
「こいつのことは追い追い考えるとするか。
ひとまず本題に入る。アルヴィは知っていると思うが現在、スレイズは深刻な人手不足に陥っている。所属している構成員のほとんどは非戦闘員、まともな戦闘員は大体死んだ。故にお前たちのような戦える人間は大変に貴重だ。しかし、今のお前たちは戦場に出せばすぐに屍になって帰ってくるほどに弱い。だから鍛えてやる。一人でもなんとか生き残れる程度までに」
俺は緊張しているのかもしれない。恐怖ではないと思いたい。
先程まで忘れていた修練が突如再び姿を現したのだ。
膝がプルプルしているのがわかる。
クロウの稽古は辛いを越して怖いまである。
このことをアルヴィは知っているのだろうか?
もし知らないのであれば、それは幸運なのかもしれない。
内容を知っている苦行と知らされていない苦行。どちらがまだマシかと言われれば俺は後者だと思う。知っていればそれが行われるまでの間、具体化された恐怖に襲われ続けると思うから。
「お、おい大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「ヒッ、あ、ああ大丈夫」
アルヴィが小刻みに震える俺を心配していると、クロウはニィと僅かに口角を上げる。
俺の脳内を読んでいるような笑み。悪魔かこいつ?
「まずは基礎体力。俺がいいというまで走ってこい」
さっそく地獄の幕が上がった。




